新しい科学技術を創る小型自由電子レーザー - 日本発、世界最小のX線自由電子レーザー (XFEL) 成功に向けた大きな一歩 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2008年07月28日
- XFEL
2008年7月28日
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
○ 小型試験加速器が高出力で安定した極紫外線レーザーを持続的に発振
○ 日本独自技術を駆使した小型加速器の高い性能を実証
○ 2010年度に完成するX線自由電子レーザーに大きな期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI、吉良爽理事長)が共同で組織する「X線自由電子レーザー計画合同推進本部(藤嶋信夫本部長、以下「合同本部」)」は、X線自由電子レーザーの小型試験加速器において、極紫外線※1レーザー (波長50~61ナノメートル※2)を100メガワット以上の高いパワーで安定して出力させることに成功しました。 (論文) |
1.背 景
20世紀後半に誕生したレーザーは、半世紀を経た今なお、科学技術に大きな変革をもたらし続けています。通常のレーザーがカバーする波長範囲は、赤外線から可視光に限られますが、近年、この制約を解き放つ手法として自己増幅自発放射型(SASE:Self Amplified Spontaneous Emission)の自由電子レーザー(FEL:Free Electron Laser)が大きく注目されています。このレーザーの発生原理は、真空中で加速された自由な電子を、周期的な磁場 (アンジュレータ※9 )に通すことで、通常では起こりえないレーザー波長間隔の電子の「群れ」を作り出し、そこから位相のそろった光を取り出すというものです。動作波長の原理的な制限がないため、特に、紫外線から軟X線、硬X線といった、これまで不可能であった短波長レーザーを実現する切り札として期待されています。
電子の 「群れ」 を効率よく作るためには、高エネルギーかつ高密度の電子ビームを生成することが必要です。このためのキーテクノロジーとして、1990年代、当時大きく発展を遂げた高エネルギー物理学実験のための線形加速器技術に注目が集まりました。特に、アメリカのスタンフォード線形加速器センター(SLAC)とドイツのドイツ電子シンクロトロン(DESY)において集中的な検討が行われ、この技術を転用することでXFELの実現が可能であるという見通しが得られたことから、両施設はXFELの開発に着手しました。
しかし、この議論の帰結として、両施設の計画は巨大な線形加速器施設を前提とするものとなってしまいました。具体的には、SLACの計画 (LCLS) では既存の約3 kmの線形加速器の一部をそのまま用い、またDESYの計画 (European XFEL) では新たに約3 kmの直線トンネルを掘削して装置を設置することとなっています。このような発生装置を数多く建設することは、その規模の大きさから極めて困難です。大型の加速器を利用した光源としては、SPring-8に代表される第3世代シンクロトロン放射光施設※10もあげられますが、両者の大きな違いは、同時に利用できるビームラインの本数です。シンクロトロン放射光施設では、円周の接線方向に数10本以上のビームラインを引き出して並行して実験を行うことが可能であるのに対し、線形加速器ベースのXFELではせいぜい数本に限定されます。このままでは、素晴らしい性能をもつXFELを利用する機会が限られ、光科学研究の多様な発展の可能性が阻害されると強く危惧されてきました。数多くのXFELが建設可能になるよう、発生装置を小型化することが緊急の課題となっていました。
2.研究開発手法
約10年前、コンパクトで低コストなXFELの実現に向けた検討が、日本において開始されました。FELの発生原理に立ち戻ると、電子を蛇行させるアンジュレータ磁石の周期長を短くすると、電子ビームのエネルギーを低く抑えても短波長のレーザーを発生させることが可能です。この結果、線形加速器の全長を大幅に短縮でき、XFELの発生装置全体が非常にコンパクトに仕上がります。この目的に合致するテクノロジーとして、合同本部の北村英男グループディレクターらが、高エネルギー加速器研究機構(KEK)とSPring-8で開発し、世界の放射光利用者から高い信頼を得ている 「真空封止アンジュレータ」が非常に有効であることが知られていました。
