呼吸の重要タンパク質、シトクロムcが鎖状に連結し、機能を失うメカニズムを半世紀ぶりに解明 - タンパク質構造変異が引き起こす病気の原因究明に期待 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年07月07日
- BL26B2(理研 構造ゲノムII)
平成22年7月7日
国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
兵庫県立大学
奈良先端科学技術大学院大学(学長:磯貝彰)物質創成科学研究科の超分子集合体科学講座(廣田俊教授)の研究グループと同研究科エネルギー変換科学講座、兵庫県立大学(学長:清原正義)生命理学研究科(樋口芳樹教授(理化学研究所 客員研究員))、独立行政法人理化学研究所(理事長:野依良治)放射光科学総合研究センター(センター長:石川哲也)、同志社女子大学薬学部および西華師範大学の共同研究チームは、生物の呼吸に不可欠なタンパク質であるシトクロムc (cyt c)について、その分子の立体構造が変化し、いくつもつながった塊(多量体)が鎖状に伸びた構造を形成(ポリマー※1化)することにより機能を失うメカニズムを初めて明らかにした(図1、図2)。若年性認知症、肝硬変、肺気腫、血栓症などを起こすセルピン病※2では、鎖状に伸びポリマー化したタンパク質が生体組織内にゴミのように蓄積し、疾病を引き起こすとされており、本研究は、タンパク質構造変異が引き起こす病気の原因解明や予防につながる研究と期待されている。 cyt cは、細胞内の呼吸の場である小器官のミトコンドリアに含まれる。呼吸に必須のタンパク質で、変性すると鎖状に伸び、ポリマー化することが約50年間前から知られていた。しかし、どのような仕組みで変性するか、そのメカニズムは不明のままであった。廣田教授らは、cyt c多量体を作製し、cyt c分子2つ、3つ、4つから成る大きさの揃った純粋な多量体をそれぞれ得て、それらの分子構造と性質を解析する研究を重ねてきた。一方、樋口教授らはそれらの試料について結晶化に成功し、大型放射光施設SPring-8の放射光X線を使って分子構造を解明した。その結果、cyt c が多量体を形成する際、1分子(単量体)をいくつかのパーツ(部分)からなる構造ユニットとしてとらえると、2つの分子が出合った時、それぞれ対応するパーツを交換して互いに入れ込ませ、パズルのように組み合わされる「ドメインスワッピング※3機構」が起こっていることを突き止めた。この現象が複数の分子で連続して起きることにより、cyt c分子が連続的に鎖状に連なってポリマー化するメカニズムを明らかにした。この成果は、7月6日(日本時間:7月7日)に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences, PNAS)オンライン版に掲載された。 タンパク質はさまざまな種類のアミノ酸が長い鎖のようにつながり、その配列(並び順)に従って特定の立体構造を形成して機能を発現する。しかし、タンパク質が構造変性した時、アミノ酸の長い鎖が元通りにきちんと再フォールディング(折れ畳み)しなかったり、あるいは細胞から排除するための分解が正常に起こらなかったりした場合、構造変性して機能を失ったタンパク質が生体組織内にゴミのように蓄積し、それが原因で疾病が引き起こされる。今回明らかとなったcyt cの変性メカニズムは、セルピン病で提唱されているメカニズムと非常に似ており、本研究成果は病気とも関連が深いタンパク質変性メカニズムの解明に役立つとみられる。 (論文) |
《解説》
ミトコンドリア内の呼吸に関わる反応で、酸素を水に還元する酵素に電子を伝達する役目のシトクロムc (cyt c)は単量体で機能し、一方で細胞の自殺であるアポトーシスが誘導される際、ミトコンドリアから放出される。cyt c は変性するとポリマー化するが、そのメカニズムは約50年間不明であった。廣田教授らはウマのcyt cを使い、cyt c分子2つ、3つ、4つと大きさの揃った多量体を作製単離する方法を開発し、各多量体のX線溶液散乱測定、示差走査熱量測定などタンパク質の構造と熱力学的性質を分子レベルで測定、解析する研究を重ねた。樋口教授らは,それらのうち2量体と3量体のX線結晶構造解析を行った。その結果、cyt c 単量体が構造ユニットとなったドメインスワッピング機構により、cyt c 分子が連続的にポリマー化するメカニズムを明らかにした(図1、図2)。
