大型放射光施設 SPring-8

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早老症の原因タンパク質の働きを三次元で解明-DNAほどくタンパク質のナイフを発見-(プレスリリース)

公開日
2010年02月11日
  • BL41XU(構造生物学I)
  • BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
奈良先端科学技術大学院大学の研究チームは、大型放射光施設SPring-8を使って、早老症の原因タンパク質「ウェルナーヘリカーゼ」がDNAをほどく仕組みを解明しました。

平成22年2月11日
奈良先端科学技術大学院大学

  奈良先端科学技術大学院大学の北野健助教、金善龍研究員、箱嶋敏雄教授の研究チームは、早老症の原因タンパク質「ウェルナーヘリカーゼ」の作用を三次元でとらえることに初めて成功しました。
  細胞が分裂するためには、二本の遺伝子DNAがねじれ合わさった二重らせん構造がいったんほどかれ、それぞれがコピーされる必要があります。このさいにDNAをほどく(巻き戻す)という重要な作用をするのが、ヘリカーゼ※2とよばれる一群のタンパク質酵素です。そのひとつウェルナーヘリカーゼは、変異すると「ウェルナー症候群※1」という日本人に多い早老症の病気を引き起こすことで知られてきました。
  研究チームは、大型放射光施設SPring-8を使って、健康な人のウェルナーヘリカーゼの働きを調べました。その結果、表面から突き出したナイフのような構造が、DNAの二本鎖をこじ開けて分離させていることを明らかにしました。同時にこのナイフは、老化の原因となるDNAの絡まりをほどくのに最適な形状であることも分かりました。早老症の治療法を探るうえではもちろん、一般人の老化に伴う病気(特にがん)に対しても、新しい情報を与えるものと期待されます。
  本研究成果は、米国の科学雑誌『Structure』(2月10日号)に掲載され、同号のハイライトとしてPreviewで紹介されました。

(論文)
"Structural Basis for DNA Strand Separation by the Unconventional Winged-Helix Domain of RecQ Helicase WRN"
Ken Kitano, Sun-Yong Kim, Toshio Hakoshima
Structure 18(2), 177-187 (2010).

1.研究の背景
  早老症は、文字通り若くして全身の老化が急速に進む珍しい病気です。最近はドキュメンタリー番組で海外のハッチンソン・ギルフォード症候群患者(プロジェリアともよばれ、出生後すぐに老化が進む)が紹介され、社会にも広く知られるようになってきました。しかし早老症疾患として日本人に身近なのは、実はウェルナー症候群とよばれるもうひとつの遺伝病です。患者数は世界で数千人と推定されていますが、現時点で7割を日本人患者が占めています。ウェルナー症候群では、ウェルナーヘリカーゼというたったひとつのタンパク質に異常が生じることで、二倍もの速度の老いが進行します。ウェルナーヘリカーゼは、通常のヘリカーゼではほどくことのできない特殊な構造のDNA(ホリデイジャンクションとよばれる4本鎖の中間体や、染色体末端にあって細胞寿命を調節しているテロメア※3図2A)を解きほぐすことで注目されてきましたが、なぜ可能なのか、その仕組みは分かっていませんでした。

2.実験手法と結果
  タンパク質と早老症の関係を突き止めるため、健康な人のウェルナーヘリカーゼがDNAに作用している状態を、X線結晶構造解析※4で調べました。二本鎖DNAに結合したウェルナーヘリカーゼの中心部分(RecQドメイン)を結晶にし、大型放射光施設SPring-8の構造生物学 I ビームライン(BL41XU)と生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)の高輝度X線を照射することにより、分子のかたちを調べました。
  この結果、ウェルナーヘリカーゼがDNAをほどき始めた状態を、三次元で明らかにすることができました(図1)。同タンパク質は「DNA巻き戻しナイフ」と名付けた突き出した構造をもっており、ちょうどナイフでリンゴの皮をむくように回転しながら、DNA二重らせんを巻き戻していることが分かりました。さらにこの巻き戻しナイフは、分子表面から突き出した細長いかたちをしているため、入り組んだ形状のDNAをほどくのに最適であることが分かりました(図2B)。ウェルナーヘリカーゼは巻き戻しナイフを利用することによって、ホリデイジャンクションやテロメアなどのDNAを解きほぐし、早老症の予防に働いていると考えられます。

