大型放射光施設 SPring-8

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下部マントル領域でのマントル物質の相関係と密度変化 -地球の原料の解明へ-(プレスリリース)

公開日
2009年12月04日
  • BL04B1(高温高圧)
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの入舩徹男教授・新名亨博士と、バイロイト大学地球科学研究所のCatherine A. McCammon研究員・宮島延吉研究員らのグループは、大型放射光実験施設SPring-8の高温高圧ビームラインBL04B1の超高圧装置や、GRCとBGIの各種分析装置を駆使し、地球マントルの仮想的岩石「パイロライト」の相変化や密度変化を、地球の深さ1200kmに至る高温高圧下で精密に決定することに成功しました。

平成21年12月4日
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)

直接の結論
• 焼結ダイヤモンドアンビルを用いた精密実験により、パイロライトの相関係、化学組成、密度変化を50万気圧、2100℃という、地球の深さ1200kmに対応する高い圧力温度まで決定した。
• スピン転移に起因すると思われる共存相間の鉄の分配挙動の変化を、40万気圧程度で確認した。この圧力は従来単純な化合物に対して想定されていた値(~70万気圧)より大幅に低い。
• 密度変化は単調に変化し、スピン転移の影響は大きくない。また観測に基づく下部マントルの密度変化とよい一致を示す。
• パイロライトは下部マントル(の少なくとも上部~中部)において、良い物質科学的モデルである。

示唆されること
• 上部マントルおよびマントル遷移層はパイロライト的であり、本研究はマントル全体がパイロライト的物質からなることを示唆する。
• マントル全体がパイロライト的だとすると、地球の材料は太陽系の平均的な化学組成(あるいは始源的隕石CIコンドライト)に比べてSiに乏しかった可能性がある。
• Siの欠乏は地球のもとになった材料がもともとSiに乏しかった、あるいは地球の形成過程でSiが失われたことを意味する。

 

 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の入舩徹男教授・新名亨博士と、バイロイト大学地球科学研究所(BGI,ドイツ)のCatherine A. McCammon(キャサリン・マッキャモン)研究員・宮島延吉研究員らのグループは、大型放射光実験施設SPring-8の高温高圧ビームラインBL04B1の超高圧装置や、GRCとBGIの各種分析装置を駆使し、地球マントルの仮想的岩石「パイロライト」の相変化や密度変化を、地球の深さ1200kmに至る高温高圧下で精密に決定することに成功しました。本研究の成果は、米科学誌「Science」に掲載されるに先立ち、12月3日付けのScience Express電子版として掲載されました。
 地球内部の深さ660kmと2890kmの地震学的不連続面で囲まれた領域は、「下部マントル」と称され、地球全体の体積の約6割を占めます。下部マントルの化学組成(成分)の解明は、地球全体の原料やその形成過程を知る上で重要ですが、この領域に対応する高温高圧下での精密な実験は極めて困難でした。
 愛媛大学の研究グループでは、ダイヤモンドを焼き固めた超硬材料(焼結ダイヤモンド)を用いて、最近圧力約50万気圧、温度約2100℃までの精密実験技術を開発しました。この技術を用いて、下部マントルの候補物質である「パイロライト」の相変化や密度変化を、SPring-8の強力X線と大型高圧装置を用いて明らかにしました。またバイロイト大学の研究グループとの共同で、得られた試料の様々な分析をおこない、高圧相間の鉄などの元素の分配や酸化状態を決定しました。
 これらの結果、パイロライトを構成する高圧相鉱物の下部マントル深部領域における相変化や化学組成の詳細が明らかになるとともに、その密度変化も高い精度で決定されました。また、パイロライト中での鉄のスピン転移の影響についても、従来の結果と異なる新しい知見が得られました。今回の実験結果を観測に基づく密度データと対比することにより、下部マントル上部~中部の密度はパイロライトで説明できることがわかりました。
 パイロライトは深さ30-410kmの上部マントルや、410-660kmのマントル遷移層の構成物質と考えられており、本研究により下部マントルもこの仮想的岩石が主要な物質である可能性が強まりました。マントル全体がパイロライト的物質でできているとすると、地球の材料は始源的隕石CIコンドライトに比べ、最初から珪素(Si)に乏しかったことを意味します。今後、パイロライトの弾性波速度の精密測定をおこない、観測された地震波速度と対比することにより、この点に関してより決定的な解明がなされると期待されます。

