燃料電池用電極触媒の薄膜材料実現にブレークスルー - 結晶性有機無機ナノハイブリッド膜の合成に成功 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2008年11月26日
- BL13XU(表面界面構造解析)
平成20年11月26日
国立大学法人 九州大学
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東京工業大学
九州大学(総長 有川節夫)、高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 吉良爽)と東京工業大学(学長 伊賀健一)は共同で、将来の燃料電池用電極触媒の薄膜材料として有力視される、原子層オーダーで有機分子と無機分子が積層構造で結晶性を有する多孔性配位高分子(※1)のナノハイブリッド薄膜の合成に世界で初めて成功しました。 (論文) |
1.研究の背景
発電効率が高いことで知られる燃料電池や電極触媒の作製には、イオン伝導性の高い材料の開発が不可欠です。我々はこれまでに、様々な配位高分子材料(※10)を合成し、それらのイオン伝導度を測定する中で、ルベアン酸銅が非常に高い伝導性を示すことを発見しました[1]。このルベアン酸銅を電極に挟むことでイオン伝導性の高いデバイスが作製できると期待しています。現在、このタイプの燃料電池はアモルファス材料が用いられています。結晶性の材料を利用できれば、製品にした場合の不良率の低下につながることと、イオン伝導性が向上することとが期待されています[2]。
しかし、いまのところ、ある一つの研究グループがルベアン酸銅のバルク(※11)結晶の作製に成功していますが[3]、不安定な構造をしているため結晶の評価が十分に行われておりませんでした。薄膜作製に関しては成功したことを報告した例はありませんでした。世界中の無機化学分野の研究者が競って均一な構造を有するルベアン酸銅薄膜の作製を試みていました。結晶性が低い理由は、多数の結晶構造が同時に生成してしまうためと考えられています。
(参考文献)
[1] Fujishima, M.; Kanda, S.; Mitani, T.; Kitagawa, H. Synth. Met. 2001, 119, 485;
Kitagawa, H.; Nagao, Y.; Fujishima, M.; Ikeda, R.; Kanda, S. Inorg. Chem. Commun. 2003, 6, 346.
[2] Chandler, B. D.; Enright, G. D.; Udachin, K. A.; Pawsey, S.; Ripmeester, J. A.; Cramb, D. T.;
Shimizu, G. K. H. Nat. Mater. 2008, 7, 229.
[3] Chauvel, C.; Girerd, J. J.; Jeannin, Y.; Kahn, O.; Lavigne, G., Inorganic Chemistry, (1979), 18(11),
3015-20.
2.実験の内容・結果
本研究では、銅イオンと有機配位子(※12)であるルベアン酸の反応性を制御するため、基板界面における銅イオンとルベアン酸を1対1で積層させることを試みました。具体的には、図1に示すように、原子レベルで超平坦なサファイア基板上にルベアン酸と銅を積み木感覚で交互に積み上げる「ボトムアップ法」を用いて有機無機ナノハイブリッド膜を作製しました。この方法では、前処理したサファイア基板を金属イオンの水溶液に浸積させることと、有機配位子のエタノール溶液に浸積させて、1サイクル層を作製します。このサイクルを繰り返すことで、ナノ膜の厚さを制御できる容易な作製法です。
作製したナノ膜の透過電子スペクトル測定(図2)を行い、各サイクル層について、一定量ずつのルベアン酸銅が固定されていることを吸光度のピークが成長している様子から確認できました。ただし、その各サイクル層の内部の原子の配列については知見を得ることができませんでした。膜の原子配列を調べるため、研究室のX線源を用いた回折法で調べましたが、構造情報を得ることができませんでした。その理由としては、まず試料の厚さが10ナノメートル以下と非常に薄いことです。また、成膜方法が確立し、結晶性の非常に高い半導体薄膜などとは異なるため、回折強度が弱かったことが理由と考えています。そこで、SPring-8の高輝度放射光の表面X線回折法を用いて、そのナノ膜からの回折強度を検出することができました。
