光によって有毒ガスなどの気体を自在に捕捉・分解する材料の開発(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年07月24日
- BL02B1(単結晶構造解析)
平成22年7月24日
科学技術振興機構 (JST)
京都大学
高輝度光科学研究センター
理化学研究所 (RIKEN)
JST 課題解決型基礎研究の一環として、京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の北川 進 副拠点長/教授、JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「北川統合細孔プロジェクト」の松田 亮太郎 グループリーダー、同プロジェクトの佐藤 弘志 研究員らは、光照射によって有毒ガスなどの気体分子を捕捉・分解できる多孔性物質※1を開発しました(図1)。 この多孔性物質は、亜鉛イオンと有機配位子(アジドイソフタル酸(AIP)およびビピリジン)で構成され、紫外光を照射することによって、内部のナノ細孔中に極めて反応活性の高い化学種(ナイトレン※2)を非常に多く作り出すことができます。ガス中で紫外光照射実験を行った結果、細孔表面のナイトレンが酸素(O2)や一酸化炭素(CO)を効率的に捕捉・分解できることが分かりました。また、大型放射光施設SPring-8※3の高輝度放射光を用いて紫外光照射による細孔表面の構造変化を詳細に分析することによって、高活性で不安定なため観察が難しいとされるナイトレンが細孔表面に整然と並んでいる様子を直接観測することにも成功しました。 従来の多孔性物質では、温度や圧力を変えることで吸着現象を制御していましたが、本研究で開発した多孔性物質は、紫外光によって吸着現象を制御できます。 本研究は、京都大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所と共同で行われ、本研究成果は、2010年7月23日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Materials」のオンライン速報版で公開されます。 (論文) |
《研究の背景》
環境への負荷を可能な限り低減させる技術の開発は近年、その重要性を増すばかりです。特に、O2やCO、NOx、SOxなどのガス分子を効率よく分離・除去する技術は、産業的な側面や環境問題において重要な課題です。その中でも酸化性ガスであるO2や、人体に有毒なCOを分離・除去する技術は極めて重要です。
ガス分子をはじめとする小さな分子を効率よく分離するためには、従来からナノメートルサイズの細孔(ナノ細孔)を有した「多孔性物質(材料)」が用いられてきました。例えば、ゼオライトや活性炭などは、普段私たちの身の回りでも使われているなじみ深い材料です。しかし、古くから用いられてきたこれらの多孔性物質は構造が単純で、分子レベルで多様に機能化することが難しく、より高い分離能を有する材料開発が困難でした。
一方、最近になって、金属イオンと有機配位子※4との複合化によって作られる「多孔性金属錯体」と呼ばれる新しい物質が開発されました。多孔性金属錯体は、分子レベルで細孔の大きさや形状、化学的性質を精密に設計することができるため、非常に大きな注目を集めています。
《研究の成果》
本プロジェクトは今回、多孔性金属錯体に紫外光で活性化する分子を組み込むことで、通常実現不可能な超高活性な吸着物質を合成するだけでなく、光に応答してO2やCOを捕捉・分解する、全く新しい多孔性物質の開発に挑みました。
まず「ナイトレン」と呼ばれる、極めて反応性が高く電子的に活性な化学種を多孔性物質の細孔表面に導入しようと考えました。原子やイオンは、原子核の周りにある決まった数の電子を持っていると安定に存在できること(オクテット則)が知られています。しかし、ナイトレンは、このオクテット則を満たしておらず、窒素原子の周りの電子が足りないために、他の原子や分子から電子を奪い取ろうとする性質があります。そのため、O2やCOと反応し、違う分子へと変換できることが分かっています。