(論文)
"Iron partitioning and density change of pyrolite in the Earth's lower mantle"
(日本語訳:地球の下部マントル条件下でのパイロライトの鉄の分配と密度変化)
入舩徹男(GRC)、新名亨(GRC)、Catherine A. McCammon (BGI)、宮島延吉(BGI)、David C. Rubie (BGI)、Daniel J. Frost(BGI)
Science 327 (5962), 193 - 195 (2010), published in Science Express on 3 December 2009

 

《研究の背景》
 固体地球内全体の体積で8割を占めるマントルは、410kmと660kmの地震学的不連続面※1で「上部マントル」、「マントル遷移層」、「下部マントル」の3つの領域に分かれています。これまでの研究で、一番上の上部マントルはかんらん石(ペリドットという宝石の一種)に富んだパイロライト※2と称される仮想的岩石でできているということがわかっていました。また、最近のGRCの研究により、マントル遷移層の大部分も、その最下部を除いてパイロライトでできていることが明らかにされました。
 しかし、下部マントルの化学組成については、やはり同じくパイロライトであるとする考えと、より珪素(Si)に富んだペロブスカイタイト※3であるとする考えが対立しています。後者によると、地球を形成した原材料はCIコンドライト※4と称される未分化な隕石であることになります。一方前者だとすると、地球はその形成時の隕石の集積過程においてSiが失われたか、あるいはもともとSiに欠乏した隕石が集積してできたことになります。
 地球内部の性質のうち、密度や地震波(弾性波)の伝播速度は、地震学的観測などによりよく制約されています。マントル物質の候補に対して、その高温高圧下での相変化やそれにともなう密度・弾性波速度を実験的に決定し、観測データと比較することにより、その領域に存在する物質の特定が可能です。このような手法で、上部マントルやマントル遷移層の物質が明らかになってきましたが、下部マントルについての研究は実験技術上困難であり、相変化やそれにともなう高圧相※5間の元素分配、また密度変化の精密な決定はおこなわれていませんでした。
 また近年、マントル鉱物中の鉄の電子のスピン状態が、圧力の上昇により変化する(スピン転移※6)現象が起こることがGRCの土屋らの理論計算により予測されてきました。単純な化学組成物質を用いた比較的低温下での実験により、このようなスピン転移が下部マントル領域において起こることが示されました。しかし、現実のマントルに近い化学組成を持つ物質において、このようなスピン転移がどのような圧力で起こり、密度などにどのような影響を及ぼすのかは明らかではありませんでした。