有機配位子を変えた3種類の試料、すなわち、対称性分子であるルベアン酸(図3の1)、パイ拡張ルベアン酸(図3の2)、および、非対称性分子であるエタノールルベアン酸(図3の3)を調べました。ルベアン酸、パイ拡張ルベアン酸を含む試料からは、out-of-plane測定(※13)(図4−1)、in-plane測定(※14)(図4−2)においてそれぞれ回折ピークが観察され、ルベアン酸銅ナノ膜は結晶構造を持っていることが明らかとなりました。一方、エタノールルベアン酸を用いた場合、Out-of-plane測定では回折ピークが観察され、サイクル数の増加につれてナノ膜が成長していることが裏付けられましたが、in-plane測定において回折ピークが観察されず、ナノ膜の面内においては、ルベアン酸銅が配列していないことがわかりました。
次に、基板の平滑性が結晶性にどのように影響を与えるのかについての知見をえるために、超平坦サファイア基板からガラス基板に変えて、同様の実験を行いました。ルベアン酸、パイ拡張ルベアン酸を含む試料についてin-plane測定を試みましたが、サファイア基板の時のように鋭い回折ピークが観察されず、ルベアン酸銅が配列していないことがわかりました。
今回の研究結果から、結晶性の配位高分子材料を基板上に作製するには、用いる配位子の対称性と基板の平滑性が重要な要素となっていることが明らかになりました。すなわち、結晶性の膜を得る少なくとも2つの条件が導き出されました。1つ目は対称性の分子を用いることです。対称・非対称性を含む3種類の分子を用いて実験を行ない、対称性分子を用いた場合は面内に顕著に原子が配列したのに対し、非対称分子を用いた場合には配列しませんでした。2つ目は、原子レベルでの平坦な基板を用いることです。超平坦サファイアを基板として用いた場合のみ、3次元的な原子配列構造の試料を得られました。このようにアモルファス材料を出発物質としているにも関わらず、世界で初めて結晶性錯体膜を得ることに成功しました。
3.本研究の成果、工学的な意義、今後の展開
バルク状態でアモルファスである材料を結晶化するには、これまでは加熱処理が典型的な方法でした。この方法では、加熱により分解したりする不安定な材料は結晶化させることができません。今回、結晶化が困難と言われているイオン伝導性のアモルファス材料であるルベアン酸銅を、ボトムアップ法を用いて結晶化させることに初めて成功しました。このボトムアップ法を用いることで、これまでに結晶化させることができなかった機能性材料を、結晶化させることができることを意味しています。用いた合成法であるボトムアップ法は、溶液法(※15)の一種です。その特徴は、広い面積に均一に薄膜を容易に作製できることに加え、真空、加熱処理を必要としない環境に優しい方法です。そういった意味で、このボトムアップ法は燃料電池だけに限らず有機エレクトロルミネッセンス素子やトランジスタなどの分野でも活躍するものと期待しております。今回の研究で、我々は結晶性配位高分子ナノ膜を容易に作製することに成功しましたので、ルベアン酸銅は将来の燃料電池の有力材料の候補になると期待しています。
《参考資料》
バインダー(※16)で修飾した基板を金属イオンの溶液に浸積させることで金属イオンを基板に固定し、続いて配位子を固定し、再び金属イオンを固定し、これらの操作を繰り返すことで均一な構造のルベアン酸銅ナノ薄膜を得ることを目的とした図。
吸収強度は層膜の厚さに概ね比例して増加します。今回、300 − 900 nmの領域で吸収が大きくなっていることから、サイクル数の増加に伴い、ナノ膜が成長していることがわかりました。
2個のピークは試料からの回折ピークであり、試料が表面垂直方向に沿って規則的な原子配列を有することを意味する。
《用語解説》
※1.多孔性配位高分子
金属イオンと有機配位子(※12)が交互に結合することによって生成する配位高分子の中で、ジャングルジムのような空間を持った配位高分子のことをいう。
