臨界温度38ケルビンのフラーレン超伝導体の謎を解明 - モット絶縁体状態から、加圧で電子が動き出し金属状態に変身 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2009年03月20日
- BL10XU(高圧構造物性)
2009年3月20日
独立行政法人理化学研究所
株式会社イデアルスター
国立大学法人東北大学
財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
○加圧でフラーレンの分子間の距離が短縮、電子移動が加速し、超伝導体に変化
○絶縁体と超伝導体が別物ととらえられてきたフラーレンの常識を覆す
○「高い超伝導臨界温度は、絶縁体の近くに現れる」という指導原理を実証
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立大学法人東北大学(井上明久総長)、英国ダーラム大学などの国際共同研究チーム※1は、有機超伝導体(分子性物質)の中で、加圧下で最も高い超伝導臨界温度※2を示すフラーレン※3物質について、構造・電子物性を多角的な手法で解析し、加圧すると分子間距離が縮まり、電子が動き出して金属化し、超伝導現象を発現することを明らかにしました。理研放射光科学総合研究センター高田構造科学研究室の高田昌樹主任研究員、ダーラム大学の高林康裕博士研究員(現、株式会社イデアルスター)、Kosmas Prassides教授、東北大学の岩佐義宏教授、高野琢(博士課程3年)、高輝度光科学研究センターの大石泰生主幹研究員、産業技術総合研究所の竹下直研究員、リバプール大学のMatthew J. Rosseinsky教授らの共同研究による成果です。 (論文) |
1.背 景
最近、鉄とヒ素を組み合わせた材料が高い温度で超伝導を示すことが次々に報告され、注目されています。この鉄ヒ素化合物や、高温超伝導物質として有名な銅酸化物は、典型的な無機物質です。一方、炭素を主要な構成元素とする有機物質を用いた超伝導物質開発研究も盛んに行われています。有機物質は、主に分子で構成されるため、これらは分子性物質とも呼ばれます。分子性物質で最高の超伝導臨界温度Tcを持つ物質は、1991年にNECの谷垣勝己研究員(現、東北大学教授)が発見したフラーレンC60にアルカリ金属を加えた化合物で、Tcは33Kでした。
2008年、新たにセシウム元素を添加(ドープ)したCs3C60という組成の物質(図1)が高林康裕博士研究員らによって開発され、8キロバール※6という圧力を加えた時にTcが38Kという温度で超伝導となることを発見しました(Nature Materials 7, 367, 2008)。これは、分子性超伝導体のTcの最高温度の記録を17年ぶりに塗り替え、同じフラーレンの化合物によって達成されたことで、フラーレンという分子の持つ潜在能力を強く印象付けました。
ところが不思議なことにCs3C60は、通常の圧力下では超伝導を示さず、圧力を加えて初めて超伝導になります。これは、従来知られていたフラーレン超伝導とは物性が大きく異なります。従来、フラーレン超伝導は、常圧で超伝導を示し、加圧するとTcが低くなるため、従来型の超伝導機構のモデル※7でうまく説明でき、フラーレンは従来型の超伝導物質の一つと信じられていました。しかし、Cs3C60では、高いTcの超伝導現象が、圧力を加えて初めて現れるため、従来のモデルでは、この超伝導現象を説明できないことになります。新物質Cs3C60の高いTcの謎は、残されたままになっていました。
2.研究手法と成果
研究グループは、Cs3C60の超伝導状態を調べるための3種類の磁性実験と、絶縁体状態を調べる光吸収実験を行いました。さらにCs3C60の低温高圧下での構造を調べるため、大型放射光施設 SPring-8の高圧構造物性ビームライン(BL10XU)を用いてX線回折実験などを行い、多様な評価法で未知の物性を明らかにしました。
その結果、Cs3C60は、常圧の条件下では、電気を流さない絶縁体であることが分かりました。しかもその絶縁体は、磁気を帯びており、47 K以下の温度環境下で反強磁性※8と呼ばれるスピンの整列した状態になることも判明しました。すなわち、常圧時のCs3C60は、電子がフラーレン分子上に束縛されて動けない、モット絶縁体と呼ばれる状態にあることが明らかとなりました(図2)。
このモット絶縁体状態のCs3C60に圧力を加えていくと、フラーレン分子間の距離が短くなるため、電子が分子間を飛び移りやすくなっていました。3キロバールの圧力で、電子が結晶中を動き回るようになり、同時に、超伝導現象が発現することも分かりました(図2)。
