SPring-8で電子と原子の超高速運動を同時に計測 - 超高速光記録材料の開発に指針 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年01月06日
- BL40XU(高フラックス)
平成22年1月6日
財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 科学技術振興機構
独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 筑波大学
高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長 白川 哲久)、科学技術振興機構(JST、理事長、北澤 宏一)、理化学研究所(理事長 野依 良治)、筑波大学(学長、山田 信博)は、大型放射光施設SPring-8※1の高輝度X線を用いて電子と原子の超高速運動の同時計測に世界で初めて成功しました。 (論文) |
1.研究の背景
光照射効果は、基礎科学および応用科学の観点から精力的に研究されています。光照射により物質の性質が変化するため、光記録として利用できるからです。極端な場合には、光励起より原子の移動が起こり、別の物質相に変化することがあります。この現象は、光誘起相転移と呼ばれています。たとえば、Co-Feシアノ錯体は、低温で光励起を行うことにより、磁石になることが知られていました。その後の研究により、この現象は光誘起相転移によるものであることが確認されました。
さて、より高速な書き込みや高い記録密度を有する光記録材料の開発指針を得るためには、光記録のメカニズムを明らかにする必要があります。これまで、多くの研究者は超高速時間分解分光※4により電子の超高速運動を調べてきました。その後、フランスのレンヌ大学のColletは、ヨーロッパ放射光施設の研究者と共同研究を行い、超高速時間分解X線回折※5実験により、TTF-CA※6において原子の一様な超高速運動を明らかにしました。しかしながら、時間分解回折と時間分解分光との間には、未解決な問題が横たわっています。例えば、TTF-CAの相転移時間は原子の運動からは100億分の5秒と評価されていますが、電子の運動からは1兆分の2秒と評価されています。こうした食い違いは、異なる研究者が異なる試料に対して実験を行っているためだと考えられます。こうした問題を解決するために、私たちは、大型放射光施設SPring-8の高フラックスビームラインBL40XUにおいて、(1) 1000億分の4秒の時間分解能のX線回折と(2) 10兆分の1秒の時間分解能の光吸収の同時計測を行いました。
2.研究内容と成果
測定した試料は、インジウム錫酸化物からなる透明電極上に成長させたNa0.77Co[Fe(CN)6]0.90・2.9H2O(NCF90)薄膜およびNa0.16Co[Fe(CN)6]0.71・3.8H2O(NCF71)薄膜です。電子顕微鏡で観察したところ、1万分の1mm角程度の微量結晶から構成されていることが分かりました。これらの化合物では、塩の結晶のように、コバルトイオンと鉄イオンが互い違い並んでいます(図1)。コバルトイオンから隣のコバルトイオンまでの距離(これを格子定数という)はNCF90が9.9512(3)Å(1Åは、1千万分の1mm)で、NCF71が10.3020(4)Åです。NCF71薄膜では、コバルトイオンは2価で鉄イオンは3価です。NCF90薄膜では、逆に、コバルトイオンは3価で鉄イオンは2価です。光照射を行うとコバルトイオンと鉄イオンとの間を電子が移動し、二つの価数が入れ替わります。
同時計測の実験装置は大型放射光施設SPring-8の高フラックスビームライン(BL40XU)から作りだされる強いX線パルス(パルス幅は1000億分の4秒)を「原子を見る光」として利用しました。次に、チタンサファイアレーザー※7と再生増幅器※8によって生成されたレーザーパルス(パルス幅は10兆分の1秒)から「励起する光」と「電子を見る光」を作りました(図2)。この2つの光を作り出すことが、同時計測の要です。「励起する光」と「原子を見る光」のタイミングは1000億分の2秒の精確さで合わせることができます。他方、「電子を見る光」は、薄膜試料を通過して検出器に入ります。
