大型放射光施設 SPring-8

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第2の炭素ナノチューブの構造をSPring-8の放射光で解明 - DNA を連想させるグラファイト状分子対のらせん階段 - (プレスリリース)

公開日
2008年06月20日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
独立行政法人理化学研究所と独立行政法人科学技術振興機構、高輝度光科学研究センターは、大型放射光施設SPring-8を使って、グラファイト状分子が自発的に集まってできたナノチューブの構造解明に成功しました。これは、科学技術振興機構ERATO-SORST「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」の相田卓三プロジェクトリーダー、福島孝典元グループリーダー、金武松グループリーダー、山本洋平研究員と、理研放射光科学総合研究センター高田構造科学研究室の高田昌樹主任研究員、加藤健一研究員、高輝度光科学研究センター利用研究促進部門の金廷恩研究員らの共同研究による成果です。

2008年6月20日
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター

本研究成果のポイント
 ○ グラファイト状分子が2分子で対をつくり、らせん状にナノチューブを構成
 ○ 分子の自己組織化メカニズムの包括的理解へ向けた重要な知見を得る
 ○ 有機半導体ナノ材料のエレクトロニクス応用に向けて前進

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(北澤宏一理事長)、高輝度光科学研究センター(吉良爽理事長)は、大型放射光施設SPring-8※1を使って、グラファイト※2状分子が自発的に集まってできたナノチューブの構造解明に成功しました。これは、科学技術振興機構ERATO-SORST「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」(総括責任者:相田卓三東京大学教授)の相田卓三プロジェクトリーダー、福島孝典元グループリーダー(現理研基幹研究所機能性ソフトマテリアル研究チームチームリーダー)、金武松グループリーダー、山本洋平研究員と、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)高田構造科学研究室の高田昌樹主任研究員、加藤健一研究員、高輝度光科学研究センター利用研究促進部門の金廷恩研究員らの共同研究による成果です。
 分子の自己組織化※3は、自然界で広く見られる現象で、例えば私たちの体も生体分子の自己組織化により形成されています。先に、科学技術振興機構の研究グループでは、この原理を利用して、有機半導体※4材料として知られているヘキサペリヘキサベンゾコロネン※2(HBC)をチューブ状のナノ構造体へと集積化させる手法を見いだし、カーボンナノチューブ※2に続く第2の炭素ナノチューブ(HBCナノチューブ)を作製しました。しかし、このHBCがどのように集まって、HBCナノチューブを形成するのか詳細はわかっていませんでした。
 今回、SPring-8 のシンクロトロン放射光を用いてHBCナノチューブのX線回折パターンを測定・解析し、その分子配列の詳細を世界で初めて明らかにしました。その結果、HBCは2分子で対を作り2分子膜※5を形成し、この2分子膜がらせん状に積み重なりチューブ構造を形成することが明らかとなりました。さらに、研究グループは、チューブ形成には2本の疎水性の鎖と2つのプロペラ部位(ベンゼン環)が必要不可欠であることを解明しました。これらの成果は、今後HBCナノチューブを用いた機能物質の開発を促進するばかりでなく、分子の自己組織化という自然界における現象を理解する上で、重要な知見を提供するものと期待されます。
 本研究成果は、米国化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に掲載される。

(論文)
"Systematic Studies on Structural Parameters for Nanotubular Assembly of Hexa-peri-hexabenzocoronenes"
Wusong Jin, Yohei Yamamoto, Takanori Fukushima, Noriyuki Ishii, Jungeun Kim, Kenichi Kato, Masaki Takata, and Takuzo Aida
Journal of the American Chemical Society, 130 (29), 9434–9440, 2008, published online 25 June 2008

