ヒト精巣染色体の構造基盤を世界で初めて解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年05月25日
- BL41XU(構造生物学I)
2010年5月25日
早稲田大学
早稲田大学理工学術院の胡桃坂仁志教授らのグループは、精子形成に重要なヒト精巣染色体の基本構造の不安定性と、その構造基盤を世界で初めて解明することに成功しました。この研究成果は男性不妊症の主な要因とされる精子形成不全の解明につながる可能性があり、生殖医療の発展にも寄与できるものと考えられます。今回の研究成果は「米国科学アカデミー紀要 (PNAS) 」の電子版にて論文として掲載されました。 (論文) |
精子形成に重要なヒト精巣染色体の基本構造の不安定性とその構造基盤の解明
すべての生物の遺伝情報は、ゲノムDNA として子孫に伝わります。ヒトをはじめとする有性生殖生物は、母親由来のゲノムDNA は卵に、父親由来のゲノムDNA は精子に収納されて、卵と精子が受精によって融合することにより、両親由来のゲノムDNAを持つ生物個体となります。これらのゲノムDNA は、染色体として細胞核内に収納されています。染色体の基本構造はヌクレオソームという構造体で、4種類のヒストンと呼ばれるタンパク質(H2A, H2B, H3, H4)が2分子ずつからなるヒストン8量体に、DNA がおよそ2回巻き付いた円盤状の構造をしています。
ところが精子の核では、通常の細胞と比較して、たった4%しかこのヌクレオソーム構造が維持されていないことが、近年明らかになってきました(図1)。精子を形成するための精巣では、ヒストンH3のバリアントであるH3Tが高度に発現していることから、この精子染色体の構造形成にヒストンH3Tが重要であると考えられていましたが、その機能や構造については全く知られておりませんでした。また、精子核のヌクレオソームは、授精後に発現する遺伝子のエピジェネティック(後成的)マーカーとしての機能をも示唆されており、ヒストンH3Tの重要性が注目されています。
今回我々は、世界で初めてヒト由来のヒストンH3Tを含むヌクレオソームを再構成し、その立体構造を大型放射光施設SPring-8の構造生物学 I ビームラインBL41XUを利用したX線結晶構造解析法により原子分解能で解明することに成功しました(図2)。そして、ヒストンH3Tを含むヌクレオソームが、通常のヒストンH3を含むヌクレオソームと比較して、著しく不安定であることを発見しました。立体構造および生化学的解析から、ヒストンH3Tに特異的な111番目のバリン残基が、ヒストンH3Tを含むヌクレオソームの不安定性の主要な原因であることも解明しました。
これらの成果は、これまで不明であったヒストンH3Tの立体構造とその構造的性質を明らかにしたのみならず、減数分裂による精子や卵の形成過程や、精子核の形成機構の理解のための基盤となる知見を与えています。さらに、精子核のヌクレオソーム構造を介した、受精卵ゲノムDNAへのエピジェネティックな遺伝子発現情報の伝達メカニズム解明の鍵となる基盤構造と考えられます。
《参考資料》
(問い合わせ先) 早稲田大学広報室広報課 (SPring-8に関すること) |
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