《今回の研究と成果》
 愛媛大GRCの実験グループでは、焼結ダイヤモンド※7を超高圧発生装置のアンビルとして用い、より高い圧力や温度を比較的大きな容積の試料に発生する技術を開発してきました(図1)。この技術を用いて、下部マントルに相当する2000℃程度の高温かつ50万気圧領域の高圧のもとでの精密実験を可能にしました。
 一方でGRCでは、以前からパイロライトの相転移実験を上部マントル、マントル遷移層、および下部マントル最上部まで系統的におこなってきました。しかし、通常の超硬合金製のアンビルを用いたこれまでの実験では、発生できる圧力は28万気圧程度までに限られていました。本研究では、上記の技術を用いることにより、この倍近い圧力領域まで、パイロライトの相転移実験を拡張することに成功しました。
 この結果、深さ1200kmに至る下部マントルの半ば近くまでの相転移の詳細と、共存する高圧相の化学組成や密度の変化が明らかになりました(図2)。この領域では2つのペロブスカイト相と岩塩型の鉱物(ペリクレス)1つの、計3種類の鉱物のみが存在することが確認されました。また、40万気圧付近の圧力以上で鉄が岩塩型鉱物に濃集することがわかり、これがスピン転移の影響であるあると推定されました。しかしパイロライト全体の密度変化は、このような鉄の分配変化の影響は受けず、ほぼ単調に変化することがわかりました。また、実験に基づき決定されたパイロライトの密度変化は、観測に基づく下部マントルの密度変化とよく一致することが明らかになりました(図2)。
 パイロライトの密度が観測による値と一致することは、この化学組成が下部マントル領域においても妥当であることを意味します。筆者らの従来の研究結果もあわせると、マントル遷移層の一部を除き、上部マントルから下部マントルの中部に至るまで、パイロライトは地球マントル全体の代表的物質として良いモデルであるといえます。
 地球を構成する物質の化学組成、すなわち地球の原材料の成分は、最も始源的な「CIコンドライト」隕石であるとする考えと、これよりSiに乏しい隕石が集積した(あるいは集積過程で比較的揮発性の高いSiが失われた)とする考えが対立していました。前者の説では、下部マントルはSiに富んだペロブスカイタイトからなることになります。一方後者の考えは、マントル全体がパイロライト的な単一の物質からなることを意味します。本研究の結果は後者を支持し、地球の材料の組成はCIコンドライト(=太陽系全体の平均的な組成)に比べてSiに乏しいことを示唆します。

《今後の発展》
 本研究では、実験圧力はまだ50万気圧程度のとどまっており、下部マントル全体の化学組成を議論するには不十分です。現在GRCでは焼結ダイヤモンドアンビルを用いた実験圧力の拡大をおこなっています。また、自ら開発した世界最硬ナノ多結晶ダイヤモンド(ヒメダイヤ※8)を用いた実験圧力温度領域の拡大も試みており、マントル全体に対応する130万気圧2500℃程度の領域での実験を目指しています。
 一方、密度以上に精度よく決定されている観測量は、地震波の伝播速度(弾性波速度)です。GRCの土屋による理論計算によれば、スピン転移が弾性波速度に重要な影響を及ぼす可能性も指摘されています。GRCでは近年超音波発生技術と放射光X線その場観察技術を組み合わせ、世界に先駆けてマントル遷移層領域での弾性波速度精密測定を可能にしました。今後、この技術を下部マントルに対応する温度圧力領域に拡大し、地震波速度観測データと比較することにより、下部マントルの化学組成に関する決定的なデータが得られるものと思われます。
 また、上記の技術を用いて、ペロブスカイタイトに対しても相変化や共存相の化学組成変化、また密度や弾性波速度変化の測定を実験的に明らかにする必要があります。これらの研究により、地球全体の8割の体積を占めるマントルの化学組成が明らかになれば、地球全体の化学組成が制約され、太陽系惑星の形成過程に関しても重要な情報がもたらされます。

 ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究および日本学術振興会の2国間共同研究事業(日独共同研究)の補助を受け、GRC、SPring-8およびBGIでおこなわれた。


《参考資料》

 

図1 SPring-8における実験系と焼結ダイヤモンドアンビル

図1 SPring-8における実験系と焼結ダイヤモンドアンビル

 


 

図2 地球深部1200kmまでのパイロライトの相変化と密度変化

図2 地球深部1200kmまでのパイロライトの相変化と密度変化

 


 

図3 マントル化学組成の2つの主要モデル

図3 マントル化学組成の2つの主要モデル

 


《用語解説》

※1 地震学的不連続面
 地球の中に存在する、地震波の伝わる速度や密度が急激に上昇する場所。深さ約30kmのモホ面と約2900kmのグーテンベルグ不連続面は、化学組成の変化に伴うものであり、これを境に地球の内部は地殻、マントル、核にわけられる。マントルの中にも深さ410kmと660kmに不連続面があり、これらはかんらん石中の相転移によって説明され、410kmより浅い部分を「上部マントル」、660kmより深い部分を「下部マントル」と称する。また、410kmと660km不連続面で囲まれた部分は、「マントル遷移層」と称される(図3)。