1.背 景
 動物、植物から微生物に至るまで、あらゆる生物は、生体分子が自己組織化するプロセスを通じて精密に集積化して形成されています。科学技術振興機構の研究グループは、4年前に、分子の自己組織化を利用して、有機半導体材料として知られているHBC分子から、直径20ナノメートル※6、長さ数十ミクロン以上にもおよぶチューブ状構造体の作製に成功しています。このナノチューブは、カーボンナノチューブに続く第2の炭素ナノチューブ(HBCナノチューブ)として注目され、電子・光電子・磁気特性などさまざまな機能を発現することが期待されています。
 このチューブを構成する分子は、グラファイトの一部を切り取った構造のHBCという平面状の構造(2次元の構造)をした分子です。この分子に2本の疎水性の鎖とベンゼン環を経由した2本の親水性の鎖を左右非対称に取り付けると(図1)、シャボン玉や細胞膜にみられるような2分子膜と言われる構造を形成します(図3(d))。この2分子膜からなるテープが、円筒状に巻き上がることによって1本のHBCナノチューブを形成していることが確認されていましたが、詳細な分子配列構造は分かっていませんでした。また、このHBCナノチューブに化学的な処理をほどこして一部の電子を取り除くと、導電性の性質を持つようになることから、チューブの壁内部ではHBCが規則正しく配列していることが予想されていました。しかし、構造解析に有力な手法である単結晶構造解析は、このナノチューブの単結晶が得られないため適用できませんでした。また、電子顕微鏡や走査型トンネル顕微鏡などを用いてもナノチューブの壁内部の分子配列構造を直接観察することはできませんでした。

2.研究手法と成果
 研究グループは、大型放射光施設 SPring-8 のシンクロトロン放射光(粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2)を用いてHBCナノチューブのX線回折実験を行い、得られた回折パターンを解析して、このチューブの壁内部の詳細な分子配列構造の解明に成功しました。X線回折法により詳細な構造解析を行うためには、測定に先立ち、たくさんのHBCナノチューブを1方向に配列させ、X線の回折精度を高める必要があります。これまでに先の科学技術振興機構の研究グループでは、糸を紡ぐ要領で、多くのHBCナノチューブの方向を揃え、直径0.2ミリ、長さ数センチ程度の繊維へと束ねることに成功していました。この繊維をチューブが鉛直方向に立った状態に固定して、横から放射光X線を照射し回折実験を行なったところ、鮮明で特徴的な回折パターンを観測しました(図2)。
 この回折パターンを詳細に検討した結果、図3に示すような分子配列構造が浮かび上がりました。それは、構成要素であるHBC誘導体が2分子で対を作り(図3(a))、この分子対が45 °の方向にずれながら積層することにより(図3(b))2分子膜からなるテープを形成(図3(d))、さらにこのテープが円筒状に巻き上がることによりチューブを形成します(図3 (e))。また、HBC部位に結合した2つのベンゼン環は、HBC平面に対して約27 °回転しており(図3(c))、このねじれの向きがらせんの巻き方向を決定していることが示唆されました。2つの分子が対をつくり、少しずつずれながら積層してらせんを形成する様子は、DNAの2重らせん構造をほうふつとさせます。
 さらに、研究グループは、さまざまな種類のHBC誘導体を合成し、その自己組織化について検討しました。その結果、HBC誘導体がナノチューブを形成するためには、十分長い疎水性の側鎖と、HBCに結合した2つのベンゼン環ユニットの2つが必要不可欠であることを見いだしました。

3.今後の展開
 HBCが集合してできたHBCナノチューブは、優れた電荷輸送特性を有する1次元の電子活性材料として注目されています。また、同一の構造・特性のものを定量的に作製することが困難なカーボンナノチューブと比較し、HBCナノチューブでは、構成要素の分子を合成化学的手法で高純度に合成できます。さらに、それらが自己組織化の自然現象に従い極めて精緻に集合化して、一様なチューブを構築できる点も大きなメリットです。今回、詳細な構造を解明することができたことで、チューブ内の電荷キャリアの運動や、さまざまな機能性を付加させるための分子デザイン、さらにHBCナノチューブを用いた新規な物性発現に向けて、より具体的な検討を行うことができるようになりました。すなわち、HBCナノチューブを用いた電界効果トランジスタや太陽電池、さらにはナノサイズのソレノイド※7の実現に向けた大きな一歩となると期待できます。また、この成果は、生体系に多く見られるような、分子の自己組織化でできる「やわらかい集合体」の構造決定法として、放射光によるX線回折が極めて有効な手段であることを如実に実証するものです。


