大型放射光施設 SPring-8

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放射光利用による皮膚の保湿機能を高める化粧品創製に向けた新手法開発(プレスリリース)

公開日
2010年05月24日
  • BL40B2(構造生物学II)
高輝度光科学研究センター産業利用推進室 八田一郎は、大型放射光施設SPring-8で物質(ここでは皮膚角層)に溶液(ここでは機能性溶液)を作用したときのミクロな構造変化の測定法を発明し、それを応用して皮膚角層中の化粧品の効果の分子レベルの検証法を開発しました。

平成22年5月24日

財団法人 高輝度光科学研究センター
関西学院大学
星薬科大学

 高輝度光科学研究センター(理事長 白川哲久)産業利用推進室 八田一郎は、大型放射光施設SPring-8※1で物質(ここでは皮膚角層※2)に溶液(ここでは機能性溶液)を作用したときのミクロな構造変化の測定法を発明し、それを応用して皮膚角層中の化粧品の効果の分子レベルの検証法を開発しました。これは、高輝度光科学研究センター利用研究促進部門 太田昇研究員、高輝度光科学研究センター利用研究促進部門 八木直人副部門長、関西学院大学大学院(学長 杉原左右一)理工学研究科 中沢寛光助手、星薬科大学大学院(学長 中嶋暉躬)薬学研究科 小幡誉子助教らとの共同研究による成果です。
 今回の研究では、大型放射光施設SPring-8の構造生物学 II ビームラインBL40B2において、これまで生体の個体差のために実験的な検証が困難だった皮膚角層に化粧品材料を作用したときの‘微少な’構造変化の観測に成功しました。これまで皮膚角層に化粧品材料を作用して測定を行う場合、それぞれの個体の角層細胞でその効果を検証していたために化粧品材料の効果による構造変化であるのか、あるいはそもそも個体差※3による構造の違いなのかの区別ができなかったものを、一つの試料で、高感度で観測を行える測定法を開発し、化粧品材料による構造変化を高感度で観測することによって化粧品材料の効果を分子レベルの検出が行えることを明らかしました。とくに、皮膚の保湿機能において重要な役割を果たす角層細胞を透過する経角層細胞透過経路の存在を明らかにし、それに基づき保湿機能を高める化粧品材料開発の戦略を分子レベルで立てることができるようになりました。
 本研究成果は学術誌Chemistry and Physics of Lipidsに2010年5月号に掲載されました。

(論文)
"Novel method to observe subtle structural modulation of stratum corneum on applying chemical agents"
(日本語訳:皮膚角層に化学物質を作用したときの微少な構造変化を検出する新しい方法)
Ichiro Hatta, Hiromitsu Nakazawa, Yasuko Obata, Noboru Ohta, Katsuaki Inoue, Naoto Yagi
Chemistry and Physics of Lipids, vol.163 (2010) 381-389.

1.研究の背景
 皮膚角層(図1参照)は皮膚の最外層にある10マイクロメールほどの厚さの膜です。その皮膚角層は外から体内への異物の侵入を防ぎ、一方体内からの水分の蒸散を防ぐというバリア機能を持っています。図2に示すように、東京における年平均湿度がこの百年余りで20%も低下しており、今日、人は厳しい環境下に置かれて生活しています。バリア機能を保持し、さらにはバリア機能を改善または高めるための化粧品は健康な日常生活にとって必須なアイテムとなっています。とくに保湿機能を最良に保つことは重要な課題です。われわれが発明した皮膚角層の分子レベルの構造の測定装置(溶液セル:図3参照)をSPring-8の構造生物学 II ビームラインBL40B2図4参照)に設置して、皮膚角層中の細胞間脂質※4および角層細胞※5の微少な構造の測定を可能にすることを目指しました。とくに、それぞれの機能を持つ化粧品材料を皮膚角層に作用したときの皮膚角層の分子レベルの構造変化を検出し、それに基づき高機能性製品の開発の指針を得ることを目指しました。
 SPring-8が率先して世界に先駆けてこのような評価法を確立することは、化粧品業界の世界戦略において重要だと考え、本測定法の開発に取り組みました。この測定法を用いることによって、世界的に見て優位な高機能性化粧品の開発が期待されます。
 とくに、温暖化と相まってわれわれを取り巻く環境の湿度の低下も大きな問題であると考えます(図2参照)。皮膚は保湿機能の保持において厳しい環境下におかれています。したがって、皮膚の保湿機能を保持し、高める化粧品の開発は重要な課題であり、ここに発明した方法によって分子レベルの証拠に基づく製品開発の戦略を立てられるようになります。

