大型放射光施設SPring-8に学術の「知」と産業の「技」を結集した研究開発拠点ビームラインが完成 ― 新しいソフトマター材料の創生を目指す―(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年02月02日
- BL03XU 竣工
平成22年2月2日
フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体
企業が大学の研究者と合同して組織した19研究グループ※1からなるフロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体(代表:岡田明彦(住友化学株式会社筑波研究所)、副代表:杉原保則(日東電工株式会社基幹技術センター;2008年2月14日結成)が建設を進めていた「フロンティアソフトマター開発産学連合ビームライン(FSBL)」が2010月2日4日、大型放射光施設SPring-8※2のBL03XUで竣工を迎える。これにより学術研究者の「知」と企業の研究者の「技」が、「官」が提供する大型放射光の高度な光源性能を駆使して、高分子科学のさらなる発展とソフトマター・高分子新素材の開発を目指した活動が始まる。このような本格的な産学官による戦略的な放射光活用のコンセプトは、世界でも初めてのものであり、我が国の科学レベルの向上と独自技術の開発に繋がる新しい試みとして、各界の期待は高まっている。 |
半世紀ぶりに明らかになった純国産第1号 合成高分子繊維、ビニロンのミクロ構造の姿
昨年11月中旬、FSBLでアンジュレータ放射光の発振に成功して最下流のハッチまでビームが貫通し、12月には単色化したX線ビームを用いての実験が可能となった。その最初のテスト計測を、日本での純国産第1号 の合成高分子繊維、ビニロンの1955年頃の工業化当時に試作された極細繊維1本(図3(a), 直径約15 μm)で試みた。
実験室のX線装置によるX線回折写真撮影は、1950年代当時としては最先端計測の一つであった。図2のX線写真は、何本ものポリビニルアルコール繊維の束から得られた写真である。その写真に基づき、繊維を形成する高分子鎖の並び具合や、これら高分子が形成する階層組織構造のモデル作りが行われてきた。このような基礎研究による「知」の積み重ねが、鉄よりも強い超強力繊維など、現代の様々な最先端ソフトマターの開発へとつながってきたわけである。しかし、この写真の撮影には当時の最先端装置を使ってもゆうに数時間から一日はかかった。今回完成した新しいビームラインでは、この繊維の姿を、瞬く間に、しかも、これまで不可能であった「極細単繊維」から明らかにすることができる。図3(b)は、わずか20秒のX線照射で2次元のデジタル検出器に可視化されたX線散乱イメージである。得られた像は非常にシャープであることがよくわかる。しかも、非常に弱く、非常に小さな散乱角度の散乱まで明瞭に観測できたことから、高分子が形成する微結晶が、不規則なガラス構造に近いアモルファス(非晶)と交互に18.5ナノメートルの周期で規則正しく並んだ、整然とした秩序構造を有していることが判った(図4のメソ構造)。図3(c)のシャープ且つ鮮明なX線散乱パターン(繊維写真)は、微結晶中の高分子鎖が繊維軸方向に、ミクロレベルの精度の高さで、分子配向していることが明らかになった(図4のナノ構造)。この新しい装置により、半世紀前に製造された国産第1号のビニロンの、整然とした規則的なミクロ構造が、わずか20秒で明らかになり、当時の高分子繊維製造技術の高さを、分子レベルで証明したのである。
産学連合体は、2010年2月4日にFSBLの竣工式を執り行う。2010年4月から、産学メンバーが互いの立場を尊重しながら、FSBLの性能を十分に活用した基礎および産業応用研究を本格化させる。この新しい超強力構造解析ツールは、従来推定モデルに基づく作業仮説が中心であったソフトマター研究を、より明確な分子レベルの構造可視化に基づく研究へと一気に変革させていくものと期待されている。具体的には、超微量/極小試料に対する適用のみならず、様々に修飾されたソフトマターの微細構造や、製造プロセスにおけるソフトマターのミクロレベルの動的構造変化などを明らかにできる。FSBLは、ナノ・メソレベルの構造解析・制御を通して、ソフトマター研究に新しい時代をもたらし、ひいてはわが国の「ものづくり」研究開発拠点ビームラインとして今後重要な役割を果たしていくものと確信している。
2010年2月4日
フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体
フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体
FSBLは、我が国で始めてのソフトマター専用ビームラインとして、我が国のソフトマター・高分子材料の基礎・応用研究の発展およびそのための放射光技術の高度化に資することを目的としている。そのためには、学術の「知」と産業の「技」を結集する新たな産学連携の形が必要であるという認識に基づいている。FSBLの建設と運営を行うために結成された産学連合体は、19企業と学術研究者とが志を一にして形成した19研究グループ※1で構成されている。2008年2月14日に17研究グループで発足、2009年5月11日に2研究グループが参画した。
