タンパク質機能の謎を解く新たなカギは小分子化合物 - 高速探索システム「化合物アレイ」で新規バイオプローブを発見 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年08月16日
- BL26B2(理研 構造ゲノムII)
2010年8月16日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
• 化合物アレイを用い、世界初のピリン阻害剤「TPh A」を見つける
• X線結晶構造解析で、TPh Aとピリンとの分子結合の様子をキャッチ
• TPh Aをバイオプローブとして、悪性黒色腫の運動にピリンの関与を解く
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生体に広く存在しながら、その役割が知られていなかったタンパク質「ピリン※1」の機能を阻害する、分子量がわずか400程度の小分子化合物「TPh A(triphenyl compound A)※2」を、化合物アレイという手法を用いて初めて発見しました。さらにTPh Aを用いてピリンの機能を調べ、ピリンが悪性黒色腫※3の運動に関与することを明らかにしました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)ケミカルバイオロジー研究基盤施設の長田裕之施設長、宮崎功研究生らによる成果です。 生命活動の担い手であるタンパク質の機能を解明することは、生命現象の謎を解くカギとなるとともに、医薬品・健康食品などの開発につながります。目的のタンパク質に結合し、機能を阻害する小分子化合物を取得することができると、それを活用してタンパク質の機能を知ることができます。このようなタンパク質の機能を阻害する小分子化合物を「バイオプローブ(生命機能の探り針)」と呼びますが、バイオプローブは、タンパク質研究に重要な役割を果たすだけでなく、新しい薬の候補としても期待されます。 研究チームはこれまで、さまざまなタンパク質のバイオプローブを探索する有力な手法として化合物アレイの技術を開発してきました。数千~数万個ほどの小分子化合物を固定化したガラススライド板に、目的のタンパク質を流し込み、そのタンパク質と物理的に結合する小分子化合物を見つけ出す方法です。高い処理能力と試験するタンパク質を選ばないという汎用性から、開発した化合物アレイの技術は、優れた次世代型の探索システムとして期待されています。 研究チームは、この化合物アレイを用い、機能が不明だったピリンに対する新しい阻害剤「TPh A」を発見し、これをバイオプローブとして用いることで、ピリンが悪性黒色腫の運動に関与していることを世界で初めて明らかにしました。また、TPh Aとピリンとが結合した状態の共結晶化に成功し、X線結晶構造解析を行い、両者の結合の様子を分子レベルで解明することに成功しました。 今回の成果により、TPh Aをバイオプローブとして用いたピリンの分子レベルでの研究が可能となります。また、化合物アレイは、どのようなタンパク質にも適応できるため、バイオプローブを取得する新たなツールとして広く活用されると期待されます。 本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Chemical Biology』に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月15日付け:日本時間8月16日)に掲載されます。 (論文) |
1.背 景
あるタンパク質に結合し、その機能を阻害する小分子化合物を取得することは、タンパク質の基礎的研究を促進し、さらに臨床的にも大きなブレイクスルーをもたらします。特に、タンパク質の機能が分からない場合は、それを活用することにより、タンパク質の機能を知ることができます。研究チームは、このようなタンパク質の機能を阻害する小分子化合物を「バイオプローブ(生命機能の探り針)」と呼び、これまでに、さまざまなタンパク質のバイオプローブを探索する次世代型の探索システムである化合物アレイの技術を独自に開発してきました。
化合物アレイを次世代型と呼ぶ理由の1つに、非常に高い処理能力で目的のタンパク質と物理的に結合する小分子化合物を探索することができるという特徴があります。具体的には、ある1つのタンパク質について、1回の試験で、ガラススライド板に固定化した約4,000種類以上の小分子化合物に対する結合の有無を確認することができます。例えば、通常行われるような、96穴のプレートの1穴1穴に手作業で試薬やタンパク質を入れて化合物を添加していく試験と比べると、1枚のガラススライド板にタンパク質の溶液を反応させるだけの作業なため、化合物アレイは非常に簡便で、時間の短縮を実現します(図1)。また、これまでの探索手法の多くは、タンパク質の機能が分かった上で、小分子化合物を添加し、タンパク質の機能を阻害するかどうかを検出するという段階的な検査手法でした。しかし、化合物アレイでは、物理的結合を検出するため、機能や役割が不明なタンパク質にも適応できるという特徴を持ちます。つまり、原理的にはいかなるタンパク質についても小分子化合物のスクリーニングが可能です。
化合物アレイは1999年に米国のグループが最初に報告しました。しかし、当時は、小分子化合物を固定化するために、ガラススライド板に反応基をあらかじめ導入しておき、これに小分子化合物の特定の官能基※4を反応させ、ガラススライド板上につなぎ留める手法を用いていました。そのため、結合させる小分子化合物ごとに特定の官能基を持っている必要がありました。また、その官能基と標的タンパク質とが結合する場合、官能基はガラス板上と小分子化合物をつなぎ留める役割に使われてしまっているため、小分子化合物とタンパク質との結合を観察することができないという問題点がありました。