※2.ルベアン酸
ジチオオキサミド。アミノ基(-NH2)と硫黄(S)を含んでいる有機酸の一種。
※3.錯体
重金属の原子やイオンに、配位結合により種々の分子や負イオンが結合したものをいう。電子対の供与体(ドナー)と受容体(アクセプター、金属元素)から成る。配位化合物ともいわれる。
※4.プロトン伝導性
物質内では、電場の作用のもとに電荷が移動して電流が現われるが、このとき電気を運ぶキャリアが電子ではなく、水素原子核(陽子、プロトン)の場合をいう。
※5.アモルファス
結晶構造がくずれ、原子の配列には全く規則性はないが液体の流動性も示さないような固体状態をー般に非晶質(アモルファス)という(無定形質ともいう)。構造論的に粘性率の非常に大きい過冷却液体とみなされることがあり、融解、凝固が一定の温度、圧力のもとにおこらず、その変化が連続的になる。その典型的な例はガラスである。金属、半導体、磁性体、高分子固体など各種の固体に非晶質が出現する。
※6.デバイス化
何らかの特定の機能を持った電子部品を一般にデバイスと呼ぶ。ここでは、ナノ材料を基に電子部品を作製することを指す。
※7.有機無機ナノハイブリッド膜
ナノメートルレベルにおいて、有機分子と無機分子を混合させて、それらが交互に積層した薄膜。
※8.大型放射光施設SPring-8
独立行政法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。 SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万4千人以上の研究者に利用されている。
※9.表面X線回折法
結晶表面、あるいは、結晶の表面近傍層の原子配列構造を決定、あるいは、評価するため、結晶表面、あるいは、結晶の表面近傍層からの回折強度を測定する方法である。その強度は結晶内部(バルク)からの回折散乱強度に比べて、約10の-8乗と桁外れに弱いため、測定には、通常、SPring-8のような高輝度放射光を必要とする。また、結晶内部からの散乱がバックグランドとなるため、そのバックグランド強度をできる限り排除するため、入射X線と試料表面のなす角度を所望の角度になるよう正確に制御するなど、工夫を凝らした測定配置を用いる。
※10.配位高分子材料
金属イオンと有機配位子が交互に結合することによって生成する配位高分子を、何らかの目的で応用展開する際に、この配位高分子を配位高分子材料と呼ぶ。
※11.バルク
バルクとは物質の表面や界面を除いた物質本体を指す。薄膜、物質の表層部や複数の物質の結合部である表面や界面は、バルクでの原子の並びがそこで途切れ、原子配列が変化するため、バルクとは物理的にも化学的にも異なる性質を持つ。
※12.有機配位子
錯体の中心原子に配位結合している原子団のうち、炭素化合物であるものをいう。配位子は配位原子数によって単座配位子、二座配位子、三座配位子などと呼ばれる。
※13.out-of-plane(面外方向)測定
試料表面に垂直方向(すなわち面外方向)の原子配置に関する情報を得るための測定法である。回折を生じる結晶面の法線方向が試料表面と角度をなす配置を用いる。
※14.in-plane(面内方向)測定
試料表面に平行(面内方向)方向の原子配置に関する情報を得るための測定法である。試料表面に垂直な結晶面からの回折を測定する。入射X線、出射X線ともに試料表面に対して全反射臨界角 程度の微小角になる配置を用いる。普通用いられる波長1 Å 程度のX線の場合、全反射臨界角は0.1°程度である。
※15.溶液法
物質を溶解させる媒体には有機溶媒と水があり、これらを一般に溶媒と呼び、この溶媒の中に物質を溶解または分散させて行う反応を総称して溶液法と呼ぶ。
※16.バインダー
置換不活性な基板表面を有機分子などで修飾することで、置換活性な表面へと変化させることができる。この置換活性な表面に種々の物質を固定することができ、その基板と物質の間に挟まれた有機分子をいう。
問い合わせ先 (研究関連事項) X線回折測定に関して、 基板調整に関して、 (SPring-8に関する事項) |
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