強く相互作用した電子の集団励起を世界で初めて観測 - 高温超伝導機構解明への応用にも期待 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2009年04月13日
- BL11XU(JAEA 量子ダイナミクス)
平成21年4月13日
独立行政法人 日本原子力研究開発機構
国立大学法人 東北大学
米国アルゴンヌ国立研究所
独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 岡俊雄、以下「原子力機構」】量子ビーム応用研究部門の脇本秀一研究副主幹らは、国立大学法人東北大学【総長 井上明久、以下「東北大学」】および米国アルゴンヌ国立研究所【所長 Robert Rosner】と共同で、物質の中で強く相互作用した電子※1が起こす集団励起(集団的な揺らぎ) ※2を観測することに世界で初めて成功しました。現代の物理学において、金属中の伝導電子のように互いに相互作用の無い電子がどのように振る舞うかは良く理解されていますが、互いに強い相互作用を持つことで集団的に振る舞う場合には理論的扱いも困難であり、良く理解されていません。しかし電子の相互作用が強い物質では、高温超伝導を代表例とした数々の新規かつ有用な性質を示すことが知られています。 (論文) |
背景:
現代の物理学において、固体中で自由に動くことのできる互いに相互作用が無い自由電子の振る舞いは、理論的・実験的に良く理解されていますが、多くの電子が互いに強く相互作用した場合の集団的振る舞いについては、理論的な扱いが困難になり、良く理解されていません。そのような強い電子間相互作用を持つ物質の代表例が銅(Cu)やニッケル(Ni)などの酸化物である遷移金属酸化物※5です。遷移金属酸化物は、電子がお互いに強い相互作用(クーロン斥力)を及ぼして避けあうことで身動きが取れなくなり絶縁体になっています。そこから電子の一部を抜き取って穴をあける(ホールを導入する)、または、さらに動くことができる電子を余剰に導入することができます。ホールや余剰な電子を導入することをドープと言いますが、ドープされた遷移金属酸化物は多種多様で有用な性質を示す物質の宝庫です。例として高温超伝導※6を示す銅酸化物や、巨大磁気抵抗効果※7を示すマンガン酸化物などがあります。
ホールを導入することで絶縁体から高温超伝導体へ変化する。矢印は電子の持つ磁石の性質を表したもの。
銅酸化物では電子は縞状に整列する。その縞状の電子をX線を用いて揺さぶることで、電子の間に働く相互作用がわかる。
ドープされた遷移金属酸化物では、電子が強い相互作用を及ぼしあうことにより空間的な周期性を持って整列(秩序化)することがしばしば見られますが、この整列した状態は多彩な物性と密接に関係していることが知られています。何らかの方法、例えばX線を使って整列した電子をそろえて揺さぶる(励起する)と、電子を整列させようとする具合である相互作用が見えてくるはずです。従って、電子の集団的揺らぎ(集団励起)を調べることはドープされた遷移金属酸化物における様々な物性を理解する上で極めて重要なのですが、残念ながら、これまではこの電子の集団励起を直接観測するための実験手段がなく、物理学全般において電子の集団励起の研究は未踏の領域となっていました。
本研究では、大型放射光施設SPring-8に設置された装置と、米国の同様の施設であるAdvanced Photon Source (APS)に設置された装置の2台を駆使し、共鳴X線非弾性散乱という手法を用いて研究を行いました。対象とした物質は銅酸化物で高温超伝導体でもあるLa2-xBaxCuO4、及び、超伝導は示さないが同じ結晶構造を持った関連物質のニッケル酸化物La2-xSrxNiO4です。両物質とも、電子は縞状に整列することがわかっています。これらの物質を測定したところ、縞状に並んだ電子の集団励起の観測に世界で初めて成功し、電子が集団として縞状の空間的周期性を保ちながら時間的に揺らいでいる様子を明らかにしました。
実験:
共鳴非弾性X線散乱実験
放射光X線は物質中の電子の運動状態(運動量とエネルギー)を調べるのに、極めて強力なプローブであり、その非弾性散乱実験は、試料に入射するX線と試料から散乱されるX線の運動量とエネルギーの差を測定する方法です。X線による電子の励起は本来非常に弱い散乱強度を持つため、通常の非弾性散乱実験では観測することが不可能ですが、X線のエネルギーを内殻電子準位にあわせた共鳴条件で測定、すなわち、共鳴非弾性X線散乱を行うと強度を大きく増幅して観測することが可能になります。さらに内殻電子準位は元素ごとに固有の値を持つことから、結晶全体のうち、縞状に電子が整列する銅(ニッケル)-酸素二次元シート構造の電子の集団的揺らぎを選択的に研究することができます。今回の物質のように電子が縞状に並んでいる場合には、その周期が運動量の変化に対応します。
銅の内殻電子準位のエネルギーに、入射X線エネルギーを調整することによって、電荷励起強度が大きく増大しています。
縞状に整列した電子の集団揺らぎを探る
まず、大型放射光施設SPring-8において、La15/8Ba1/8CuO4の単結晶試料を用いて共鳴非弾性X線散乱実験を行いました。その結果、縞状に整列した電子の周期構造と一致した運動量変化(Q s)でのみ、およそ1 eVに電子の集団励起による散乱強度が観測されました。さらに、米国のアルゴンヌ国立研究所にある放射光施設Advanced Photon Sourceで、縞状に整列した電子の周期が銅酸化物とは異なるニッケル酸化物La5/3Sr1/3NiO4についても実験を行い、同様の電子の集団励起による散乱強度がやはりQ sで観測できました。これらの結果は、縞状に整列した電子に普遍的な集団的揺らぎを示すものであると考えられます。