しかし、FEL理論※11によると、低エネルギーの電子ビームにより短波長XFELを発生させるためには、電子ビームの密度を高くし、かつ平行度を高める必要があります。このために、合同本部の新竹積グループディレクターらが非常に平滑な表面をもつセリウム6価ボロン(CeB6)単結晶を用いた熱電子銃の開発を進め、電子ビームの拡がりを表す規格化エミッタンスという指標で0.6 πmm.mradという極めて小さい値を達成しました。
この熱電子銃と真空封止アンジュレータに、多段階ビーム圧縮システムと高勾配Cバンド加速管を組み合わせることで、ビームの加速エネルギーを8 GeV (欧米の半分)、装置の全長を700m (欧州の4分の1以下) に留めながら、最短波長0.06ナノメートルというX線領域のレーザーが実現可能となります。この日本独自のコンパクトなXFELの構想に基づき、合同本部は、SPring-8におけるXFEL建設プロジェクトを、2006年度から2010年度の5年間にわたり進めています。このプロジェクトは国により 「国家基幹技術」 の1つと位置づけられています。
一方で、コンパクトなXFELの実験的な動作検証のために、XFELの32分の1の加速エネルギー (250 MeV) をもつ全長60mのSCSS試験加速器を2005年に建設し、試験研究を行ってきました (図2)。2006年には、波長49ナノメートルにおいてレーザー増幅を観測しましたが (2006年6月22日プレスリリース)、さらに性能を高めるために、その後も技術開発を継続してきました。特に、線形加速器を安定に動作させるための改良を徹底して行い、加速管の温度制御の精度を0.1℃から0.01℃に改善しました。また、アンジュレータ内部の磁場の不均一性を修正するため、磁石列の設計変更と交換を行いました。このような改善の結果、最終的には装置のチューニングを高精度で狙い通りに行うことが可能となりました。
3.研究開発の成果
本研究では、アンジュレータの対向する磁石間隔を変化させて磁場強度を変えながら、レーザーパルスの放射強度を計測しました。FEL理論によると、アンジュレータの磁場をゼロから徐々に大きくしていくと、電子ビームの蛇行が強まるとともに、レーザーの出力強度も急激に増大します。このとき、レーザー光の波長は少しずつ長波長側にシフトしていきます(図3(a)赤丸)。磁場が非常に小さい波長が30 ナノメートルのときと比べ、40 から50ナノメートルになるように磁場を強くしていくと、レーザー強度は1万倍以上に増幅されます。最終的に、波長60ナノメートルにおいて、1パルス当たりのレーザー強度は最大で30マイクロジュールに達し、他の光源では到達できない100メガワット以上の非常に高い出力を達成しました。
波長に対するレーザー出力の増加率をよく観察すると、波長50ナノメートルを境にして、長波長側では強度の増加が抑制されているのがわかります(図3(a))。このとき同時に計測したパルス毎の強度の変動は、上記の波長領域に入ると10%程度まで急激に減少し、非常に安定したレーザー出力が得られています(図3(b))。このような高出力・高安定の動作は、自由電子レーザーが 「飽和」 と呼ばれる状態に達したことを示します。
FEL理論によると、レーザー出力の飽和は、非常に高密度で平行性の高い電子ビームを強い磁場中で蛇行させたときに初めて達成されるものです。すなわち、レーザー出力と電子ビームの規格化エミッタンスは密接な関係があります。この相関をさらに詳しく調べるために、計算機シミュレーションを行い、電子ビームの規格化エミッタンスを0.7 πmm.mrad と仮定した場合に実験結果と非常によく一致することがわかりました (図3(a))。この結果は、電子銃における電子ビーム発生時のエミッタンス (0.6 πmm.mrad) が、ビーム加速や圧縮によってほとんど劣化していないことを意味しています。実は、電子ビームのエミッタンスを精密に計測することは、これまで非常に難しい課題であり、従来のXFELのシミュレーションでは暫定的に1 πmm.mradという値を用いてきました。今回得た値は、これよりはるかに小さく、SCSS試験加速器のシステムが理想的な状態で機能していることを、レーザー光特性の計測を通して初めて実証することができました。
このSCSS試験加速器は、実用面においても優れた特性をもっています。装置の起動から飽和状態を再現するまでの調整時間はわずか1時間程度であり、一旦飽和に達すると、調整なしで長時間の安定した動作が可能となっています (図4)。これまで、線形加速器ベースの自由電子レーザーを自在に制御し、安定に動かすことは困難であると考えられてきました。 しかし、「コンパクト」 を追求したシステムデザインは、常識を覆す 「操作性」 と 「安定性」 をも賦与したのです。
