大型放射光施設 SPring-8

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新しい超電導体CaC6の超電導起源を解明(プレスリリース)

公開日
2009年07月16日
  • BL25SU(軟X線固体分光)
岡山大学大学院自然科学研究科 岡崎宏之非常勤研究員(博士後期課程2年生)、横谷尚睦教授らの研究グループは、黒鉛をもとにした新しい超電導体CaC6の、超電導転移温度(Tc)の起源を実験的に解明することに世界で初めて成功しました。

平成21年7月16日
岡山大学

 岡山大学大学院自然科学研究科 岡崎宏之非常勤研究員(博士後期課程2年生)、横谷尚睦教授らの研究グループは、黒鉛をもとにした新しい超電導※1体CaC6の、超電導転移温度(Tc)の起源を実験的に解明することに世界で初めて成功しました。CaC6は、同種の超電導体よりも一桁も高いTcを示すのですが、その理由はわかっていませんでした。今回、電気伝導を担う電子の電子軌道※2を調べることのできる特殊な実験手法により、Ca 3d電子軌道に由来する電子(3d電子)が高い超電導の起源であることを示しました。今回の結果は、より高いTcを有する極めて軽量な超電導材料開発に指針を与えると期待されます。
 この成果は米国物理雑誌Physical Review Bの7月15日号に掲載されました。

(論文)
"Spectroscopic evidence of the existence of substantial Ca 3d derived states at the Fermi level in the Ca-intercalated graphite superconductor CaC6"
(日本語訳:Caインターカレーション黒鉛超電導体CaC6におけるフェルミ準位上のCa 3d状態に対する分光学的証拠)
H. Okazaki, R. Yoshida, K. Iwai, K. Noami, T. Muro, T. Nakamura, T. Wakita, Y. Muraoka, M. Hirai, F. Tomioka, Y. Takano, A. Takenaka, M. Toyoda, T. Oguchi, and T. Yokoya
Physical Review B 80, 035420 (2009), published online 16 July 2009.

業績:
 岡山大学大学院自然科学研究科の岡崎宏之非常勤研究員(博士後期課程2年生)、横谷尚睦教授らは、高輝度光科学研究センターの室隆桂之、中村哲也各研究員、大分大学工学部の豊田昌宏教授、物質・材料研究機構の高野義彦グループリーダー、広島大学の小口多美夫教授らと共同で、黒鉛層間化合物(Graphite intercalation compound (GIC))※3で最高のTcを持つCaC6の、高いTcの起源を解明することに世界で初めて成功しました。

背景:
 黒鉛は炭素シートからなる層状物質です(図1)。黒鉛自体は半金属ですが、炭素シート間に原子やイオンが挿入されたGICでは特性が大きく変化し、その中には超電導を示すものもあります。しかしながら、そのTcは1K以下のものが大部分を占めていました。CaC6は2005年に発見された新しいGIC超電導体であり、通常のGIC超電導体と比べて一桁高いTc (=11.5K) を持ちます。しかし、その高いTcの起源についてはよくわかっていませんでした。今回の実験では、大型放射光施設SPring-8の軟x線固体分光ビームラインBL25SUにおいて共鳴光電子分光※4という特殊な実験手法でCaC6結晶を測定し、Ca元素の3d電子が超電導性を担うことを直接的に示すことに成功しました(図2)。

意義・波及効果:
 これまで3d電子が超電導性を担うGIC超電導体は発見されていないため、今回の研究結果はCaC6が極めてユニークなGIC超電導体であることを示します(図3)。このことは、CaC6が新しいタイプのGIC超電導体であることとともに、3d電子が高いTcを担うことを示します。3d電子を持つ遷移金属元素を炭素シート間に挿入することにより、より高いTcを有する極めて軽量な超電導材料開発につながると期待されます。

