クリーンな水素エネルギー社会実現へ向けた材料開発へ指針 - 水素とアルミニウムの直接反応によるアルミニウム水素化物の合成に成功 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2008年10月20日
- BL14B1(JAEA 物質科学)
平成20年10月20日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 岡俊雄、以下「原子力機構」と言う)は、将来の水素社会に必要不可欠な水素貯蔵材料1)として有望視されるアルミニウム水素化物2)の新しい合成方法として、アルミニウムと水素の直接反応3)による合成に世界で初めて成功しました。これにより水素エネルギー社会の実現に不可欠な、軽量水素貯蔵材料の開発が加速されることが期待されます。これは、原子力機構・量子ビーム応用研究部門・放射光高密度物質科学研究グループの齋藤寛之任期付研究員及び同部門・青木勝敏上級研究主席らによる「大型放射光施設SPring-84)」を用いた放射光X線回折実験の研究成果です。 (論文) |
背景
究極のクリーンエネルギー、水素を利用したエネルギー社会の実現に向けた課題の一つに、どのように水素を貯蔵するのかという問題がある。水素を貯蔵する材料(以下「水素貯蔵材料」)は、安全に必要な量をすぐ取り出すことができ、簡単に再充填でき軽量コンパクトであるなどの多くの条件が要求される。これらをすべて満たす材料は見つかっていないため、世界的に水素貯蔵材料に関する様々な研究が進められている。アルミニウム水素化物は軽量でかつ水素を多量に備蓄出来るため、有望な水素貯蔵材料と考えられている。しかしアルミニウム水素化物は合成が難しく、現在は有機溶媒中で化学反応を繰り返すことで得られている。
ランタン・ニッケル水素化物などの吸蔵合金は数十気圧に圧縮された水素ガスを吸収して水素化物を作製すなわち水素化できるが、アルミニウムはそれができない。アルミニウムの水素化は1万気圧以上の水素ガス(流体)圧力下であれば可能と予想されていたが、金属表面に形成される不動態皮膜が水素化反応を妨げるため、これまで直接反応によるアルミニウム水素化物の合成の成功事例は報告されていなかった。
本研究では数百度、数万気圧の高温高圧下で極めて反応性が高い水素流体状態を作り、アルミニウムと直接反応させて水素化物を合成することを目指した。また大型放射光施設SPring-8において、粉末X線回折とよばれる方法によってアルミニウムが水素を吸蔵あるいは放出する様子のその場観察を試みた。本研究は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「水素貯蔵材料先端基盤研究事業」の中で実施しているものである。本研究の成果をもとに、水素貯蔵材料の開発指針を得るために、さらなる研究の加速を図るものである。
実験
高温高圧下におけるアルミニウムと水素の反応の様子を調べるために放射光粉末X線回折によるその場観察を行った。実験にはSPring-8のJAEA 物質科学ビームラインBL14B1に設置されたマルチアンビルプレスとよばれる高圧発生装置を用いた(図1)。図1で示されるとおりアルミニウム試料の周りは厳重に覆われているため、高温高圧下では試料の様子を目視などで直接観察は出来ない。ここでSPring-8の非常に強いX線でこれら高圧パーツを透過させて試料に照射、X線粉末回折法という測定方法で調べると、アルミニウムの変化状況を”その場”で観察することができる。
図2(a)は、8.9 GPa(1GPaは約1万気圧)でアルミニウム試料を加熱した際の粉末X線回折パターンの変化である。図2では●の位置にピークが現れるとアルミニウムが水素化し始めたことを示している。室温から400 ℃まで加熱・保持した際にはピークは現れず、アルミニウムの水素化は起こらなかった。この温度圧力条件ではアルミニウム表面の酸化膜が水素化を阻害していると考えられる。一方600 ℃まで加熱・保持した場合、20分後にアルミニウム水素化物のピークが現れ、アルミニウムの水素化が始まったことが分かった。図2(b)は生成したAlH3を加熱して分解する様子と、温度を下げて再び水素化される様子を観察したものである。このように放射光その場観察により水素吸収過程とその逆反応である水素放出過程を観測することができた。
アルミニウムを10.0 GPa, 650 ℃の水素流体中で24時間処理することで、約半分の体積のアルミニウムを水素化物にすることに成功した。得られた試料の顕微鏡写真を図3に示す。試料の分析の結果不純物は検出されなかった。本研究での合成方法は非常に単純な直接反応から水素化物を作るため、化学合成と比べて純度の高いきれいな試料を得やすいという利点がある
意義・波及効果
本成果はこれまで化学的な合成手法でしか作れなかったアルミニウム水素化物を、アルミニウムと水素の直接反応という単純な方法で合成できることを示したものである。高温高圧下でのアルミニウム金属と水素の直接反応による水素化物合成法では、多量の水素化物の合成は困難であるものの、生成物は純度が高いので、アルミニウム水素化物の性質をより精密に調べることができるようになる。また直接反応の技術によってアルミニウムへ異種金属を添加した新しい軽金属合金を合成できれば、より低い圧力で水素を吸蔵する新しい水素吸蔵材料の開発につながる。これらの結果は水素自動車の燃料タンクの開発など、クリーンな水素化社会実現への指針となる。
《参考資料》
《用語解説》
1)水素貯蔵材料
水素を蓄えたり取り出したりすることのできる材料。材料の結晶の隙間に水素原子を取り込んだり、材料を構成する原子と水素から化合物を作ることで水素を取り込む。水素の取り込みやすさと取り出しやすさは、相反する条件となるので、バランスの良い材料の開発が必要である。
2)アルミニウム水素化物
化学式AlH3で表される金属水素化物。元となる金属が軽量なアルミニウムであること、およびアルミニウム1原子あたり3原子の水素を取り込むことが出来ることから、非常に軽量でコンパクトな水素貯蔵タンクを作ることの出来る材料として利用が期待されている。
3)アルミニウムと水素の直接反応
金属は適当な温度および圧力条件で水素と反応し金属水素化物を形成する。このような反応をここでは金属と水素の直接反応と呼ぶ。
4)大型放射光施設SPring-8
大型放射光施設(SPring-8; Super Photon ring 8 GeV からつけられた愛称)は、世界最高性能の放射光を利用することができる大型の実験施設である。従来のX線発生装置から得られる光に比べ、1億倍の明るさのX線を利用することができる。
5)不動態皮膜
大気中のアルミニウムの表面には不動態皮膜と呼ばれる非常に薄い酸化膜層が普遍的に存在している。この酸化膜層は化学的に非常に安定であるため、アルミニウムを錆や他の化学物質との反応から守っている。
6)その場観察
本研究で用いた装置による高圧実験では、試料のまわりが圧力を発生するための部材などで密閉されているため、試料の様子を直接目視によって観察することは出来ない。通常はある温度圧力下で処理した試料を常温常圧下に回収し分析を行う”回収実験”によって、高温高圧下でどのような反応が起きているのかを予想する。一方SPring-8が発生する非常に強いX線はこれらの圧力発生部材を透過することが出来る。この透過したX線を試料にあてて、粉末X線回折という手法を用いることで、高温高圧下の試料の様子を”その場”で観察することができる。
【本件に関する問合わせ先】 (研究内容について) (報道対応) (SPring-8に関すること) |
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