本研究は、フラーレンの分子間距離を連続的に変化させて、絶縁体から超伝導に移り変わる過程を包括的に明らかにしたことになります。フラーレンの超伝導現象時の最高のTcは、止まっていた電子を動きやすくすることによって実現しました。この様子は、ほかの有機分子を用いた有機超伝導体や、銅酸化物超伝導体の性質と酷似しています。有機超伝導体や銅酸化物超伝導体では、「高い超伝導臨界温度は、絶縁体の近くに現れる」という指導原理が確立されていましたが、金属を添加した有機超伝導体のフラーレンでも、その原理が成立することが実証できました。
3.今後の展開
本研究によって、Cs3C60が一つの物質として、絶縁体から超伝導に移り変わる過程が明らかになり、これまで絶縁体と超伝導体が別物ととらえられてきたフラーレン研究に、統一した描像を与えると期待されます。
また、本研究は、銅酸化物超伝導体などで確立された「高い超伝導臨界温度は絶縁体の近くに現れる」という指導原理が有効であることを改めて示しました。21世紀になって発見された二ホウ化マグネシウムや鉄ヒ素系超伝導体は、必ずしもこの原理に沿うものではありませんが、「絶縁体の近傍」という研究指針は、今後も強力な高温超伝導物質探索の指標となると期待されます。
〈参考資料〉
白いサッカーボール状のものがフラーレン分子。赤い丸はセシウム原子を示す。フラーレン分子の最近接距離は、約1ナノメートル(10億分の1メートル)。この結晶構造と、その圧力、温度による変化は、SPring-8(BL10XU)で決定した。
常圧では、隣り合うC60の分子間距離が比較的離れているため、電子が分子間を移動できず、分子上に止まっている。この状態はモット絶縁体と呼ばれる。そのときスピンは隣同士で反平行になるように固定されている(反強磁性と呼ばれる)。圧力を加えるとC60の分子間の距離が近くなり、電子が飛び移れるようになる。それと同時に電子間に強い引力が働きクーパー対を作り超伝導に転移する。
〈用語解説〉
※1 国際共同研究チーム
独立行政法人理化学研究所、国立大学法人東北大学、財団法人高輝度光科学研究センター、独立行政法人産業技術総合研究所、英国ダーラム大学、英国リバプール大学、スロベニア ジョセフ・ステファン研究所、スロベニア リュブリャナ大学。
※2 超伝導臨界温度
超伝導状態とは、ある温度以下で電気抵抗がゼロになり、電気が永遠に流れ続ける状態。電気抵抗がゼロになる温度を臨界温度Tcと呼ぶ。超伝導になった状態では、電子同士の間に強い引力が働き、電子は対になった状態で結晶中を動き回る。
※3 フラーレン
ほとんど炭素の、閉じたかご状の分子。C60はサッカーボールの形をしているため特に有名で、さまざまな機能性材料に応用されている。最近では、有機太陽電池が有名。1996年のC60の発見に対して、米・英国の科学者にノーベル化学賞が与えられた。
※4 モット絶縁体
電子が、固体の構成原子や構成分子の上で止まってしまって動くことができなくなり、電気を流すことができない絶縁体のこと。通常の絶縁体はバンド絶縁体と呼ばれ、電子がないので電気が流れないが、モット絶縁体には電子があるのに電気が流れない。そのため、2種類の絶縁体を区別するため、電子があるのに電気が流れない絶縁体を、最初に注目した理論物理学者の名前をとってモット絶縁体と呼ぶ。この絶縁体は多くの場合、磁性を持ち低温で反強磁性状態になる。
※5 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※6 キロバール
バール(bar)は圧力の単位で、約1気圧(常圧)。従って、キロバール(kbar)とは1,000気圧なので、高圧の単位として用いられ、例えば地殻の下のマントルの圧力は約30~50kbarである。
※7 従来型の超伝導機構のモデル
超伝導になるには、電子間に強い引力が働く必要がある。電子は電荷を持っているため、通常、同じ電荷を有している電子同士には反発力が働いている。しかし、原子や分子の振動を介して電子間に引力的な相互作用が働く場合があり、これが電子の反発を上回った場合に、電子がいっせいにクーパー対と呼ばれる対を作って超伝導になる。これが、BCS理論と呼ばれる従来型の超伝導のモデルにあたる。
※8 反強磁性
隣り合うスピンがそれぞれ反対方向を向いて整列し、全体として磁気モーメントを持たない物質の磁性をいう。
(問い合わせ先) 播磨研究推進部 企画課 株式会社イデアルスター 国立大学法人東北大学 (報道担当) 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室 国立大学法人東北大学 総務部 広報課 広報係 |
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