具体的な実験方法は、まずcyt c単量体、2~4量体、40量体ほどの大きな多量体をそれぞれ精製した。反応の場である活性部位の構造やタンパク質の局所的な立体構造である二次構造は、cyt c 2~4量体や40量体ではそれぞれ似ているが、単量体の構造とは若干異なることが、光の吸収スペクトル、CD(円偏光二色性)スペクトルという分子構造を測定する方法により明らかになった。
さらに、SPring-8の理研構造ゲノムIIビームラインBL26B2の高輝度放射光X線を利用した結晶構造解析により、cyt c 2量体と3量体を構成するアミノ酸のC末端領域がドメインスワッピングしていることが判明し、結晶中のcyt c 2量体および3量体の構造では、電子伝達に重要な鉄-Met(メチオニン、アミノ酸の一種)結合が解離していた。
また、液体に溶けた状態の分子を測定するX線溶液散乱測定により、水溶液中のcyt c 2~4量体は多量体数の増加とともに鎖状に連なって伸びた構造をしていた。構造変化に伴う熱量変化を分析する示差走査熱量測定により、各多量体が単量体に解離するとき、モノマーユニット当たり約20 kcal/molのエネルギーが放出された。このエネルギーには、多量体の解離に伴い、Metがヘムに再配位することによる安定化エネルギーが大きく寄与すると推測された。
以上より、cyt c 2~4量体と40量体付近の多量体のヘム配位構造と二次構造はそれぞれ類似しており、酸化型ウマcyt cはC末端領域が連続的にドメインスワッピングし、タンパク質が鎖状に連なってポリマー化すると推測された。
《研究の位置づけ》
タンパク質はアミノ酸配列に従って特定の立体構造を形成して機能を発現する。しかし、タンパク質が構造変性した時、タンパク質の再フォールディングや分解が正常に起こらないと、構造変性したタンパク質が生体組織内に蓄積し、コンフォメーション(フォールディング)病※2(アルツハイマー病、パーキンソン病、牛海綿状脳症(狂牛病)、セルピン病など)が引き起こされる。最近、セルピンの変異体がポリマー化することで遺伝病であるセルピン病が発症することが報告されたが、未だほとんどのタンパク質で凝集体の生成メカニズムは不明であり、その解明はライフサイエンスの最重要課題の一つである。
本研究により、最も基本的なタンパク質の一つであるcyt cの凝集体生成メカニズムが解明された。本メカニズムは、コンフォメーション病の一つであるセルピン病でセルピンの2量体構造から提唱されているメカニズムと非常に似ており、本研究でポリマー化をさらに具体的に実験で確かめたことにより、タンパク質の基本的な性質を示すとともに、これらの病気のタンパク質変性メカニズムの解明に役立つことが期待される。
《参考資料》
A:これまでに知られていたcyt c単量体の結晶構造。
B、C、E、G:cyt cの単量体が2量体、3量体、4量体と線状につながっていく過程の模式図。
D、F:今回の研究で明らかになった、cyt cの2量体と3量体の結晶構造。
《用語解説》
※1 ポリマー
基本単位(単量体、モノマー)の反復構造から成る化合物。人工的に重合してできたものを指す場合が多いが、タンパク質などの生体分子の反復構造体を特にバイオポリマーと呼ぶこともある。ポリマーのうち、2量体や3量体といった低分子量のものをオリゴマーと呼び、高重合体(ポリマー)と区別する場合もある。
※2 セルピン病とコンフォメーション(フォールディング)病
セルピン(serpin)はセリンプロテアーゼ阻害(serine protease inhibitor)タンパク質の総称である。セルピン病は、セルピンがポリマー化して起こる疾病群で、ニューロセルピンの変異体による若年性認知症、α1アンチトリプシンの変異体による肝硬変や肺気腫、アンチトロンビンによる血栓症などが知られている。セルピン病は、コンフォメーション病の一種である。コンフォメーション(フォールディング)病とは、タンパク質の高次構造(コンフォメーション)変化によりタンパク質の凝集体が形成し、細胞組織内で沈着する病気の総称である。コンフォメーション病には、アルツハイマー病、パーキンソン病、牛海綿状脳症(狂牛病)なども含まれる。
※3 ドメインスワッピング
同じタンパク質分子どうしでつくる2量体や3量体の複合体において、分子内の二次構造(αへリックス、βストランド、ループ領域)や三次構造(ドメイン)を相手の同じ部分と交換していること。はっきりドメインと確認できるものどうしがスワッピングする場合や、はっきりしたドメインを持たないで複合体の他方に単にループだけが入り込む例も多い。
(問い合わせ先) 兵庫県立大学 生命理学研究科 生命科学専攻 (SPring-8に関すること) |
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