運営委員会の委員長は、櫻井和朗教授(北九州市立大学国際環境工学部)、副委員長は田代孝二教授(豊田工業大学)と高原淳教授(九州大学先導物質化学研究所)が就任している。FSBLの設計は、仕様策定委員会(委員長:雨宮慶幸教授(東京大学大学院新領域創成科学研究科)と技術審査委員会(委員長:田代孝二教授)がJASRIと理研の協力を得て行った。学術諮問委員会(委員長:堀江一之;東京大学名誉教授(現JASRI・コーディネータ)、委員:安部明廣;東京工業大学名誉教授(現東京工芸大学ナノ科学研究センター・教授)、梶山千里;元九州大学総長(現独立行政法人日本学生支援機構・理事長)、橋本竹治;京都大学名誉教授(現関西学院大学・客員教授))は、FSBLの運営方針や研究戦略などに関して大所高所からアドバイスを行う。
FSBL(BL03XU)の構成
FSBLには、ソフトマターのバルクおよび薄膜試料の数〜数百ナノメートルスケールの階層構造を一度に高速評価可能なX線回折・散乱測定システムが装備されている。SPring-8標準アンジュレータから発生する高輝度・高平行ビームにより、高い小角分解能と安定的なマイクロビーム形成が可能である。液体窒素冷却型二結晶分光器(Si(111))で単色化したX線は、K-Bミラー(RhおよびPtコート)で集光される。利用可能なX線エネルギーは6〜35keV(波長:2.0〜0.36Å)、エネルギー分解能(ΔE/E)は〜10-4、フラックスは1013photon/secクラス(フロントエンド開口:0.45mm(H)×0.25mm(V)@12.4keV)、集光ビームサイズは約170μm(H)×80μm(V)である。
実験ハッチは、第一ハッチ(薄膜構造物性)と第二ハッチ(動的ナノ・メソ広域構造物性)で構成されている。第一実験ハッチには、試料水平配置型薄膜ゴニオを用いて、ダイレクトX線を試料表面すれすれに入射する微小角入射広角X線回折(GIWAXD)測定、微小角入射小角X 線散乱(GISAXS)測定、それらの時間分解測定と同時測定、そしてX 線反射率測定が可能な計測システムが装備されている。これは、様々の外部環境下における有機・高分子薄膜および表面・界面の動的構造物性を解明する国内で唯一の計測システムで、有機EL、有機FET、有機メモリー、有機燃料電池、有機太陽電池材料などの電子デバイス分野、電池分野、接着・塗装分野、印刷分野、生体材料分野など広範な分野の高分子材料・ソフトマターの高性能化において、多大な貢献が期待される。一方、第二実験ハッチには、小角X線散乱(SAXS)測定、広角X線回折(WAXD)測定 そしてそれらと種々の物理量との同時時間分解測定が可能な計測システムが装備されている。また、本ハッチの長さ3m×幅3m×高さ4mの空間に成形加工用の大型装置を設置して、材料プロセスに踏み込んだ動的構造物性研究も行える。今後、マイクロビームを用いた極小および局所構造評価と約0.7〜1.0μmまでのメソ構造評価を実現する光学系と計測システムへと段階的に高度化される予定である。
FSBL竣工式
日時:2010年2月4日(木) 13:00~19:30
場所:SPring-8普及棟大講堂他
竣工式典、ワークショップ「FSBLにおけるソフトマターサイエンスの将来展望(仮)」、FSBL見学会、懇親会が予定されている。
《参考資料》
図3 直径約15μmのビニロン繊維1本(a)からのSAXS (b)およびWAXD(c)パターン
計測条件 波長:0.1 nm、真空パス長:(b)3m、(c) 30cm、検出器:(b) Image Intensifier + CCD検出器(ORCA R2) (浜松ホトニクス(株)製)、(c) Imaging Plateシステム (R-AXIS VII, (株)リガク製)、試料:昭和30年代試作品、日本でビニロンの合成に成功した京都大学桜田一郎教授の門下生(高槻会)より京都大学化学研究所(金谷利治教授)に寄贈された繊維(借用品)。(b)は(c)の中心付近を角度分解能良く計測した散乱パターンである。
《用語解説》
※1 19研究グループ
企業メンバー/旭化成株式会社、関西学院大学、キヤノン株式会社、株式会社クラレ、昭和電工株式会社、住友化学株式会社、住友ゴム工業株式会社、住友ベークライト株式会社、株式会社デンソー、東洋紡績株式会社、東レ株式会社、日東電工株式会社、株式会社ブリヂストン、三井化学株式会社、三菱化学株式会社、三菱レイヨン株式会社、横浜ゴム株式会社、帝人株式会社、DIC株式会社; 学術メンバーの所属機関/九州大学、北九州市立大学、京都工芸繊維大学、京都大学、首都大学東京、Stony Brook University、東京工芸大学、東京農工大学、東京大学、豊田工業大学、名古屋工業大学、広島大学、三重大学、山形大学
※2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理研の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeV に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。 SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※3 ナノ・ミクロレベル(nano・microscopic level)
原子・分子1つとそれらの凝集体の大きさを基準とすること。ここでは、0.1ナノメートル(千万分の一ミリメートル)から1マイクロメートル(千分の一ミリメートル)のサイズ。
※4 メソ(meso)
「中間」。ここでは、階層構造における中間スケールを表す。数十〜数百ナノメートル。
(問い合わせ先) (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 大型放射光施設SPring-8に学術の「知」と産業の「技」を結集した研究開発拠点ビームラインが完成 ― 新しいソフトマター材料の創生を目指す―(プレスリリース)