鉄を基軸とする新機能性材料の展開へ - 梯子格子状の鉄酸化物の合成に世界で初めて成功 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年06月26日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
平成20年6月26日
国立大学法人 京都大学
財団法人 高輝度光科学研究センター
京都大学(総長 尾池和夫)大学院理学研究科の陰山洋准教授らの研究グループは,財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)と共同で,「平らな配位」の鉄原子が2本足の梯子状構造(梯子格子)をつくる酸化物の合成に(昨年の二次元格子の合成に引き続き)世界で初めて成功しました.今年2月に鉄系高温超伝導体が発見され,鉄に注目が集まる中,今回の成果は,従来不安定であると信じられていた「平らな配位」の鉄の酸化物が普遍的に存在することを意味し,鉄を基軸とする新機能性材料の展開に弾みがつくことが期待されます. (論文) |
《研究の背景》
安価で環境・人体に安全な鉄の酸化物は多彩な機能をもっており,磁石,磁気記録材料,顔料(コピー機のトナー,化粧品)などに広く使われています.また,希少金属代替材料として理想的なため,資源危機が叫ばれる昨今,更に高機能な新物質の開発は重要性を増しています.そのような状況の中,同研究グループは昨年,低温合成法によって鉄原子が碁盤の目状に並んだ新物質SrFeO2(二酸化鉄ストロンチウム,Sr:ストロンチウム,Fe:鉄,O:酸素)を得ることに成功しました [1].ここでは,鉄原子のまわりに四つの酸素原子が正方形状に囲まれるという非常に稀な配位形態を持っています(平面四配位と呼ばれます)(図1).その後,単結晶薄膜 [2],カルシウム置換体[3] の合成などの進展がみられています.しかし,鉄の平面四配位からなる格子は単に“SrFeO2”型に限られる例外的なものなのか,普遍的に存在しうるのかわかっていませんでした.
他方,固体物理では,一次元の格子上にスピン(磁性イオンの磁気モーメント)を並べた系は厳密な理論を構築することが出来ますが,二次元になると理論の扱いがとたんに難しくなるため,高温超伝導を初めとして未解決の問題は数多く残っています.そこで,一次元と二次元のギャップを埋めるモデルとして理論的に考えられたのが梯子格子です.日常生活では,図2bの2本足の梯子しかありませんが,固体物理では1本足(図2a),2本足,3本足(図2c)…からなる一連の“ナノ”梯子があり,無限大(∞)本足の梯子(図2d)は二次元に相当します.しかし,実験的にみつかっていたのは,スピンの大きさが1/2の2本足梯子物質が大半であり,このため,スピンの大きさによって2本足梯子の物性がどう変化するのか良くわかっていませんでした.さらに一連のn本足梯子(n = 自然数)は,スピンの大きさ1/2の銅酸化物(京都大学化学研究所の高圧グループによって合成)でしか実現されていませんでした.
《研究内容と成果》
本研究で新たに合成された物質の組成式はSr3Fe2O5(五酸化二鉄三ストロンチウム)です.水素化カルシウムを用いたSr3Fe2O7(七酸化二鉄三ストロンチウム)の低温還元反応*2によって得られました.反応後の物質について,大型放射光施設SPring-8粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)で粉末X線回折測定*3を行い,リートベルト法*4で解析しました(図3).その結果,図4に示すようにSr3Fe2O5では,前駆体(Sr3Fe2O7)の構造の基本骨格を壊さないままに,組成式あたり二つの酸素が規則的に取り除かれていることがわかりました.Sr3Fe2O5においても鉄は平面四配位を実現しています.SrFeO2に引き続いて平面四配位をもつ鉄化合物が実現できたことは,この配位が予想に反して安定なことを示しています.無機化学に「平面四配位の鉄化合物」という新しいパラダイムが登場したといえるでしょう.
Sr3Fe2O5では,図2bに示すような2本足をもつ梯子格子ができています.2価の鉄イオンのスピンの大きさは2ですから,スピンの大きさ2の梯子格子を理想的に実現する物質が初めて得られたことになります.一方,昨年合成に成功したSrFeO2は無限大(∞)本足梯子(図2d)と見なせます.したがって,n本足の梯子シリーズ(n = 自然数)のうち2つが誕生したことになります.SrFeO2では室温よりも遥かに高い温度で磁気秩序をおこしますが,Sr3Fe2O5では室温では磁気秩序がみられません.これは次元性が下がった効果として説明できます.
