大型放射光施設スプリング8による高等生物内巨大タンパク質ボルトの構造決定に成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2009年01月16日
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2009年1月16日
兵庫県立大学
大阪大学
兵庫県立大学生命科学研究科ピコバイオロジー研究所、大阪大学蛋白質研究所等の共同研究チーム(代表・月原冨武特任教授)は、最大の細胞内超分子であるボルト※1をラットの肝臓から精製し、大型放射光施設SPring-8の大阪大学蛋白質研究所専用ビームラインの生体超分子複合体構造解析ビームラインBL44XUを用いて、その立体構造を解明することに成功しました。なお、本研究の成果は、1月16日発行の米国雑誌「Science」に掲載されます。 (論文) 本研究は科学研究費補助金により実施されました。 |
研究の背景及び成果
高等な生物の細胞内でよく見かける巨大蛋白質ボルトは、篭のようにその中にモノを入れて運ぶ働きをすると考えられています。ガン細胞のボルトは投与した薬物を包み込んでしまって効かなくしてしまいます。また、それとは別に人が緑膿菌に感染したときには、肺上皮細胞への菌の取り込みを促進する働きをします。その上皮細胞が自然免疫反応※2によって菌を殺すことによって体を護ります。
しかし、それらの仕組みがどのようになっているのかは、1986年に粒子が発見されて以来多くの研究がなされてきましたが、依然として謎に包まれたままでした。兵庫県立大学生命科学研究科ピコバイオロジー研究所の月原冨武特任教授らは、その構造を原子レベルで決めてその働きの仕組みに迫る研究に取り組んできました。この蛋白質は通常の蛋白質と比較すると、100倍から1000倍の多い原子で構成されている巨大な蛋白質であるため、構造決定は困難を極めましたが、このたび、巨大な蛋白質等生体超分子の構造解析用に作られた大型放射光施設SPring-8の大阪大学蛋白質研究所の生体超分子複合体構造解析ビームラインBL44XUにおいてその構造決定に成功しました。
全体はラグビーボールのような形をしていてその大きさは、全体の長さが67ナノメートル、中央部の直径が40ナノメートルでした。分子全体を真ん中で分けた半分のボルトは39分子のMajor Vault Protein (MVP)という蛋白質で構成されていました(図1参照)。78分子のMVPによって構成されているボルト外殻は2−3ナノメートルできわめて薄く、大きな空洞がありました。その大きさはこれまで構造決定された最大の細胞内分子である70Sリボソームを数分子入れることができるほどでありました(図2参照)。このことから、ボルトが細胞内の分子を包み込んで運ぶことは容易に推察できます。また、このMVPの構造を調べてみると、MVPの一部分は脂質ラフト※3という特殊な細胞膜に集積する蛋白質に特徴的な構造をとっていることが明らかになりました。このことは、ボルトが肺上皮細胞の脂質ラフトを介した緑膿菌の取り込みを促進すること示したハーバード大学の研究グループの報告内容と一致しており(Science 317, 130 (2007))、ボルトの構造に基づいてその働きの仕組みの研究がようやく緒に就きました。
このような巨大な粒子の構造研究においては、良質な高分解能回折強度データを得ることが難しく、構造決定は困難に遭遇します。実際、放射光でもベンディングマグネットによるX線では、構造解析を行うのに十分なデータを得ることはできませんでした。高輝度X線光源と大きな検出器を備えた大型放射光施設SPring-8の大阪大学蛋白質研究所専用ビームラインの生体超分子複合体構造解析ビームラインBL44XUによって3.5オングストローム分解能の良質なデータを得ることができ、構造決定を行うことができました。この様に巨大な粒子を構成成分にばらさず、生体内に存在するそのままの状態で丸ごと構造決定できた事は、今後の構造生物学研究に大きな影響を与えると考えられます。
《参考資料》
左図はボルトの全体構造で右図は全体構造を輪切りにした図を表しています。真ん中にこれまでに構造決定された中で最大の細胞内小器官である70Sリボソームを配置しました。ボルトは、70Sリボソームを数分子格納できるほど非常に大きい事が分かります。
《用語解説》
※1 ボルト
1986年に米国UCLAのL. H. Rome教授らによって発見された、細胞質内で最大の分子量を持つ核酸-タンパク質複合体です。ラット肝臓由来のボルトは、3種類のタンパク質(major vault protein (MVP), vault poly(ADP-ribose)polymerase (VPARP), telomerase-associated protein 1 (TEP1))と1種類のRNA(141塩基)で構成されています。
※2 自然免疫反応
生まれながらにして持っている生体防御機構で、外部から侵入する病原体などから体を護る際、最初にこのシステムが作動します。
※3 脂質ラフト
スフィンゴ脂質とコレステロールに富む細胞膜上のドメインです。重要な膜蛋白質などを数多く集積しており、膜を介したシグナル伝達や病原微生物の感染などに重要な役割を果たす事が知られています。
(問合せ先) 大阪大学 蛋白質研究所 (SPring-8に関すること) |
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