2.今回の研究と成果
 皮膚角層に作用する化学物質である疎水性のリモネン(経皮吸収促進剤)と親水性のエタノール(化粧品溶液に使われる)を作用した際の皮膚角層の構造変化過程をそれぞれ測定しました。皮膚角層は細胞間脂質と角層細胞から成っており(図1参照)、従来、細胞間脂質すなわち油部分がバリア機能にとって重要な役割をしているといわれており、細胞間脂質に着目した研究が多く行われています。この研究ではバリア機能を改変し経皮吸収を起こすリモネンのような疎水性の分子については確かに細胞間脂質透過(図5A参照)が経皮吸収の経路になることを分子レベルで明らかにしました。
 一方、親水性のアルコールの場合は全く違っており、脂質頭部の水層部分および角層細胞を透過するいわゆる経角層細胞透過(図5B参照)が経皮吸収の経路になることを分子レベルではじめて明らかにしました。角層細胞の中には天然保湿因子があることは知られており、後者の経路は、皮膚の保湿機能の保持および改善を考える上でとくに重要な発見であり、今回の発見に基づき高機能性保湿剤の開発を行うことができます。

3.今後の発展
 今回得られた結果は各種化学物質を皮膚角層に作用したときに分子レベルで効果を検証する方法としては、3つの分野の製品開発で役立つと考えます。1つは保湿剤の開発です。得られた分子レベルでの経角層細胞透過経路の情報を指標にして、保湿剤を投与したときの効果を分子レベルで評価して、製品開発を行うことができます。2つはいわゆる機能性化粧品(美白、アンチエイジング等)材料の透過経路を解析することができます。3つは経皮吸収促進剤を投与したときの経路を分子レベルで評価できます。このように産業界おいては放射光を利用して世界に先駆けて高機能性製品開発を進めることができます。


《参考資料》

図1.皮膚の最上層にある皮膚角層。細胞間脂質と角層細胞から成っています。

図1.皮膚の最上層にある皮膚角層。細胞間脂質と角層細胞から成っています。


図2.東京の年平均湿度(理科年表オフィシャルサイト:気象庁資料)。


図2.東京の年平均湿度(理科年表オフィシャルサイト:気象庁資料)。

1960年代に相対湿度が急速に減少しています。今日まで減少傾向にあります。


図3.発明した溶液セル。

図3.発明した溶液セル。

角層試料に照射し、回折したX線の強度分布を解析することにより、角層中のリモネンやエタノールの透過経路を分子レベルで明らかにすることができる。


図4.SPring-8における測定装置。

図4.SPring-8における測定装置。

左図:手前に試料があり、後方に回折X線の検出器があります。右図:発明した溶液セルです。溶液を流し込む注射針と流しだす注射針が見えます。


図5A.細胞間脂質透過経路。

図5A.細胞間脂質透過経路。
これまでこれが主の透過経路だといわれています。


図5B.経角層細胞透過。

図5B.経角層細胞透過。
本研究ではじめて明らかにされた経路です。


《用語解説》

※1 大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は理研およびJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring - 8 GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っています。

※2 皮膚角層
 表皮の最外層にある厚さ10マイクロメートル(1マイクロメートルは100万分の1メートル)程度の表面部分で、皮膚のバリア機能において最も重要な働きをしています。また、保湿機能を持っています。

※3 個体差
 生物の細胞はそれぞれ異なるDNAによってから成っており、同じ種(例えば、ヒト)であってもそれぞれのヒトの顔が異なるように皮膚の性質も異なっており、それぞれのヒトで異なります。これを個体差と呼びます。

※4 細胞間脂質
 主成分としてセラミド、脂肪酸、コレステロールから成っています。これらの分子が並んで層状構造を形成し、規則構造としては長周期ラメラ構造と短周期ラメラ構造があります。後者には水層が存在することがわれわれによりすでに明らかにされています。

※5 角層細胞
 角層細胞はすでに核を持たない構造で、中にはケラチンを天然保湿因子があり、それを取り巻いて水があり、それが皮膚の保湿において重要な役割をしているといわれています。



(問い合わせ先)
 〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1−1−1
 財団法人 高輝度光科学研究センター 産業利用推進室
 八田 一郎
  TEL:0791-58-2854 FAX:0791-58-0830
  e-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  e-mail:kouhou@spring8.or.jp

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