夢の光「X線自由電子レーザー」の強度を1億倍にする鏡の開発に成功-日本が誇る精密加工技術により、原子レベルの精度で大型集光鏡を作製-(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年08月05日
- XFEL
平成20年8月7日
国立大学法人大阪大学
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
○ 400ミリメートルの長さの大型集光鏡を原子レベルの精度で作製
○ X線自由電子レーザーの強度を1億倍にすることが可能に
国立大学法人大阪大学(鷲田清一総長、以下「大阪大学」)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長、以下「理化学研究所」)らは、将来、X線自由電子レーザー(X-ray Free-Electron Laser:XFEL)の強度を1億倍にすることができる「鏡」の開発に世界で初めて成功いたしました。本内容は、文部科学省の委託事業「X線自由電子レーザー利用推進研究課題」の下、大阪大学大学院工学研究科 山内和人 教授と理化学研究所 基幹研究所 大森整 主任研究員らの研究グループが、財団法人高輝度光科学研究センター、理化学研究所X線自由電子レーザー計画推進本部、秋田県立大学の研究者らと共同で行った研究成果です。 (論文) |
1. 研究の背景と目的
XFELは、様々な研究分野での飛躍的な成果や科学技術の発展、イノベーションの創出が期待され、我が国の国家基幹技術として、現在、兵庫県西播磨のSPring-8に隣接して建設整備が進んでいます。XFELの特徴は、物質を構成する最小単位である原子の大きさと同等の短い波長を持ち、同時に、レーザーとしての極めて高い強度と可干渉性を兼ね備えていることです。このXFELは、原子分解能の分析技術の開発や新しい物理現象の発見などへの貢献が期待され、医学、生物学を含めた先端の科学技術分野での幅広い応用が考えられております。このため、現在世界各国で熾烈な開発競争が行われており、日本では、理化学研究所と高輝度光科学研究センターが、世界に先駆けて、2010年度のレーザー発振を目指してXFEL光源の開発を進めています。
XFELに強く期待されている利用研究の一つに、タンパク質の1分子構造解析があります。現在、多くのタンパク質が結晶化され、SPring-8などの放射光を利用したX線構造解析によって、その分子構造が解かれつつあります。しかし、膜タンパク質などは、医学や創薬研究にとって極めて重要であるにもかかわらず、結晶化ができないため、その構造を解く手段がありません。これを可能にするのが1分子構造解析です。タンパク質1分子にX線を照射し、構造解析を行うのですが、1分子からのシグナルは極めて弱いため、そのままでも強力なXFELを集め、さらにその強度を上げる必要があります。
このように、XFELの明るさはSPring-8放射光の10億倍と非常に強力ですが、それを一点に集めることによって、更にXFELの応用が広がります。XFELを集光するためには、集光鏡を用いる方法が唯一と考えられています。XFELは非常に強度が強いために、物質がXFELを吸収すると、その物質を瞬間的に蒸発させます。これを回避するためには、できるだけ大きな面積でXFELを受け止め、単位面積あたりに照射されるXFELを低減させる必要があります。そのためには、大型の集光鏡が不可欠となります。また、同時に、XFELの波長が短いために、理想的に反射させるためには、その全領域において、原子レベルの精度の表面が必要になります。
高精度なレンズ、ミラーなどの光学素子の作製技術は、日本が世界をリードしている分野の一つです。その中でも、大阪大学は、長年にわたる超精密加工技術の研究を通じてEEM加工法を開発し、原子レベルの平坦性を持つ、表面の作製技術を実現しています。本技術は、次世代半導体製造技術でキーとされる極紫外光リソグラフィー用のレンズ加工への応用も期待されております。理化学研究所では、ELID研削法の開発を進めており、非常に高速にナノメートルの精度を持つ鏡面の作製を可能にしており、様々な高精度光学素子の作製への応用が期待されています。
この研究の目的は、これらの日本発の超精密加工技術が連携し、さらに、形状計測評価技術を開発することによって、XFELの完成時期に合わせ、XFELの強度を1億倍にすることが可能な、「集光鏡」の製造技術を確立することにあります。
2. 研究手法と成果
XFELを、空間的に一点に集めるためには、二枚の非球面(楕円面)鏡が必要になります(図1)。集光鏡の単位面積あたりに吸収されるXFELを低減させるためには、集光鏡を大型化するとともに、XFELを表面に対してすれすれの角度(1メートルで1ミリメートル上がる角度)で入射させる必要があります。集光鏡の表面がXFELの照射に耐えるためには、理論計算から、400ミリメートル以上の長さの集光鏡が必要になります。しかしながら、鏡の大型化は、精度的、時間的に、作製を大幅に困難にさせます。そこで、理化学研究所基幹研究所のELID研削法と大阪大学のEEM加工法を組み合わせ、X線自由電子レーザー集光鏡のための、ナノ精度表面創成システムを開発いたしました。
