星から生まれる次世代磁気デバイス - ナノテクと惑星科学の融合した未来志向のものづくり - (プレスリリース)
- 公開日
- 2009年12月16日
- BL25SU(軟X線固体分光)
- BL39XU(磁性材料)
平成21年12月16日
財団法人 高輝度光科学研究センター |
高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」 理事長 白川哲久)、広島大学、高エネルギー加速器研究機構、東京大学らは共同で、隕石から次世代磁気デバイスに有用な新磁性材料を発見しました。 (論文) 日本金属学会 第60回金属組織写真賞 最優秀賞 |
1.研究の背景
隕石は宇宙からの贈り物として人類を魅了してきました。例えば惑星科学の分野では、太陽系の歴史を調べるための情報源として利用されています。その一方で、隕鉄(鉄隕石)は地球上の鉄ニッケル合金と大きく異なる磁性を示すことが知られており、その起源は長らく謎のままでした。そこで本研究チームは、物質科学に基づいた精密な議論を行うことで、隕鉄の磁性の本質的な起源に迫ると同時に、磁性材料の探索が行えるのではないかと着想しました。一般に、隕鉄はウィドマンステッテン構造※5と呼ばれる美麗な金属組織(図1)を示します。本研究では、ウィドマンステッテン構造における界面構造が、強磁性体で構成される「磁性多層膜※6」として標準化できることに着目しました(図2)。
2.研究内容と成果
磁性と金属組織は密接に関連するため、一つ一つの材料特性を高い精度で調査する必要があります。大型放射光施設SPring-8の軟X線固体分光ビームラインBL25SUには光電子顕微鏡(PEEM)という特別な電子顕微鏡が設置されています。PEEMは2007年のノーベル化学賞で脚光を集めた分析器です。SPring-8の高輝度の放射光を利用することで、物質の形状のみならず磁気情報や組成や結晶構造を、ナノスケールの高い空間分解能で直接画像化出来るのが特徴です。
ウィドマンステッテン構造における磁区構造を測定した結果、界面を境にして互いに正対する磁区構造が観測されました(図3)。この構造は静磁エネルギー※7の損失が大きく、単純な鉄とニッケルの界面では決して見られない奇妙な磁区構造でした。大型放射光施設SPring-8の磁性材料ビームラインBL39XUの放射光を使って、同じ領域の組成と構造を調査したところ、鉄リッチな領域とニッケルリッチな領域に明確に分離しており、界面のごく近傍において、隕鉄特有の鉄ニッケル相「テトラテーナイト」の薄膜が積層して偏在することが確認されました。
これを理解するため、マイクロマグネティックスシミュレーション※8による検証を行いました(図4)。テトラテーナイトは通常の鉄ニッケルに比べて保磁力※9と磁気異方性※10が飛躍的に高く、永久磁石のように振る舞うことから、周囲の磁化が容易に影響され、正対する磁区構造の形成に至ることが分かりました。テトラテーナイトは界面に偏在していることから、テトラテーナイトの層状ネットワークが隕鉄の磁気特性を決定付けていると結論づけられました。
3.今後の展開
テトラテーナイトは次世代磁性材料である鉄プラチナに匹敵する高い機能性(磁気異方性)を示すことが大きな特徴です。現在、プラチナは資源の枯渇が危惧されており、価格の高騰が切実な問題となっています。また、南アフリカにおける民族紛争の一因にもなっており、国際平和上の問題も指摘されています。
一方、テトラテーナイトの原料となる鉄とニッケルは資源も潤沢で、プラチナに比べて格段に安価なのが特徴です。この研究結果と連携して、現在テトラテーナイトの人工創成や機能性評価が始まっており、より研究が進めば、高性能の磁気デバイスを低い環境負荷で作製することが可能になります。
隕鉄は人類が初めて手にした鉄と言われています。ナノテクノロジーの先端技術が再び隕鉄と出会う事で、新しい物質科学が開ける、と本研究チームでは考えています。星のかけらが物質設計のヒントになるかも・・・そう考えると星空も違った視点で見えてくるかもしれません。
ここで紹介した研究は、文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト、文部科学省科学研究費(若手研究(B) 研究課題番号:19740210、17740198)の補助を受け、SPring-8の利用研究課題2004A0371、2004B0738、2005A0633で行われました。