電子の周期構造と無関係な運動量変化で測定した共鳴非弾性X線散乱スペクトル(赤のデータ)の比較。
いずれの物質においても電子の周期構造に対応する運動量で測定したデータに電子の集団励起に起因するシグナルが観測されました。
研究の波及効果:
本研究は、ドープされた遷移金属酸化物において、相互作用により整列した電子の集団励起を世界で初めて観測した例です。これまで未踏の領域であった電子の集団励起の研究が可能であることを示したもので、今後放射光施設の高輝度化や分光器の高度化に伴い加速して行くであろう新研究領域の指針となると考えられます。
銅酸化物高温超伝導においては、縞状に整列した電子が集団的に揺らぐことで結晶の中に生じる電子の波が超伝導に関与しているとするモデルが考えられています。本研究は電子の集団励起(集団的揺らぎ)を観測した第一歩ですが、今後、高温超伝導体における電子の集団励起の性質を詳細に調べれば、このモデルの検証になると期待されます。
今後の研究課題:
今回は縞状に整列した電子の周期構造に対応する運動量Q sで集団励起を観測しましたが、電子に働く相互作用を知るためには、物質中での揺らぎの伝わり方を解明する必要があります。そのためには、装置を高度化し、より高いエネルギー・運動量分解能での測定をすることが必要です。特にこの点は、高温超伝導との関係を知る上で重要です。
また、ドープされた遷移金属酸化物には縞状だけでなく、市松模様状に電子が整列する物質もあります。これらの物質もふくめて系統的な測定を行っていくことで、電子の集団励起という新たな研究分野の発展が期待されます。
研究の役割分担、実験施設利用、資金援助について:
今回、独立行政法人日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)量子ビーム応用研究部門と国立大学法人東北大学(以下、東北大)が共同で単結晶試料作成を、また、原子力機構、東北大、アルゴンヌ国立研究所が共同で放射光実験を行いました。
銅酸化物の実験は、東北大から申請された原子力機構の施設共用課題としてSPring-8の原子力機構専用ビームライン、JAEA 量子ダイナミクスビームラインBL11XUで行いました。ニッケル酸化物の実験は、原子力機構がアルゴンヌ国立研究所Advanced Photon Sourceの公募に申請し、採択された課題としてビームライン30IDで行いました。
本研究は文部科学省科学研究費補助金特定領域研究「異常量子物質の創製-新しい物理を生む新物質-」による援助を受けて行われました。
《用語解説》
※1 強く相互作用した電子
銅(Cu)やニッケル(Ni)などの遷移金属を含む酸化物では電子がお互いに強く相互作用しあった結果、縞状(ストライプ状)や市松模様状(チェッカーボード状)に周期的に整列した状態が実現することが知られている。今回の測定に用いたLa2-xBaxCuO4 (x=1/8)やLa2-xSrxNiO4 (x=1/3)は、強い相互作用の結果、縞状に電子が整列する典型物質である。
※2 集団励起(集団的な揺らぎ)
周期的に整列した電子がそろって結晶全体に渡って空間的・時間的に揺らいで振動すること。電子が1個だけ独立して動く個別的な揺らぎと区別された電子の運動と考えられている。
※3 共鳴非弾性X線散乱法
SPring-8などの大型放射光施設からのX線を利用することで、はじめて可能となった新しい実験手法。衝突の前後で物体の力学的エネルギーの和が変化しない散乱を弾性散乱、衝突の前後でエネルギーが変化する散乱を非弾性散乱という。放射光X線を試料に入射すると、X線の非弾性散乱が起きて、入射エネルギーと異なる散乱エネルギーを持つX線がわずかに生じる。これを測定することで、揺らいでいる電子の空間・時間周期を知ることができる。また、入射エネルギーの量を調整して電子が共鳴するようにすると、その散乱X線が増幅される。今回は銅の原子核に近い軌道にある内殻電子準位のエネルギーにX線のエネルギーを共鳴させることで、銅原子(CuO2 面)にある電子の揺らぎが観測できた。
※4 独自の改良
縞状に整列した電子の集団的な揺らぎが現れる1eV以下の領域は、通常、非常に強い弾性散乱(エネルギー変化しない散乱)の広がりが重なってきて観測が難しい。我々は、放射光X線と測定装置の配置を弾性散乱が最小になるようにして測定する方法をとり、今回の成功につながった。
※5 遷移金属酸化物
銅(Cu)やニッケル(Ni)など、周期律表で第3族から第11族に存在する遷移金属元素を含む酸化物のこと。遷移金属酸化物の多くは、電子が強いクーロン相互作用のために構成原子や構成分子の上で止まってしまって動くことができなくなり、電気が流れなくなった絶縁体になる。通常の絶縁体はバンド絶縁体と呼ばれ、電子がないので電気が流れないが、遷移金属酸化物の場合には電子があるのに電気が流れない。これら2種類の絶縁体を区別するため、電子があるのに電気が流れない絶縁体は、最初に注目した理論物理学者の名前をとってモット絶縁体とも呼ばれる。
※6 高温超伝導体
1986年に後のノーベル賞受賞者のベドノルツとミューラーにより発見されたLa2-xBaxCuO4が最初。その後様々な銅酸化物高温超伝導体が発見され、現在ではリニアモーターカーや高効率送電線などへの応用が研究されている。実現すれば現代のエネルギー環境の改善に多大な貢献をすると期待されている。
※7 巨大磁気抵抗効果
磁場の印加により電気抵抗が何桁も変わる現象を言う。大容量ハードディスクなどの不揮発性メモリーの実現に応用されている。
(問い合わせ先) 中性子偏極解析磁性研究グループ X線量子構造研究グループ (報道対応) (SPring-8に関すること) |
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