3.今後の期待
  健康な人でも日常生活で遺伝子は傷つき、老化やがんの原因となります。なかでもテロメアは細胞の寿命を調節している重要な部位ですが、ループ状の入り組んだかたちをとっているため、通常のタンパク質だけで長さを維持することは困難と考えられています。ウェルナー症候群ではウェルナーヘリカーゼが変異しているため、テロメア長の欠落を招きやすく、からだの老化がはやく進んでしまうと考えられます。短くなったテロメアを治療する技術はまだありませんが、引き続きタンパク質のかたちを調べていけば、その本来の長さ、すなわち細胞の若さを保つ秘訣が見えてくるかもしれません。またウェルナーヘリカーゼの働きを阻害するとがんの増殖が抑えられるとの報告もあり、今後は一般人の抗がん剤開発に向けた応用も期待されます。


《参考資料》

図1.今回発見されたウェルナーヘリカーゼのDNA巻き戻しナイフ

図1.今回発見されたウェルナーヘリカーゼのDNA巻き戻しナイフ
手に持ったナイフのようなかたちをしています。


図2.ウェルナーヘリカーゼによる特殊なDNA構造の解きほぐし
図2.ウェルナーヘリカーゼによる特殊なDNA構造の解きほぐし

(A)ウェルナーヘリカーゼの巻き戻しナイフは、通常のヘリカーゼでは入り込めないDNAのわずかな隙間にも差し込むことができる細さです。この特徴を活かして、テロメアやホリデイジャンクションなどの、入り組んだDNAをほどくのに使われていると考えられます。
(B)ウェルナーヘリカーゼがホリデイジャンクションをほどくようす(本研究からのシミュレーションモデル)。2分子のRecQドメイン(青色)が、ホリデイジャンクションのせまい分岐点に巻き戻しナイフを差し込み、それぞれ左と右のDNAをほどこうとしています。


《用語解説》

※1  ウェルナー症候群
  早老症疾患のひとつ。発見者のオットー・ウェルナーに由来する。出生後すぐに症状が現れるプロジェリアとは異なり、10代なかばから全身の老化が急速に進む。平均寿命は46歳。治療法は見付かっていない。日本では数百人に一人がウェルナー症の潜在的な保因者、すなわち発症しなくてもウェルナー遺伝子に変異を有すると推定されている。

※2  DNAヘリカーゼ
  DNA二重らせんを一本にほどくタンパク質で、いくつかの種類がある。ウェルナーヘリカーゼのアミノ酸配列は、ブルーム症候群(幼少期にがんを頻発するまれな疾患)のブルームヘリカーゼ、およびロスムンド・トムソン症候群のRECQ4ヘリカーゼと似ており、総じてRecQファミリーヘリカーゼとよばれる。今回の研究で、ブルームヘリカーゼにも同様のDNA巻き戻しナイフがあることが示唆された。

※3  テロメア
  染色体の末端部にあるDNA領域で、細胞が分裂するたびに短くなっていく。「老化時計」などと比喩される。昨年(2009年)、ノーベル医学生理学賞のテーマに選定された。

※4  X線結晶構造解析
  タンパク質やDNAを結晶にし、X線ビームを照射することによって分子の三次元構造を決定する手法。


《問い合わせ先》
  奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 助教
  北野  健
    TEL:0743-72-5573
    FAX:0743-72-5579
    E-mail:メール

(SPring-8に関すること)
  財団法人高輝度光科学研究センター  広報室
    TEL:0791-58-2785  FAX:0791-58-2786
    E-mail:kouhou@spring8.or.jp