4.今後の展望
今回の成功は、2010年度に完成予定のXFELの性能に対して非常に明るい見通しを与えます。XFELの加速器システムとしては、試験加速器をベースとしながらさらにバンチ圧縮部に改良を加えたものを採用する予定であり、極小エミッタンスを維持しながら電子ビームの密度を劇的に高めることが可能となります。 この結果、極めて高い出力でXFELが発振することが期待されます。
また、SCSS試験加速器は、大強度かつ安定な極紫外線光源としても大きな一歩を踏み出しました。 世界においても、同種の光源はDESYのFLASHしか存在せず、高い競争力が期待されます。 FEL利用研究の充実を図るため、理研は、2008年2月に第1回の利用実験の公募を行いました (2008年1月30日プレスリリース、合同本部利用グループホームページ)。国内外の大学や研究機関の研究グループが実験を開始し、既に成果も出始めています (2008年4月17日プレスリリース)。今後、光科学研究の発展に大きく貢献することが期待されます。
〈参考資料〉
右の円形の施設がSPring-8。周長約1.5キロメートルの施設の中に現在49カ所のビームラインを有する。左側の細長い施設がXFEL施設の完成イメージ。写真左から右に向かって電子が加速され、一番下流の実験棟に5本のビームラインを建設する予定。
(a) の緑、オレンジ、青の実線は、電子ビームの規格化エミッタンスをそれぞれ0.5、0.7、0.9 πmm.mradとしたときのシミュレーション結果を示す。赤丸は実験値を示す。
〈補足説明〉
※1 極紫外線
波長領域30ナノメートルから100ナノメートル程度の電磁波。
※2 ナノメートル
10億分の1メートルが1ナノメートル。
※3 オングストローム
100億分の1メートルが1オングストローム。
※4 フェムト秒
1000兆分の1秒が1フェムト秒。1フェムト秒は、光の速さ(秒速約30万キロメートル)でも0.3ミクロンしか進むことができないほどの極短時間。
※5 SCSS
SPring-8 Compact SASE Sourceの略。SASEは自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission)を意味する。
※6 ジュール
ジュールはエネルギーの単位の1つ。ジュールは1ボルトの電位差の中で1クーロンの電荷を動かすのに必要なエネルギー。
※7 規格化エミッタンス
ビームの断面積と広がりを掛けた値で、電子ビームの性質を表す指標の1つ。エミッタンスが小さい場合はシャープで良質なビームが得られる。
※8 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で加速されるとき放射される光の1種である。
※9 アンジュレータ
加速された電子の直線軌道上に沿って磁極を上下に配置して、その間を通り抜ける電子を周期的に小さく蛇行させて、明るい光を作り出す装置。合同本部がXFEL用に開発したアンジュレータは、磁極の周期が18mmで、1台の長さが約5m。
※10 第3世代シンクロトロン放射光施設
シンクロトロン放射光施設は、円形加速器で荷電粒子を加速させて放射光を発生させる施設。第1世代は放射光の専用施設ではなく、素粒子物理学研究用として放射光利用を行ったものを指し、第2世代は放射光専用施設だが、偏向磁石からの放射光利用が主流。第3世代は専用施設かつ、アンジュレータが挿入光源として主流になっている施設を指す。
※11 FEL理論
電子ビームと光(レーザー)の相互作用を電磁気学と特殊相対論を用いて記述する理論。この理論を用いると、アンジュレータ中を蛇行する電子ビーム密度の時間的変化(密度変調)とそれと一体で進むレーザー場の強度増大(レーザー出力の増大)の様子を正確に予測できる。レーザー出力がどのように増大するかは、電子ビームの条件(電子の加速エネルギー、規格化エミッタンス、ピーク電流値等)やアンジュレータの条件(磁極の周期、磁場の強さ、磁石列の上下のギャップと永久磁石カバーの材質など)によって決まる。
(問い合わせ先) (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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