《参考資料》
図4 マイクロマグネティックスシミュレーションによる磁区構造
単純な鉄/ニッケル界面での磁区構造(a)と鉄/テトラテーナイト/ニッ
ケル界面における磁区構造(b)。界面付近で正対する磁区構造が再現され、
その起源がテトラテーナイトであることが明らかになった。
《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
※2 光電子顕微鏡(PEEM:Photoelectron Emission Microscopy)
試料表面から放出された光電子の空間情報を数十ナノメートルの分解能で直接画像化できる電子顕微鏡の一種である。観測される光電子強度はX線の吸収強度に比例するため、X線吸収強度のマッピングが可能である。この原理を用いて組成・結晶構造・磁区構造の空間分布がナノスケールで直接調査できるため、近年ナノテクノロジーの分野での利用が急速に拡大している。
※3 磁区構造
強磁性体において磁気モーメントの向きが揃った領域のこと。
※4 テトラテーナイト
テトラテーナイトは鉄50%、ニッケル50%で構成され、鉄とニッケルが単原子毎に繰り返される規則的な周期構造として特徴付けられる。テトラテーナイトは隕鉄特有の鉄ニッケル相で、通常、地上には存在しない。一般には、ウィドマンステッテン構造において、鉄リッチのα相とニッケルリッチのγ相の境界に層状に偏在する。なお、鉄ニッケル合金において、ニッケルの組成比が25%以下のものをα相、25%以上のものをγ相と呼ぶ。テトラテーナイトは鉱物学的な名称で、金属学的にはγ’と呼ばれ、結晶学ではL10型鉄ニッケルと呼ばれる。
※5 ウィドマンステッテン構造
隕鉄に見られる幾何学的な金属組織である。主に、鉄リッチなα相とニッケルリッチなγ相の層状結晶で構成された多結晶体で、界面近傍では互いの結晶軸は決まった関係で配向している。本構造は、1℃冷却するのに100万年を費やさないと形成されない特殊な金属組織で、母天体中心部の鉄ニッケルが極めて緩やかに冷却された結果、形成に至ったとされる。950℃まで加熱すると破壊され、再冷却しても再現されないことから、宇宙由来の金属組織とされる。なお、大気圏突入時の熱は隕石の表面数mmにしか進入しないことから、隕鉄内部のウィドマンステッテン構造は保護される。
※6 磁性多層膜
数種類の磁性材料の超薄膜で構成された多層膜のこと。単一の膜と異なる新しい特性を膜全体で発揮するため人工格子とも呼ばれる。半導体や非磁性体がバッファ層として挿入される場合もあり、目的とするデバイスに応じて多種多様な構成が存在する。
※7 静磁エネルギー
磁性体表面の磁極によって発生するマクロな磁気ポテンシャルエネルギー。
※8 マイクロマグネティックスシミュレーション
磁区構造を予測する数値シミュレーションの手法。格子状に並べられたセルに磁気異方性や磁気モーメントなどのパラメータを各々設定し、内部エネルギーが最小になるよう計算し、磁区構造を数値的に導き出す。通常、微小磁性体の磁区構造を予測する為に用いられるが、本研究のような広い測定領域に適用する為、特別な境界条件を組み込んだコードを用いて計算を行った。
※9 保磁力
磁化された強磁性体を磁化されていない状態に戻す為に必要な逆向き磁場の強さのこと。抗磁力とも呼ばれる。
※10 磁気異方性
特定の方向への磁化の向きやすさの事を磁気異方性という。磁性体の内部エネルギーが磁気モーメントの向きに依存する性質のこと。磁気モーメントが向きやすい方向(磁化容易方向)と向き難い方向(磁化困難方向)が存在し、その差分の内部エネルギーを磁気異方性エネルギーという。容易磁化軸を膜面垂直方向に配向させる事は、高密度集積化の面で大きな利点があり、ハードディスクや磁気メモリ、スピントロニクスを利用した新しい磁気デバイスへの応用の可能性が期待される。
《問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) |
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