※2 パイロライト
 地球のマントルの代表的な仮想的岩石。1960年代にオーストラリア国立大学の故A.E.リングウッド教授が提唱し、上部マントルとマントル遷移層に関しては、これが主要な構成物質であると考えられる。下部マントルに関してはパイロライトが主要であるとする説と、よりSiに富んだ物質(ペロブスカイタイト)からできているとする考えが対立している。

※3 ペロブスカイタイト
 地球の原材料がCIコンドライト的であるとすると、下部マントルはこれよりSiに富んでいる必要がある(上部マントル~マントル遷移層がパイロライト的、即ちSiに乏しいため)。その代表的なモデルが、下部マントルが珪酸塩ペロブスカイト(Mg,Fe)SiO3からなる仮想的岩石(ペロブスカイタイト)からなるとする考えである。

※4 CIコンドライト
 隕石の中でも最も始源的(変成していない)な隕石。一部の揮発性元素を除いて、太陽大気の元素存在度(=太陽系の平均組成)とほぼ一致する。地球の原材料であるとも考えられている。主要元素であるSiの存在度については、地球もCIコンドライト的であるとするという考えと、これより乏しいとする説がある。

※5 高圧相
 結晶を構成する原子は規則正しく配列されているが、圧力(温度)が変化すると、全く違った配列に変化することがある。これを構造相転移といい、炭素(C)からできているグラファイト(石墨)が約5万気圧でダイヤモンドになるのが一つの例である。 地球を構成する主要な鉱物でも、このような相転移が起こっていると考えられ、ダイヤモンドに相当する高圧側でできるものを「高圧相」と称する。

※6 スピン転移
 鉄などの遷移金属元素において、比較的低圧力下で電子は1つの軌道に1個を占めようとする(高スピン状態)が、圧力の上昇とともに2つの電子が対になり1つの軌道を占める傾向が強まる(低スピン状態)。このような電子のスピン状態の変化をスピン転移と称する。低スピン状態では鉄のイオン半径が小さく、共存する2つの高圧相のうち一つでスピン転移が起こると、その相に鉄が濃集しやすくなる(鉄の分配)と考えられている。

※7 焼結ダイヤモンド
 ダイヤモンドの粉末にコバルトなどの金属を混ぜて、高温高圧下で焼き固めた超硬材料。超高圧装置に用いられてきた超硬合金(タングステンカーバイド)よりはるかに高い硬度を有するため、近年超高圧発生に応用されている。スプリング8の高圧装置と焼結ダイヤモンドを用いて、GRCグループなどでは常温では80万気圧を超える圧力発生にも成功している。

※8 ヒメダイヤ
 GRCで開発されたグラファイト(墨)の高温高圧下での直接変換により得られるナノサイズの多結晶体ダイヤモンド。通常のダイヤモンドより硬い、「世界最硬物質」として2003年にイギリスの雑誌「Nature」に発表された。現在大きさ8mm程度のヒメダイヤの合成が可能になっており、様々な超高圧発生装置のアンビル材料として、応用が試みられつつある。


 

 

《問い合わせ先》
(研究内容に関すること)
 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター
 教授 入舩徹男
  Tel:089-927-9645, 080-3925-8848 Fax:089-927-8167
  E-mail:メール

(高温高圧ビームラインBL04B1に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 
 副主幹研究員 舟越賢一、
  Tel : 0791-58-0802(3849) Fax: 0791-58-1873
  E-mail:メール

 研究員 肥後祐司
  Tel : 0791-58-0802(3721) Fax: 0791-58-1873
  E-mail:メール

(愛媛大学に関すること)
 国立大学法人愛媛大学
  広報室 小原
  Tel:089-927-9022
  E-mail:メール

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp