超磁歪効果の起源を発見 − 超磁歪と大きな圧電効果は類似原理に基づく−(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年05月11日
- BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)
平成22年5月11日
独立行政法人 物質・材料研究機構
独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)センサ材料センターの任 暁兵グループリーダー、楊 森特別研究員並びに共用ビームステーションの小林ステーション長らは、強磁性材料における、磁性を伴う構造的な「モルフォトロピック相境界」※1を発見し、境界組成での鉄の100倍の巨大な磁歪効果(超磁歪)を見出した。 鉄を始め、すべての強磁性材料は、磁場を印加すると伸縮するという磁歪効果を持っている。この効果が十分大きければ、多くのセンサやアクチュエータへの応用が期待される。しかし、殆どの強磁性材料の磁歪効果は僅か百万分の1から十万分の1程度の微弱なレベルであり、実用に供するのは難しい。 任グループリーダーらは、大型放射光施設SPring-8の高角度分解能粉末X線回折装置を用いて、強磁性体の磁気的異相境界は同時に構造的異相境界、つまり「モルフォトロピック相境界」であることを世界で初めて発見した。この発見により磁性分野の常識「結晶構造は磁性状態に依存しない」を覆すとともに「強磁性モルフォトロピック相境界」が、強誘電体に見られる「強誘電モルフォトロピック相境界」と同一に理解できるようになった。 今回の研究成果によって、今後この新しい知見を利用し、新規超磁歪材料(特に低コストの超磁歪材料)の探索に指針を与え、超磁歪材料の開発及び実用化に貢献することが期待される。 本研究の成果は、米国物理学会誌Physical Review Lettersに発表されました。 (論文) |
研究の背景
磁歪材料は、磁場を加えると変形し、逆に力を加えると磁場を発生するようなスマート材料である。応答性が高く、非接触で磁場制御が可能なため,様々のセンサやアクチュエータ、さらに、超音波発生,振動吸収とエネルギー変換素子への応用が期待されている。現在、宇宙天体望遠鏡のデバイス、磁歪ポンプ、振動子、ソナー音響トモグラフィ、パネルスピーカなどに使われ、用途が更に広がりつつある。
全ての強磁性材料は磁歪効果を持つため「磁歪材料」とも言えるが、殆どのものは大磁場下でも僅か百万分の1から十万分の1程度しか変形しない。従って、これらの材料は磁歪材料として使用できない状況である。実用の磁歪材料に対する要求は、小さい磁場下で大きく変形することである(つまり、高感度を有すること)が、この条件を満足する磁歪材料はほとんど無い。
1970年代にTerfenol-D(つまり(Tb0.3Dy0.7)Fe2)で代表される“超磁歪材料”が発見され、通常の磁歪材料より100倍も大きな磁歪効果を示すだけでなく、小さな磁場でも大磁歪を示す重要な特徴を持つことが見出された。それ以来、Terfenol-Dを超える超磁歪材料がなく、磁歪応用の大半はTerfenol-Dに限定されている。
しかし、超磁歪に関して、なぜ小さな磁場で100倍もの大きな磁歪が発生できるのか、は30年経った今も解明されていない。故に、超磁歪材料の探索の方向性が見えず、経験頼りの状況と成っており、高価なTerfenol-Dに対抗できる低コストの超磁歪材料の開発の目処が立っていない状況であった。
成果の内容
超磁歪現象がよく理解できない理由は、磁性分野に数十年間に亘って信じられてきた一つの基本概念と係わりがある。つまり、「磁気の状態(磁気モーメント※6の有無と方向)が異なっても結晶構造は変わらない」と言う点である。
この概念に立つと、磁場の印加によって磁気状態は変わっても結晶構造が変化しないため、大きな磁歪(格子歪)が期待しにくい。更に、この概念から、磁歪はどんな条件で最大になるか、どの様にして小さな磁場でも大きな磁歪が発生させるかは予想できない。
任グループリーダーらは、上記の磁性分野の基本概念に疑問を投げ掛けた。磁性体と強誘電体の類似性を考慮し、磁気状態が変わると結晶構造も変わると推測し、精密な回折実験を行えば磁気状態の変化による結晶構造の変化が観測できると予測した。
この考えを確かめるため、稀土類強磁性合金TbCo2-DyCo2を用いて、磁気状態と結晶構造の関係をSPring-8のNIMSビームラインである広エネルギー帯域先端材料解析ビームラインBL15XUに設置されている高角度分解能性を有する粉末X線回折装置を用いて調べた。その結果、興味深い発見を見出した。
図1aの状態図に示されるように、磁気モーメントの方向が<111>から<001>に変わると、結晶構造が菱面体晶から正方晶に変わる。つまり、組成を変えて磁気状態が変わると、結晶構造も同時に変わる。このことは強誘電体であるPZTによく似ている(図1b、電気分極方向が<111>から<001>に変わると、結晶構造が菱面体晶から正方晶に変わる)。この発見から、巨大磁歪効果を得るには、磁気状態の変化による結晶構造の変化の大きな材料を選ばなければならない。これは超磁歪材料の探索に対する指針になる。
この発見はもう一つ大きな意味を持っている。つまり、図1aにおける強磁性体の磁気的異相境界は同時に構造的異相境界であり、強誘電体に見られる「電気分極・構造のモルフォトロピック相境界」と類似したものである(図1b)。
TbCo2-DyCo2のモルフォトロピック相境界組成においても磁歪は最大になり、800 PPM※7以上の超磁歪レベルに達し(図2)、鉄の100倍も大きい。モルフォトロピック相境界組成の重要な特徴は小さな磁場でも大きな磁歪が発生する最高感度も持ち(図3)、このことはPZTのような強誘電体のモルフォトロピック相境界組成における最大な圧電効果と本質的に同じ現象であることが分かる。
強誘電体PZTの大きい圧電効果と同じように、モルフォトロピック相境界における超磁歪効果の起源はこの異相境界における磁気・格子の両方の不安定性によると理解できる。つまり、モルフォトロピック相境界において磁気と結晶格子の両方が磁気・構造相転移の準備をするため不安定となり、小さな外部磁場でも大きな結晶格子の変形を与えることができる。これはモルフォトロピック相境界における超磁歪と最高な磁歪感度の起源であり、強誘電・圧電材料PZTのモルフォトロピック相境界における大圧電効果と統一的に理解できる。
波及効果と今後の展開
今回の研究成果によって、磁性分野の常識であった「結晶構造は磁性状態に依存しない」という概念を覆すと共に、超磁歪効果の起源を解明し、強誘電材料の高い圧電効果の起源を統一的に理解できた。この新しい知見は今後の超磁歪材料の探索に指針を与え、Terfenol-Dを代替できる新規低コストの超磁歪材料の発見に繋がることが期待される。また、これにより超磁歪材料の応用の拡大と普及に拍車をかける可能性をも秘めている。
《参考資料》
(a)
(b)
図1 強磁性材料TbCo2-DyCo2の状態図(a)と強誘電材料PZTの状態図(b)の類似性及び共通特徴を持つモルフォトロピック相境界(矢印)。強磁性のモルフォトロピック相境界は磁気・結晶構造の異相境界であり、強誘電体のモルフォトロピック相境界は電気分極・結晶構造の異相境界である。
図3 モルフォトロピック相境界組成において磁歪感受率(磁歪の磁場変動に対する応答性、つまり磁歪の感度)は境界を離れた組成より3〜6倍大きい。つまり、モルフォトロピック相境界組成で磁歪は磁場に非常に敏感であることを示す。この特徴は高感度センサや高感度アクチュエータへの応用にとって大変重要である。
《用語解説》
※1 モルフォトロピック相境界
状態図上の磁気・結晶構造の境界線(図1aに参照)。ここで最大物性が現れる。従来、磁気状態の境界線として知られるが、構造的境界であることは知られていなかった。一方、電気分極・構造の境界(モルフォトロピック相境界)は誘電体によく見られる。
※2 圧電効果
応力を加えると材料の表面に電荷が発生する現象。
※3 Terfenol-D
Tb-Dy-Fe系合金で、70年代に開発された最高な磁歪特性を持つ磁歪材料である。超磁歪材料の代名詞となっている。
※4 TbCo2-DyCo2
希土類化合物TbCo2とDyCo2の固溶体。
※5 PZT
チタン酸ジルコン酸鉛(lead zirconate titanate)の略称。三元系金属酸化物であるチタン酸鉛とジルコン酸鉛の混晶である。
※6 磁気モーメント
磁石の強さを表す量。磁石の特性である方向を表現するためにベクトルであらわされる。
※7 PPM
磁歪の単位、百万分の1という意味。
(問い合わせ先) (研究内容に関すること) (SPring-8に関すること) |
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