しかし、このような反応性の高い化学種を用いて多孔性物質を合成することは、従来のどのような手法を用いても困難でした。そこで、ナイトレンを窒素分子でキャップして安定な「冬眠状態」にしたアジド(N3)分子を合成し、多孔性物質中のナノ細孔表面へ導入しました。このキャップの役割をする窒素分子は紫外光照射によって簡便に取り除かれるため、ナイトレンを発生させることができます。従って、紫外光照射によって極めて高活性な化学種を自在に、望みのタイミングでナノ細孔表面上へ発生させることが可能となりました。
また、活性化の際に外れていく窒素分子は無害であり、クリーンに高活性な化学種を発生できる方法です。具体的には、金属イオンとして亜鉛イオンを、有機配位子としてアジドイソフタル酸(AIP)とビピリジンを用いて多孔性金属錯体を合成し、紫外光を照射することでナノ細孔表面にナイトレンを発生させました(図2)。ナイトレンをはじめとする非常に反応性の高い化学種をいったん安定な形でナノ細孔表面に導入し、紫外光によって好きな時に活性化する手法は極めて斬新であり、ナイトレン以外のさまざまな化学種にも適用できます。望みのタイミングで構造を変化させて機能を変えることができる点は、分子レベルで精密に設計を行える多孔性金属錯体ならではの利点であり、この手法により、ゼオライトや活性炭では実現が困難だった材料開発を可能にしました。
紫外光照射前のN3で覆われたナノ細孔は1次元のトンネルのような形状をしており、その直径はおよそ0.5nmです。このナノ細孔の中には、O2やCOをはじめとするさまざまなガス分子(窒素、二酸化炭素、アセチレンなど)を吸着できることが分かりました。紫外光照射前のN3で覆われたナノ細孔表面と吸着した分子との間には、弱い相互作用しか働かず、ガス分子とも反応しないために、分子は自由に出入りできる状態にあります。
一般的に、ナイトレンのように反応性に富み、寿命の短い化学種を直接観測することは、極めて困難です。これに対して今回開発した材料中でナイトレンはナノ細孔表面に固定され、自由に動き回れないようになっているために、安定化しています。本プロジェクトは今回、JASRIの杉本 邦久 研究員と理化学研究所 放射光科学総合研究センター 量子秩序研究グループの高田 昌樹 グループディレクターと協力し、大型放射光施設SPring-8の高輝度・高分解能な放射光X線(単結晶構造解析ビームラインBL02B1)を用いて単結晶X線回折測定※5を行い、紫外光照射によるナイトレンの発生を直接観察することに成功しました。この実験から、紫外光照射によって活性化された結晶は、基本的な構造を維持したままナノ細孔表面にナイトレンを保持していることが分かりました。
続いて、O2またはCOの雰囲気中で多孔性金属錯体に紫外光照射を行ったところ、ナノ細孔表面に生じたナイトレンとガス分子とが反応・分解し、異なる分子へと変換されることが分かりました。具体的には、核磁気共鳴法※6や赤外分光法※7を用いた測定により、酸素分子はニトロ基またはニトロソ基へ、一酸化炭素分子はイソシアナート基へと変換されていることが明らかになりました(図3)。このことは、ナノ細孔表面に整然と並んだナイトレンが効率よくガス分子と反応できることを示しており、極めて低濃度の有毒ガス除去にも効果的であると考えられます。
さらに今回開発した多孔性金属錯体は、紫外光を照射しない状態では可逆的にガス分子を吸着(物理吸着)することができ、温度によってガス分子の吸着・放出を制御することができますが、本来酸素を吸着できない低温(-196℃)においても紫外光照射によってナノ細孔を活性化することで吸着現象を発現できることが分かりました(図4)。このような光による吸着現象のON-OFF制御は前例がなく、新たな材料開発に指針を与える重要な結果です。
今回の研究で発見した物質は、O2やCOを捕捉・分解できるという点において産業的に重要であるだけでなく、紫外光による吸着現象の制御という点において学問的にも非常に大きな成果であると言えます。
本研究で得られた主な成果は、以下の通りです。
(1) 紫外光照射によってナノ細孔表面を活性化できる多孔性金属錯体の合成に成功しました。
(2) 精密な単結晶構造解析によって、ナノ細孔表面に整然と並ぶ超高活性種(ナイトレン)の様子を明らかにしました。
(3) 紫外光照射によってナノ細孔表面を活性化し、生じさせた化学種(ナイトレン)によって、ナノ細孔に物理吸着した酸化性ガスのO2や有毒ガスのCOを捕捉・分解することに成功しました。
(4) 本来吸着現象を発現しない温度領域においても、紫外光照射によって細孔表面を活性化することで、吸着現象を発現させることに成功しました。
