CMOSセンサーを用いた新型検出器で高速・高精度なデータ測定を実現 -新薬の開発や難病治療の研究を飛躍的に加速- (プレスリリース)
- 公開日
- 2009年11月27日
- BL38B1(構造生物学III)
- BL41XU(構造生物学I)
- BL44B2(理研 物質科学)
平成21年11月27日
報道関係者各位
財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 理化学研究所
高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 白川哲久)は、理化学研究所(以下「理研」、理事長 野依良治)と共同で、CMOSセンサー※1を搭載した新型X線検出器(X線CMOS検出器)を用いてタンパク質の結晶構造を決めるための高速・高精度な新しい回折データ測定方法を開発しました。これにより、国内外の研究者によるタンパク質結晶構造研究のスピードを飛躍的に高め、医薬品の研究開発、難病治療等の研究等に多大な進展をもたらすことが期待されます。 (論文) |
1.研究の背景
タンパク質の立体構造は、生命現象を分子レベルで理解する上で重要で、医薬品の開発にも応用されています。現在、タンパク質の立体構造を明らかにする最も一般的な方法は、X線結晶構造解析法です。この手法では、解析の対象となるタンパク質を結晶化し、その結晶にX線を照射して得られた回折画像から構造を得ます。しかしながら複雑な構造を持つタンパク質からは、一般的に数百ミクロン以下の小さな結晶しかできないことや、また、その回折画像の強度も弱いことから、高精度のデータ測定のためには高輝度なX線が利用できる放射光ビームラインの利用が欠かせません。
従来は回転ステージに載せたタンパク質結晶を1度程度の角度で振動(往復運動)させながらシャッターを開けてX線を照射し(振動写真法といいます)、シャッターを閉じた後に検出器に記録された回折画像を読み取っていました。一つの結晶からデータを測定するためには、この動作を数百回繰り返す必要がありますが、最新のCCD検出器を用いても1コマの画像の読み取りに1~2秒かかり、これが結果として大きな時間ロスの原因となったり、X線照射と振動の同期不良(タイミングが合わないこと)が測定誤差をもたらすことなど、測定効率・測定精度などの点で改善すべき課題がありました。
2.研究内容と成果
そこで、これらの問題を解決し迅速で精度のよいデータ測定を実現するために、本研究グループはX線CMOS検出器を用いた新しい測定方法を開発しました。この手法は連続回転法と呼ばれ、シャッターを開けたまま結晶を連続的に回転させ、一定の時間間隔で回折画像を読み取ります。従来法が静止画像を1コマずつ撮るのに対して動画を撮ることに対応します(図1)。シャッターを開けたままであるため、前述の同期不良が起こらず、検出器の読み取りにともなう余分な時間もかからないため、迅速で精度の高い測定が可能になります。しかしながら、この測定方法を実現するためには、高速で連続的に画像を読み出すことができ、また、不感時間※3の極めて小さい検出器を用いることが必須となります。そこで、本研究グループでは非破壊検査などのX線イメージングに用いられているX線CMOS検出器に着目し、世界で初めて、この検出器を用いた連続回転法によるタンパク質結晶の回折データ測定を実現しました。
本研究で使用したX線CMOS検出器は浜松ホトニクス社製C10158DK(図2)で、同社製のイメージング用X線CMOS検出器をベースに本研究グループと浜松ホトニクス社の共同で開発した検出器です。この検出器は蛍光体とCMOS画像センサーから構成され、蛍光体はX線を可視光に変換し、CMOSセンサーがその画像を記録します(図3)。これまでは、X線CMOS検出器は読み取りノイズがCCD検出器に比べて大きいことなどから、タンパク質結晶の回折データ測定に利用することは困難であると考えられていました。この問題を克服するために、C10158DKでは、読み取りノイズの小さいアクティブピクセル型CMOSセンサー※4を採用したことや、蛍光体をCMOSセンサーに直接蒸着することで感度の向上を図るなどの工夫が施されており、タンパク質結晶からの微弱な回折強度を精度よく測定することが可能になりました。また、最高1秒間に3枚のスピードで画像を連続的に記録することができ、不感時間がわずか十数マイクロ秒であるため、連続回転法による測定に用いることができます。
X線CMOS検出器を用いた新しい測定方法の性能評価は、大型放射光施設SPring-8の構造生物学 III ビームライン (BL38B1)、構造生物学 I ビームライン(BL41XU)及び理研 物質科学ビームライン(BL44B2)において行いました。この結果、新しい測定方法を用いることで、これまで15分程度かかっていた測定時間が半分以下に短縮され、従来法を凌駕するデータ精度で測定可能なことが分かりました。また、今回開発した測定方法は、一枚の画像あたりの試料の回転角度を小さくした微小角振動法※5と組み合わせた場合に威力を発揮することが明らかになりました。さらに、この測定方法により得られたデータを用いてタンパク質の構造決定にも成功し(図4)、タンパク質構造決定に利用可能であることを実証しました。
3.今後の展開
本研究で開発した測定方法はSPring-8の共用ビームラインBL38B1において来年1月よりユーザー利用を開始します。これにより、国内外の研究者によるタンパク質構造研究のスピードを飛躍的に向上させ、医薬品の開発、難病治療の研究等の進展に多大な貢献を果たすことができます。
本研究で利用したX線CMOS検出器はCCD検出器と比べて導入コストが極めて低いこともメリットであり、国内外の他の放射光施設への波及効果があるばかりではなく、実験室系の小型のX線発生装置への転用により、実験室でのX線利用にも、新しい展開をもたらすものと期待できます。
ここで紹介した研究の一部は、日本学術振興会(No. 21604018)による科学研究費補助金の助成を受けて行われました。
《参考資料》
《用語解説》
※1 CMOSセンサー
CMOSとは半導体素子の構造の一種で、Complementary(相補的)Metal(金属)Oxide(酸化物) Semiconductor(半導体)の略称です。CMOSセンサーとはCMOSを用いて作られた画像センサーを指します。
※2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理研の施設、その管理運営はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。
※3 不感時間
検出器に記録されたX線回折像を読み取っているため、次の新たな回折像を記録できない時間。
※4 アクティブピクセル型CMOSセンサー
各画素に信号を増幅するための増幅器を備えたCMOSセンサー。読み取りノイズが低く抑えられるため、精度のよい回折強度測定が可能です。
※5 微小角振動法
結晶の回折幅よりも小さな角度で回折画像を測定する手法。この手法を用いると結晶試料の周辺部にある溶媒などからのバックグランド散乱の影響(ノイズ情報)が軽減されるため、データ精度が向上します。しかし、必要な回折画像数が多くなることや、シャッターと試料回転の同期不良が測定精度により大きな影響を及ぼすことから、CCD検出器を用いた従来の振動写真法では利用することが困難でした。
(問い合わせ先) 理化学研究所 放射光科学総合研究センター 基盤研究部 部長 (SPring-8に関すること) |
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