 この研究は科学研究補助金および戦略的創造研究事業の支援を受けて実施されました。


《参考資料》

図1 黒鉛(左)とCaC6(右)の結晶構造 図1 黒鉛(左)とCaC6(右)の結晶構造
黒鉛では炭素原子の蜂の巣ネットワークである炭素シート(グラフェン)が重なり合った構造をしています。一方、CaC6は炭素シート間にカルシウム原子が挿入された構造を持ちます。


図2 CaC6の共鳴光電子分光実験の結果 図2 CaC6の共鳴光電子分光実験の結果
測定した共鳴光電子分光データ。用いた入射光エネルギーを右側に示しています。フェルミ準位(EF)※5近傍の電子バンド※6(緑色楕円部分)の強度がCa 2p電子軌道とCa 3d電子バンドのエネルギー差に丁度等しくなる光エネルギー(348.6 eV)で増大していることがわかります。このことは、超電導性を担うEF近傍の電子がCa 3d電子軌道に由来することを直接的に示しています。


図3 従来のGIC超電導体(左)とCaC6(右)の電子エネルギー分布図 図3 従来のGIC超電導体(左)とCaC6(右)の電子エネルギー分布図
これまで発見されたアルカリ金属を挿入したGIC超電導体では、黒鉛の電子バンドの他にアルカリ金属のs電子軌道からなる電子バンドに電子が詰まっています(図の水色部分)。CaC6では、本来エネルギー的に高い位置にあるCa 3d電子バンドが、黒鉛の電子バンドとの相互作用を通してエネルギー的に低い位置に移動するために、Caの3d電子バンドに電子が詰まることができるようになったと考えられます。今回の結果は、CaC6が挿入されたCa原子の 3d電子バンドが電子によって占有された非常に珍しいケースであることを示すものです。3d電子は単位エネルギーあたりの電子数(状態密度)が他の電子軌道より多いことが知られています。TcEF上の状態密度の高さと関係しているため、状態密度の高い3d電子は高いTcを生み出すことができます。


《用語解説》

※1 超電導
 ある種の金属の抵抗が、その物質に固有な温度以下でゼロになる現象。超電導に転移する温度を超電導転移温度(Tc)といい、通常の超電導体ではTcは絶対零度(0K=-273.15℃)に近い温度でおこります。超電導は電気抵抗ゼロで電流を運べるため、エネルギーロスのない送電線などで利用されています。また,大きな磁場を発生させることができるのでリニアモーターカーにも利用できます。Tcを向上させることにより、より安価に超電導の優れた特性を利用することができます。

※2 電子軌道
 原子においては、電子の取り得るエネルギーは離散的であることが知られています。エネルギー的に低い準位からそれぞれ1s,2s,2p,3s,3p,4s,3d..電子軌道と呼ばれています。

※3 黒鉛層間化合物(Graphite intercalation compound (GIC))
 層状構造をなす黒鉛の層間に、原子やイオンなどが挿入(インターカレーション)された層状化合物。

※4 共鳴光電子分光
 物質に高いエネルギーの光を照射し、光電効果により放出される光電子の運動エネルギーを測定することにより、物質内部の電子エネルギーを測定することができます。物質を構成する元素に固有の内殻準位と観測したい電子バンド間のエネルギー差に対応した光エネルギーを照射し、放出される光電子の運動エネルギーを測定する実験手法を共鳴光電子分光といいます。これにより特定の電子軌道を強調して観測できます。

※5 フェルミ準位(EF)
 物質中の電子が持つ最高エネルギー。EF近傍の電子が物質の電気的性質を担います。

※6 電子バンド
 結晶においては、エネルギーの低い準位は離散的な状態を保ちますが(内殻準位)、エネルギーの高い準位は相互作用によりエネルギー的に幅を持つようになります。これを電子バンドと呼びます。電子は低いエネルギー準位から順番に詰まろうとします。


(問い合わせ先)
 岡山大学 自然科学研究科
 横谷尚睦
  TEL:086-251-7897 FAX:086-251-7903

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp