フラーレンの機能制御、応用開発に新たな道を拓く- リチウムイオンを内包したC60フラーレンの大量合成と単結晶構造決定に世界で初めて成功-(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年06月21日
- BL02B1(単結晶構造解析)
平成22年6月21日
国立大学法人 名古屋大学 |
名古屋大学(以下「名大」という)(総長 濵口道成)の澤博教授、西堀英治准教授、青柳忍助教の研究グループは、名大 篠原久典教授の研究グループ、東北大学飛田博実教授の研究グループ(総長 井上明久)、株式会社イデアルスター(代表取締役社長 笠間泰彦)、高輝度光科学研究センター(理事長 白川哲久)、理化学研究所(理事長 野依良治)との共同研究によって、大型放射光施設SPring-8※1の単結晶構造解析ビームライン(BL02B1)を用いて、新開発の手法で大量合成(従来の数百万倍)及び精製(高純度化)されたリチウムイオン(Li)を内包した球状分子C60フラーレン(Li@C60)※2の単結晶構造決定に世界で初めて成功しました。これによりLi@C60をはじめ様々な金属内包フラーレンの工業的利用、活用が加速されることが期待されます。 Li@C60への期待: 大量合成と構造決定、安定供給化: 産業利用への期待: 本研究成果は、ロンドン時間6月20日(日本時間6月21日)に英国科学雑誌 「Nature Chemistry」のオンライン版で公開されました。 (論文) |
《研究の背景》
近年フラーレン、カーボンナノチューブに代表されるナノカーボン材料※6は、ナノテクロジーを支える中心的物質として世界中の注目を集めている。炭素60個からなり直径1ナノメートル(nm;1 nmは1mmの百万分の1)の中空のサッカーボール形状をしたC60フラーレンは、構造対称性が良く、安定かつ代表的なナノカーボン分子として知られている。C60フラーレンの存在は、わが国の大澤映二先生により1970年に予測されていたが、15年後にこの構造を発見したハロルド・クロトー氏ら3人が1996年のノーベル化学賞を受賞している。その後フロンティアカーボン株式会社(北九州市)が世界に先駆けてC60の大量合成プラントを立上げ工業化を実現した。既にC60の利用が、テニスやゴルフ用具の素材などへと始まっているが、太陽電池や電界効果型トランジスター、有機デバイスなどの電子材料、核磁気共鳴画像法(MRI)の造影剤など幅広い分野での応用が期待されている。
ところで、炭素60個からなるこのフラーレンケージの中空部分に金属原子や分子を内包させる試みは、その発見当初からこれまで多数行われてきた。これは、内包原子、分子種によりフラーレン分子の性質や機能を自由自在に制御でき、フラーレンを利用する産業応用分野のさらなる拡大が期待されたためである。金属を内包したフラーレンは、正に帯電した内包金属イオンと、それを取り囲む負に帯電した炭素ケージで構成されると想定されるため、同一の球殻分子形状を持つ「超原子」と呼ぶことができる。換言すれば、内包金属原子の種類により、フラーレン分子の周期律表を構成することが可能であり、これらフラーレン分子種による新たな分子化学、分子エレクトロニクスの展開が期待される。
しかしながら、1990年代にまで遡るC60フラーレンに金属を内包させる研究は、合成された物質の反応性が高く、各種溶媒にも極めて難溶であること等から、遅々として進まなかった。このため、発見から20年以上経った今日までその完全な単離と分子構造の決定には至らなかった。一方、C80やC82などの炭素数が60を超える高次フラーレンでは、金属内包したフラーレン分子の単離、構造決定が精力的になされてきた。この結果として、内包金属の有用性が明らかとなりつつあるものの、産業応用の展開には極めて困難な状況にある。その理由は、アーク放電を用いたこれまでの主な合成法では、合成量が極微量に止まっているためである。
以上のことから、C60金属内包フラーレンの大量合成と単離、及びその有用性が示されることは、この研究分野における長年の課題を達成するばかりでなく、電子デバイス、エネルギー、環境、医療など広範な産業分野に対して大きな波及効果を与えると予想される。
《研究内容と成果》
今回、名古屋大学、東北大学、(株)イデアルスターの共同研究グループは、大型放射光施設SPring-8の支援を受けて、アルカリ金属リチウム(Li)原子を内包したC60フラーレン(Li@C60)の大量合成と、その単離、結晶化、及びその分子構造の同定と化学的性質の解明に世界で初めて成功した。
Li@C60は、東北大学佐藤徳芳名誉教授、畠山力三教授らによるフラーレンプラズマの基礎研究とEleanor Campbell教授らのイオン注入法を基本に、株式会社イデアルスターで独自に開発したプラズマシャワー法により、大量、高効率合成が可能となった。この合成手法は、フラーレンと内包を意図する低エネルギーLiイオンを同時に基板に供給することにより、従来技術に比べて数百万倍の合成能力を有し、合成量として、一台の装置で1時間当たり、高純度のLi@C60数十mgと、一躍Li@C60の産業応用可能なレベルを実現した。
東北大学の飛田博実教授らのグループは、Li@C60と空のC60が混在し強固に結びついた合成物からLi@C60のみを抽出、単離することに成功した。これまで、Li@C60の有効な抽出、単離方法は見出されていなかったが、合成物を適切な酸化剤で処理してLi@C60を+1価に酸化し、空のC60との相互作用を弱めることにより、[Li@C60](SbCl6)あるいは[Li@C60](PF6)と云う塩の形でLi@C60を完全に単離、単結晶化することを可能にした。さらに、これらの塩から、各種の溶媒に溶解可能な誘導体を形成できることを明らかにした。これは、Li@C60の実用化に向けて、重要な知見を示したものである。
名古屋大学澤博教授、篠原久典教授の研究グループは、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B1を用いた高分解能単結晶X線回折実験により、リチウムイオンを内包したC60フラーレンLi@C60の単結晶構造決定(図1)とその物性評価に成功した。
60個の炭素で構成されるC60の中空分子内に内包された、たった1個の軽元素であるLiの位置を、X線回折により精度よく決定することは一般に困難である。このため、SPring-8において名古屋大学澤博教授らのアイデアで新しく開発したBL02B1の大型湾曲IPカメラを用いて、[Li@C60](SbCl6)の高分解能単結晶X線回折実験が行われた。その結果、LiはC60と直接接触せずに中心から0.13 nmずれた位置に内包されていることが明らかになった(図2a、b)。水素分子やアルゴンなど不活性種を内包したC60では、内包分子、原子がC60のちょうど中心に位置し、外界との相互作用が殆んどないのに対して、Li@C60の分子構造は大きく異なっている。内包されたLiの位置は、Li@C60の周囲に配位したSbCl6-イオンのClの近傍に偏っており(図2c)、内包LiがLi+イオンとして、C60ケージの外側にあるCl-イオンの方向に静電引力によって引き寄せられていると考えられる。つまり、内包されたLiイオンの位置が外部電場に応答することから、極性分子Li@C60はナノサイズの単分子スイッチやメモリーとして機能する可能性を示唆している。
《今後の展開》
本研究の成果は、高純度試料の大量合成に成功したC60金属内包フラーレンが、確かに外界と相互作用するLi+イオンを内包して結晶化していることを示したことである。また、金属内包によりフラーレンの化学的性質が著しく変化することが明らかとなり、機能制御材料としてフラーレンの広範な産業応用に道を拓いた。株式会社イデアルスターは、Li@C60関連材料を内外の関連研究機関に広く開放し、有機エレクトロニクスを始めとするLi@C60の物性研究や応用開発を目指す産業応用分野への展開を飛躍的に向上させる体制を整えている。
Li@C60の合成に用いたプラズマシャワー法は、Li以外の金属原子に対しても応用可能と考えられ、今後Li以外の金属原子を内包したC60金属内包フラーレンの単離も可能になると期待される。さらに、本稿で概説したSbCl6以外の陰イオンPF6との塩や、化学修飾による種々のC60金属内包フラーレン誘導体の合成により、化学的活性度や金属内包フラーレンの分子配列の制御が可能であり、今後、有機太陽電池の機能性制御や強誘電体応用など、広範な産業応用が期待される。
また、日本が既にフロンティアカーボン社によって確立されたフラーレンの工業化に加えて、金属内包フラーレンの工業化技術を得たことは、今後、日本が世界のフラーレン関連産業を大きくリードできる可能性を示唆するものである。
ここで紹介した研究は、経済産業省(創造技術研究開発費補助金、地域新規産業創造技術開発助成金、地域イノベーション創出研究開発事業)、宮城県(環境関連新技術開発支援事業費補助金)、仙台市(ニュービジネス助成事業)、独立行政法人科学技術振興機構(事業化育成研究)、並びに文部科学省科学研究費(20244059、19051015)の補助を受け、SPring-8の重点パワーユーザー課題、長期利用課題で行われた。
《参考資料》
紫色のリチウムイオンは、緑色のC60分子の中心から0.13 nmずれた六員環の近傍に配置している。
c: Li@C60とその近傍に配位する2つのSbCl6(オレンジ色)との位置関係。リチウムイオンはC60に近接したCl原子に近い2つの位置を等しい確率で占有している。
《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが管理運営を行っている。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2 リチウム内包フラーレン(Li@C60)
60個の炭素原子(C)だけで構成されるサッカーボール形状のC60フラーレン分子ケージ内に、リチウム(Li)原子を1個内包させた球状分子。Li@C60と表記する。1990年代から合成が行われていたが、今日まで明確な分子構造は解明されていなかった。
※3 プラズマシャワー法
真空中で発生させたリチウムイオンプラズマを負に印加した基板上でC60と反応させることによりリチウム内包フラーレンを得る方法。株式会社イデアルスターが、東北大学畠山力三教授らによる基礎研究を元にして独自に開発した。
※4 SPring-8 BL02B1の大型湾曲IPカメラ
SPring-8の単結晶構造解析ビームラインBL02B1に2008年3月に設置された単結晶精密構造解析のためのX線回折装置。自動読み取りできる大型の湾曲型イメージングプレート(IP)をX線検出器に採用しており、広い角度範囲にわたる大量のX線回折データを短時間で、高精度、高効率に収集することができる。
※5 単結晶X線回折
X線回折とは、X線を結晶に照射させて得られるX線の散乱パターン(X線回折像)から、結晶内の原子の配列の仕方(結晶構造)や電子の分布の仕方(電子密度分布)を決定する手法であり、試料に単結晶を用いる場合、単結晶X線回折と呼ばれる。試料に粉末を用いる粉末X線回折に比べて、試料準備が困難、測定に時間がかかるなどのデメリットがある反面、回折ピークの重なりが少ない、回折強度が強いなどのメリットがある。
※6 ナノカーボン材料
フラーレンやカーボンナノチューブ、ナノダイヤモンドなどに代表される炭素でできたナノサイズ(1ナノメートルは1ミリメートルの百万分の1の長さ)の分子や粒子の総称。その特異なナノ構造と、機械的、化学的、電気的特性から、電子デバイスや医療など幅広い分野での応用が期待されている。近年ではスポーツ用品や化粧品の材料として実用化されており、今後、太陽電池や電界効果型トランジスター、核磁気共鳴画像法(MRI)の造影剤などへの応用が考えられる。
(問い合わせ先) 国立大学法人東北大学 株式会社 イデアルスター 財団法人高輝度光科学研究センター (報道担当) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 株式会社 イデアルスター 経営企画室 (SPring-8に関すること) |
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