SrFeO2およびSr3Fe2O5合成の前駆体として用いたSrFeO3とSr3Fe2O7は,ともに層状ペロブスカイト構造*5のSrn+1FenO3n+1*6に属します(n = 自然数).したがって次式
Srn+1FenO3n+1 → Srn+1FenO2n+1(n本足梯子)
の低温還元反応により,n本の足をもつ一連の梯子格子*7を設計できると期待されます.金属酸化物は,通常1000℃以上の高温反応によって合成されますが,高温であるが故に構造を制御,設計(予言)することはできません.図4のような低温反応では,反応前後の構造の基本骨格は保たれています.したがって,物質設計のコンセプトは有機化学反応と似ています.固体物理分野では,このようなコンセプトで金属酸化物の物質開発がされた例は稀ですが,本研究が示すように有効であることがわかります.
《今後の展開》
これまで平面四配位をとりやすい金属は,銅などごく少数の金属に限られていました.今後,鉄の酸化物からこの配位をとる物質が次々と産まれ,銅の専売特許であった高温超伝導などの新機能が発現する可能性があります.
一連のn本足の梯子シリーズSrn+1FenO2n+1(n =自然数)の磁性を調べることによって,一次元から二次元の物理がどのようにつながっているのか系統的に理解することが期待されます.理論的には,梯子上にあるスピンの大きさが1/2のときnの偶奇性によって基底状態が大きく異なること,キャリア(電子またはホール)の注入によって超伝導が発現することが指摘されており,これらは銅酸化物によって証明されています.しかし,スピンの大きさが2のときの理論はまだ存在しません.今後,理論,実験が協力してスピン2の梯子の物理の本質と,またそのスピン依存性の解明が進むことが期待されます.
ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費特定領域研究の補助を受け,SPring-8の一般利用研究課題で行われました.
《参考資料》
《用語解説》
※ 1 大型放射光施設SPring-8
独立行政法人理化学研究所(以下「理研」)が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光(シンクロトロン放射光)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のこと。
※ 2 低温還元反応
通常の金属酸化物の反応は1000℃以上の高温で行いますが,水素化カルシウムを用いる本研究の還元反応は300℃程度で起ります.低温であるため,構造の基本骨格を壊さないで部分的に構造を変換(本研究では酸素の離脱)することが可能になります.
※ 3 粉末X線回折測定
X線は波の性質をもっているため,固体の結晶によって回折されます.一定の波長のX線を粉末試料にあて,入射角に対して回折強度の変化を測定します.この原理を使用して未知試料の構造の同定が可能となります.
※ 4 リートベルト法
実験で得られた粉末X線回折パターンと結晶構造モデルから計算されるパターンができるだけ一致するように結晶構造モデル(原子位置,占有率,格子状数など)を最適化する方法です.
※ 5 層状ペロブスカイト構造
三次元ペロブスカイト(一般式ABO3)を(001)面でスライスさせて積層させた構造のことをいいます.
※ 6 Srn+1FenO3n+1
SrFeO3はn =∞(無限大)に,Sr3Fe2O7はn = 2に対応しています.n = ∞のときSrFeO3になることは,「Srn+1FenO3n+1 ⇒ nSr1+1/nFeO3+1/n」と書き直すとよくわかります.
※ 7 一連の梯子格子
具体的には,以下のように表せます.
n = 1:Sr2FeO4 → Sr2FeO3(1本足梯子)
n = 2:Sr3Fe2O7 → Sr3Fe2O5(2本足梯子)……本研究
n = 3:Sr4Fe3O10 → Sr4Fe3O7(3本足梯子)
n = 4:Sr5Fe4O13 → Sr5Fe4O9(4本足梯子)
:
n = ∞:SrFeO3 → SrFeO2(∞本足梯子)…… [1]
《参考文献》
[1] Y. Tsujimoto et al., Nature 450, 1062-1065 (2007).
[2] S. Inoue et al., App. Phys. Lett. 92, 161911/1-3 (2008).
[3] C. Tassel et al., J. Am. Chem. Soc. 130, 3764-3765 (2008).
(問い合わせ先) (ビームラインに関すること) (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 鉄を基軸とする新機能性材料の展開へ - 梯子格子状の鉄酸化物の合成に世界で初めて成功 -(プレスリリース)