SPring-8の高輝度X線を用いて原子レベルで構造を観察:リン酸化オリゴ糖カルシウムによる初期う蝕歯の再結晶化を証明 - 再石灰化部でハイドロキシアパタイト結晶が健康な歯と同じ秩序だった構造で復元 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2009年04月16日
- BL40XU(高フラックス)
2009年4月16日
江崎グリコ株式会社
財団法人高輝度光科学研究センター
江崎グリコ株式会社および財団法人高輝度光科学研究センターは、大型放射光施設SPring-8※1のX線マイクロビーム(約6マイクロメートル: 細菌や霧1粒の大きさのサイズ )を利用して初期う蝕(表層下脱灰病巣)の脱灰・再石灰化※2を観察評価したところ、リン酸化オリゴ糖カルシウム※3を用いて処理を行った再石灰化部位は、単にリン酸カルシウムのミネラル量が回復しているというわけではなく、健康な歯と同じ秩序だった結晶の並び(配向性)を有したハイドロキシアパタイト結晶※4として復元されていることがわかりました。 本研究成果のうち、リン酸化オリゴ糖カルシウムによる初期う蝕の再結晶化に関しては、欧州う蝕研究会議 (2008年6月25日~28日)及び日本バイオマテリアル学会シンポジウム(2008年11月17日~18日)で発表し、初期う蝕を対象としたX線マイクロビーム解析法に関しては、イギリスの科学学術誌Journal of Synchrotron Radiationの2009年5月号に掲載される予定です。 (論文) 2)日本バイオマテリアル学会シンポジウム 2008年11月17日~18日(東京大学本郷キャンパス) |
《研究背景》
初期う蝕は、歯の表面に付着しているプラーク内の細菌が作り出す酸により歯が溶かされる「脱灰」が原因となって生じることが知られています。視覚的に歯の表面が健全に見えていても、その表層下では、数百マイクロメートルの深部領域にかけてミネラル量が著しく減少しています。初期う蝕は、40年以上前から知られており、歯を構成するリン酸カルシウム結合物(ミネラル)の喪失と考えられてきました。一方で、唾液中のリン酸イオンとカルシウムイオンが歯に補給される「再石灰化」が起こるという臨床知見も報告されています。
これまで、初期う蝕(表層下脱灰病巣)における脱灰・再石灰化現象は、Transversal microradiography (TMR)法(薄く切った歯断面をX線撮影して構成ミネラル成分の量的変化をマイクロメートル単位で解析する国際的な標準法)によるミネラル変化量の評価、透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型電子顕微鏡(SEM)などによる形状観察、マイクロハードネスによる硬度解析、電子マイクロプローブ分析(EMPA)による元素分布分析などの方法を用いて評価されてきました。しかし、これらの手法では、ミネラル変化量・硬度変化・形状状態をミクロレベルで評価できても、脱灰・再石灰化領域(表面から深層まで約数百マイクロメートル程度)全般における結晶の構造量的変化を直接評価することが困難でした。そのため、脱灰・再石灰化は一般的にミネラル変化量が結晶変化量と同じであると仮定して評価されてきました。
本研究では、原子レベルの物質構造の解析に使用されているSPring-8のX線マイクロビーム(直径 約6 マイクロメートル)を用いることで、表層から約百マイクロメートル深層までの全領域の結晶量変化を直接捉えることに成功しました。
《研究内容 》
極小サイズのX線マイクロビームを用いて脱灰・再石灰化部位の結晶の質的変化を観察
測定方法
実験材料としてウシ歯よりエナメル質ブロックを調製しました。人工的に初期う蝕を発症させた(表層から深層150マイクロメートルあたりまで脱灰)後、脱灰領域の一部にリン酸化オリゴ糖カルシウムを用いて再石灰化処理しました。ブロック内には、健全、脱灰、および再石灰化の3つの領域を形成しました。 本ブロックから薄片化断面を切り出して、はじめに従来法の一つであるTMR法、続いて、X線マイクロビームにより、これを解析しました。ここでは、健全、脱灰、および再石灰化の各領域におけるミネラル量変化、ハイドロキシアパタイト結晶の量的変化と結晶の配向性、さらに結晶間隙領域の変化を同時に評価することを試みました。なお、本研究は高輝度光科学研究センターの八木直人・主席研究員のグループと共に大型放射光施設SPring-8の高フラックスビームライン(BL40XU)の直径約6マイクロメートル( 細菌や霧1粒の大きさ )という極小サイズに絞り込まれたX線マイクロビームを利用することで初めてハイドロキシアパタイト結晶の変化量と配向性、結晶間の空隙の変化の解析を同一歯片サンプル内で行うことが可能となりました。
解析領域は、エナメル質表層から深層数百マイクロメートル内の領域で、5マイクロメートル毎にX線ビームを順次移動照射して、(1)結晶変化と配向性を観察する広角X線回折と、(2)結晶間隙を観察する小角X線散乱を同時に観測・評価しました(図)。
測定結果
初期う蝕歯のエナメル質ブロックの薄片化断面に対してマイクロX線を照射し、健全歯部位、表層下脱灰部位、およびリン酸化オリゴ糖カルシウムによる再石灰化部位の結晶状態をそれぞれ解析しました。
その結果、主に以下の2点が明らかとなりました。
・脱灰部はミネラルが原子単位ではなく、ハイドロキシアパタイト結晶単位として失われていること
・再石灰化部はミネラル量と同様にハイドロキシアパタイト結晶量の回復が観察され、しかも健全な歯と同じ結晶の並び(配向性)を有していること
つまり、視覚的には実質欠損が観察されない初期う蝕(表層下脱灰病巣)において、歯エナメル質表層下では単にカルシウムやリンのミネラル成分が失われるのではなく、歯エナメル質の約9割以上を構成しているハイドロキシアパタイト結晶の単位で失われ、ナノ~ミクロサイズの空隙が生じていることがわかりました。さらにリン酸化オリゴ糖カルシウムを用いて処理を行った再石灰化部では、元の健康な歯と同じ秩序だった結晶の並びを持つハイドロキシアパタイト結晶として回復していることを定量的に確認しました。また、本結晶量の変化は、従来法であるTMR法で観察したミネラル変化量の変化傾向と相関があることを見出しました。
以上の結果より、今回開発した新しい手法は、初期う蝕(表層下脱灰病巣)の脱灰・再石灰化メカニズム解析や、口内ケア用品、素材開発などに有益な情報が得られるものと考えられます。江崎グリコでは今後も国民の歯の健康維持増進に向けた事業取組みを続けて行きます。
《参考資料》
《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学 研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※2 脱灰・再石灰化
脱灰とは食事や間食により口内環境が酸性に傾いた結果、歯の結晶成分であるリン酸(P)とカルシウム(Ca)が歯から溶け出すこと。再石灰化とはこれらの成分が歯に戻ることです。
※3 リン酸化オリゴ糖カルシウム
江崎グリコが王子コーンスターチと共同開発した高水溶性カルシウム食品素材。
※4 ハイドロキシアパタイト結晶
歯や骨を形成している無機成分の大部分をしめているリン酸とカルシウムからなる化学物質の結晶物です。結晶物とは原子が3次元空間で周期的に同じ様式を繰り返す配列を持っている個体をあらわします。
(お問い合わせ先) (SPring-8に関すること) |
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