ELID研削法では、大型の長尺試料用の加工装置により、縦方向のステージをナノメートルの精度で制御し、加工を行います。また、集光鏡の表面の形状を、加工機上で即座に計測、確認することによって、集光鏡を加工機から外す必要がなく、効率的な精密加工が可能です。EEMによるナノ形状修正プロセスでは、完全に管理された恒温・防音室内において、表面の凹凸を原子オーダーの精度で計測します。そして、凸部のみを狙って、その領域を取り除く加工を行います。制御可能な凹凸の高さは原子のサイズに達しています。これらを組み合わせることによって、効率的なナノ精度表面創成システムを完成させました。その結果、400ミリメートル長さのXFEL集光鏡を、原子レベルの精度で製作することに成功しました。(図2)作製した集光鏡を、XFELに近い可干渉性をもつX線が利用できる大型放射光施設SPring-8の1kmビームライン(理研物理科学IビームラインBL29XU )で評価したところ、0.8オングストロームの波長のX線を、理論限界である回折限界*6まで集めることができることを確認いたしました。この結果は、集光鏡が理論どおりの性能を持つことを示しています。(図3)
作製プロセスの完成により、将来、約0.5ミリメートル四方の大きさのXFELを約50ナノメートル四方に縮小する集光鏡の作製が可能になります。すなわち、強度にして1億倍を達成することが可能になります。
3. 今後の期待
この研究により作製した集光鏡を用いることによって、2010年度にXFELが発振した際、ただちに、約1億倍にまで強度を増加させることが可能になります。これは、世界のX線自由電子レーザーの「集光鏡」の開発において、日本が大きく先行したことを意味しています。
また、この「鏡」は、既存のSPring-8など施設でも十分に活用することができ、X線を用いた各分析手法の大幅な分解能向上や検出感度の向上、時間短縮につながります。この日本が生んだ世界最高精度の「モノづくり」は、X線自由電子レーザー、放射光施設の性能向上を通して、将来、日本の科学技術の発展に大きく貢献していくことが見込まれます。
《参考資料》
将来、二枚の集光鏡を用いて、X線自由電子レーザーをナノサイズに集めることができる。強力なXFELに耐えるため、ミラーを大型化する必要がある。実現されると集光点では、集光前と比べて、強さは1億倍に達する。
ELID研削法とEEM加工法の連携により作製された大型集光ミラーの形状プロファイルと形状誤差。原子レベルの世界最高の精度で表面を完成させている。
青が理論的に予測される強度プロファイル、○が計測結果。理想のプロファイル上に沿って計測されていることがわかる。
《用語解説》
*1 ELID(Electrolytic In-process Dressing)研削
電解加工を素材の加工ではなくメタルボンド砥石のドレッシング(目立て)に応用している。加工工具である導電性砥石において、初期ドレス→不導体被膜→研削中砥粒摩耗・被膜摩耗→即座に被膜生成を繰り返すことで、常に一定(または、任意)の砥粒突出量およびドレス量のコントロールが可能となる。この原理に基づき微細砥粒砥石を用いて高精度鏡面加工が継続的に可能となり、高速に超平滑表面の作製が可能になる。
*2 EEM(Elastic Emission Machining)
微粒子表面と加工物表面間の化学反応を用いた超精密加工法。加工物表面に対して、機械的な負荷なく加工を行うことができる。加工物表面に対して化学反応性をもった微粒子の利用と、その微粒子の精密な供給によって、原子レベルの精度を持った平坦表面の作製が可能になる。
*3 集光鏡
光を反射することにより、光を集める鏡。X線の場合、全反射現象を利用する。
*4 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の大型放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間1万4,000人以上の研究者が利用している。
*5 非線形光学
物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象を扱う。このような効果は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測には強力なレーザーが必要とされる。
*6 回折限界
光の本質的な性質である回折によって、光学系ごとに、光をどれほど狭い領域に集められるかに理論的な限界がある。これを回折限界という。具体的には、集光鏡もしくはレンズの受光面積や、焦点距離、波長などによって決まる。
(問い合わせ先) 独立行政法人理化学研究所 基幹研究所 (報道担当) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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