〈参考資料〉

 

図1 ヘキサペリヘキサベンゾコロネン(HBC)誘導体の分子構造 図1 ヘキサペリヘキサベンゾコロネン(HBC)誘導体の分子構造

 

図2  X線回折パターンと回折強度プロファイル
図2  X線回折パターンと回折強度プロファイル
(a) HBCナノチューブを同一方向に束ねたファイバーのX線回折パターン。緑→赤に伴い回折強度が強くなる。βは、鉛直方向からの角度を表す。
(b) 各断面における回折強度プロファイル。dは、各回折角度 (2θ) から算出される周期の長さ(ナノメートル)。2θはブラッグの回折角といい、入射X線と反射X線がなす角度。

図3 X線回折パターンから明らかとなった、ナノチューブ内における分子配列構造
図3 X線回折パターンから明らかとなった、ナノチューブ内における分子配列構造
(a)HBC 誘導体からなる分子対。青:HBC部位、グレー:炭素、赤:酸素、白:水素。
(b)HBC 誘導体からなる分子対がななめ45 °方向にずれながら積層していく様子。
(c)HBC 部位の詳細な配列構造。ベンゼン環はHBC面に対して27 °傾いている。
青:HBC、グレー:ベンゼン環。
(d)積層した分子対が複数集まり2分子膜を形成。
(e)2分子膜が円筒状に巻き上がることにより自己組織化ナノチューブを形成。対をつくったHBC分子を結んだ延長線がチューブの中心軸へ向いている。右は、分子対がらせん状に積み重なっていることを強調している。


〈用語解説〉

※1 大型放射光施設SPring-8
 理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で加速されるとき放射される光の1種であり、特に円型加速器を用いて加速した場合に射出する光を指す。

※2 グラファイト/ヘキサペリヘキサベンゾコロネン(HBC)/カーボンナノチューブ
 炭素原子が蜂の巣状に結合したシート(グラフェンシート)が積み重なってできた物質をグラファイト(黒鉛)という。グラファイトは、面内は金属的、面間は半導体的な電気特性を持つ。グラフェンシートが巻き上がってできた円筒状の物質をカーボンナノチューブと呼ぶ。カーボンナノチューブは、巻き方によって金属的にも半導体的にもなりうる。また、グラフェンシートから13個のベンゼン環を切り抜いてできる分子をヘキサペリヘキサベンゾコロネン(HBC)と呼ぶ。HBCは本来絶縁性であるが、電子を引き抜くことにより半導体的な特性を示すようになる。

グラファイト/カーボンナノチューブ/ヘキサペリヘキサベンゾコロネン

※3 自己組織化
 外部からの制御なしに自分自身で組織や構造を作り出す現象。生物、宇宙から、情報、マネジメントに至るまで、さまざまな分野でこの言葉が用いられている。化学分野では、比較的小さな分子が自然に集まって高次構造を構築するプロセスをいうことが多い。

※4 有機半導体
 ほとんどの有機分子は電気的に絶縁体であるが、電荷キャリアを注入することにより導電性を示す有機分子および高分子を有機半導体と呼ぶ。有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)素子や有機薄膜太陽電池、有機トランジスタなどへの応用が代表的であり、プラスチックエレクトロニクスの実現に向けて、現在世界中で精力的に研究が進められている。

※5 2分子膜
 2つの分子が対を作り集合化することにより形成する、厚さがわずか2分子からなる膜。親水性と疎水性の両方を兼ね備えた分子を、水などの極性溶媒中に分散させたときによく見られる構造。

※6 ナノメートル
 1メートルの10億分の1の長さを表す単位。

※7 ソレノイド
 導線を密に巻いた十分に長い円筒状のコイル。電気を流すことにより、内部に磁界を発生させることができる。


 

(問い合わせ先)
(研究内容に関すること)
独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター 高田構造科学研究室
 主任研究員 高田 昌樹(たかた まさき)
  TEL:0791-58-2942 FAX:0791-58-2717
  e-mail: mail1

播磨研究推進部 企画課
 TEL:0791-58-0900 FAX:0791-58-0800

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp

 

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