《今後の展開》
通常、多孔性物質への分子の吸着と放出は温度や圧力によって制御されています。しかし、今回私たちが合成した多孔性物質は温度や圧力ではなく、紫外光によって簡単かつ任意に、O2やCOのような空気中に分散しているガス分子を吸着し、分解させることができます。
紫外光は物理的な刺激として簡便で利用しやすいものです。例えば太陽光や蛍光灯の光を当てることで極少量のO2やCOを含む空気から、高選択的にO2やCOのみを任意のタイミングで除去することが可能になると考えられます。具体的には不完全燃焼したCOを効率的に検知・除去する安全機器への応用が考えられます。COは毒性が強く、低濃度であっても大変危険ですが、今回開発した材料は低濃度のCOであっても効率よく除去できる可能性を持っています。またCOは燃料電池に用いられている触媒の活性を著しく低下させるガスとして知られており、燃料となる水素から効率的に除去することが求められています。従って、この材料は燃料電池システムへの応用も考えられます。このように本研究で合成に成功した新しい物質は、産業的に大きく貢献することが期待されます。また、毒性ガス、環境汚染ガスを効率的に除去できる点において、持続的社会の実現に対しても貢献するものと期待されます。
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト:「北川統合細孔プロジェクト」
研究総括:北川 進(京都大学 物質-細胞統合システム拠点 副拠点長/教授)
研究期間:平成19~24年度
JSTはこのプロジェクトで、外部環境に応じて多様な細孔機能を発揮する多孔性配位高分子の創製と、新たな細孔物質をさまざまな環境・空間スケールで利用する新技術の研究を行っています。
《参考資料》
《用語解説》
※1 多孔性物質
多数の微細な孔を持つ物質で、吸着剤や触媒などに利用されます。ガスや水などの選択的分離と反応などに広く用いられています。
※2 ナイトレン
ナイトレンとは、窒素原子上に6個の価電子を有する化学種のことです。窒素上の電子が不足した状態であるため、化学的な反応性に富み、さまざまな有機化学反応の中間体として用いられています。
※3 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある大型共同利用施設で、SPring-8という名称はSuper Photon ring - 8 GeVに由来します。その管理運営は理化学研究所およびJASRIが行っています。放射光は光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に発生する電磁波のことです。SPring-8の放射光は、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されています。
※4 有機配位子
有機配位子とは、金属イオンと配位結合を形成する有機化合物のことで、カルボキシル基、アミノ基やチオール基などを含む数多くの化合物が知られています。
※5 単結晶X線回折測定
結晶にX線を照射すると、原子や分子の規則正しい並び方を反映した回折現象が観測されます。その回折パターンを解析することから、結晶中で原子や分子がどのように配列しているかを調べることができます。
※6 核磁気共鳴法
原子の中には磁石としての性質を示すものがあり、分子に磁場をかけると共鳴を示すことがあります。共鳴条件は原子の周囲の環境を鋭敏に反映することから、共鳴条件を解析することによって分子の構造や動きなどの情報を引き出すことができます。
※7 赤外分光法
物質に赤外線を照射すると、それを構成している分子が光のエネルギーを吸収します。結合の種類によって吸収するエネルギーが異なるため、物質に含まれる結合に関する情報が得られます。また、特徴的な吸収帯を観測することで、化学反応の追跡を行うことができることもあります。
《問い合わせ先》 北川 進(きたがわ すすむ) (JSTの事業に関すること) (京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)に関すること) (SPring-8に関すること) |
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