「原子を見る光」で、時間分解された回折パターン※9を測定すると、散乱角の大きさから原子間の距離が分かります(図3)。NCF90薄膜では原子間距離が一様に増加したことが分かり、NCF71薄膜では原子間距離が一様に減少したことが分かります。コバルトイオンから隣のコバルトイオンまでの距離の変化を、遅延時間の関数として図4の上段に示します。図4の下段には、「電子を見る光」で測定した移動した電子の数を示します。
NCF90のデーターを見ると、「励起する光」により電子が移動し、それにより、原子間距離が一様に大きくなることが分かります。これは、電子移動により生成する2価のコバルトイオンのイオン半径が大きいためです。他方、NCF71のデーターを見ると、「励起する光」により電子が移動し、それにより、原子間距離が一様に小さくなることが分かります。これは、電子移動により生成する3価のコバルトイオンのイオン半径が小さいためです。私たちの同時計測により、電子の運動が100億分の1秒の時間で原子間距離を一様に変化させることが明らかになりました。
3.今後の展開
本プロジェクトによって開発された(1) 1000億分の4秒の時間分解能のX線回折と(2) 10兆分の1秒の時間分解能の吸収の同時測定システムを利用することにより、電子の超高速運動と原子の一様な超高速運動との関連を精密に解明できます。特に、本システムは、高い実験精度を有するため、全体のわずか1%しか移動しない原子の一様な移動をとらえることができます。光励起による電子の超高速運動と原子の一様な超高速運動との関連を明らかにすることができれば、光記録のメカニズムが明らかになり、その速度や効率を高める指針が得られると期待されます。特に、光記録現象は、CDやDVDといった実用デバイスで利用されており、本システムはその性能向上に大きく貢献するものと期待されます。
ここで紹介した研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括 田中 道義 東北大学 名誉教授)における研究テーマ「反応現象のX線ピンポイント構造計測」(研究代表者 高田 昌樹 理化学研究所 主任研究員)において、高田 昌樹、木村 滋(JASRI 副主席研究員)、守友 浩(筑波大学 教授)を中心とする研究グループの共同研究によって得たもので、SPring-8の利用研究課題として行われました。
《参考資料》
《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
※2 光誘起相転移
物質に光照射を行うことにより、原子の移動が起こり、別の物質相に変化すること。
※3 Co-Feシアノ錯体
コバルトイオンと鉄イオンがシアノ基で架橋されている化合物。低温で光照射を行うと磁石になるという、興味深い性質を示す。
※4 時間分解分光
励起光パルスを試料に照射し、その影響を光吸収や光反射で調べる実験手法。光吸収スペクトルや光反射スペクトルの変化から電子の運動に関する情報が得られる。通常は、励起光パルスから一定時間(遅延時間)遅らせたプローブパルスで光吸収や光反射を測定する。遅延時間を変化させることにより、電子が時間とともにどのように運動するかが分かる。パンプ・プローブ分光とも呼ばれる。
※5 時間分解X線回折
励起光パルスを試料に照射し、その影響をX線回折で調べる実験手法。X線回折により原子の一様な運動に関する情報が得られる。通常は、励起光パルスから一定時間(遅延時間)遅らせたX線パルスで測定を行う。遅延時間を変化させることにより、原子が時間とともにどのように運動するかが分かる。
※6 TTF-CA
テトラチオフルバレン(TTF)分子とクロラニル(CA)分子から構成される分子性結晶。温度変化に伴い、電子の移動を伴い興味深い相転移を示す。
※7 チタンサファイアレーザー
固体レーザーの一種である。レーザー媒質にはサファイアにチタンをドープした結晶を使用する。発振可能な波長は650 nm – 1100 nmの赤外から近赤外領域にかけてであるが、一番効率よく発振できるのは波長800 nmである。
※8 再生増幅器
チタンサファイアレーザーから発生される光パルス列の繰り返しを低下させ、一パルス当たりのエネルギーを増強させる装置。
※9 回折パターン
X線の散乱強度を散乱角の関数として表示したもの。回折ピークの散乱角より、原子間距離に関する情報が得られる。
《問い合わせ先》 高田 昌樹(タカタ マサキ) 木村 滋(キムラ シゲル) (SPring-8に関すること) (JSTの事業に関すること) (理化学研究所に関すること) |
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