2003年、研究チームは、官能基に依存することなく、さまざまな小分子化合物をガラススライド板に固定化する方法を開発することに成功しました。具体的には、アリールジアジリン基と呼ばれる化学構造をガラススライド板上に導入しておき、360nm付近の紫外線を照射させることで、非常に反応性の高いカルベン※5を発生させます。このカルベンが、官能基の種類を問わず小分子化合物の構造に反応し、ガラススライド板に小分子化合物を固定化させます(図2)。
研究チームは、独自に開発したこの化合物アレイの技術を用い、機能が未知であったピリンに結合するバイオプローブの探索を試みました。
2.研究手法
探査チップとなるガラススライド板1枚に、およそ4,000種の化合物を固定化した化合物アレイを作製し、カバーガラスをのせ、アレイとカバーガラスの隙間に、RFP※6と融合したピリンを過剰発現させた細胞の抽出液を注入しました。RFPは、ピリンを蛍光で検出するためのタグとしての役割を担います。4℃で1時間反応させた後、きれいな溶液で不要な物質を数回洗浄します。おのおのの小分子化合物が固定化されたスポットに、RFP融合型ピリンと結合する小分子化合物が存在すると、RFPの蛍光を読み取ることのできるスキャナーを用いることで、そのスポットを検出できるという仕組みです。
3.研究成果
合計約2万種類の小分子化合物について、化合物アレイで探索した結果、ピリンに結合する小分子化合物TPh Aを発見しました。等温滴定微小カロリメトリー※7を用いて、両者の結合は溶液内でKd(結合定数) = 0.6 μMであるということも分かりました。一方、TPh Aに構造が似ているTPh Bはピリンに対して結合しませんでした。構造が類似しているが目的のタンパク質に作用しない小分子化合物は、実験を進めていく上でを対照として用いることができるため非常に重要です。
さらに、TPh Aとピリンとが結合した状態で共結晶化し、理研の大型放射光施設SPring-8の理研ビームラインBL26B2を用いたX線結晶構造解析により、結合の様子を2.35Å(オングストローム、1Åは1.0 × 10-10 メートル)の分解能で明らかにしました。ピリン単独の結晶構造はすでに2004年に明らかにされていて、アミノ基側の末端であるN末端のくぼみに鉄(II)を含んでいることが知られていました。今回の共結晶の構造解析により、TPh Aがその鉄(II)の存在するポケットにぴったりと入り込んで強く結合していることを初めて明らかにすることができました(図3)。
また、TPh Aをさまざまな培養細胞に処理してその影響を調べたところ、悪性黒色腫の運動を50μMの濃度で50%以上阻害することが分かりました。一方、TPh Bでは同様な効果は観察できませんでした。また、TPh Aは、さまざまな培養細胞を殺す作用はほとんど見られませんでした。このことから、ピリンが悪性黒色腫の運動に関与しているのではないかという仮説を立てました。遺伝子的な操作で作製したピリンを発現しない細胞がTPh Aを処理した細胞と同じ結果となり、その仮説が正しいことを実験的に証明することができました。
今回の一連の実験は、研究チームが開発した化合物アレイを用いて機能が未知のタンパク質のバイオプローブを取得し、それらの結合の様子を解明した上で、タンパク質の機能を明らかにすることに成功した初めての例となります。
4.今後の期待
今回、ピリンの初のバイオプローブであるTPh Aを発見し、X線結晶構造解析により両者の結合の様子を解明したことで、ピリンを分子レベルでより詳細に研究することが可能となりました。これまでピリンの阻害剤は知られていなかったため、ピリンの詳細な研究は進んでいませんでしたが、今回、ピリンが悪性黒色腫の運動を制御していることを明らかにしたことから、この成果を足掛かりに、別の細胞種での働き、酵素活性の有無、生体内でほかの役割など、さらに解明すべき課題が明確となり、今後、これらの研究が進展していくと期待できます。また、化合物アレイを用いた小分子化合物の探索の成功例は、世界的に見ても数えるほどしか報告されていません。特に、機能が未知のタンパク質のバイオプローブを取得した例はほとんどありません。今回の成果により、タンパク質の機能が分からないため、従来の探索法を断念していたタンパク質でも、化合物アレイを用いればバイオプローブの取得が可能であることを証明することができました。
《参考資料》
図1 96穴プレートと化合物アレイ
96穴プレート(左)と化合物アレイ(右)の大きさの比較。化合物アレイでは、ガラススライド板1枚で、固定化した4,608種の小分子化合物を一度にスクリーニングすることが可能。同じ数の化合物を96穴プレートで探査する場合には48枚のプレート(左写真:48枚分は高さ・長さが1m近くになる)が必要となる。
図2 化合物アレイの製造方法と目的のタンパク質との結合反応の様子
ガラススライド板上にアリールジアジリン基を導入しておく。その上に、さまざまな小分子化合物をスポットする。その後、紫外線照射により、アリールジアジリン基からカルベンを発生させる。カルベンは反応性が非常に高く、さまざまな小分子化合物をガラススライド板上に固定化させる。このようにして作った化合物アレイにタンパク質を流し込み、小分子化合物とタンパク質との結合を検出する。
図3 ピリンとTPh Aの共結晶構造。
ピリンのアミノ基側の末端(N末側)を緑、カルボキシル基側(C末側)を水色で示した。中央の球状の橙色で示したものは鉄(II)。その近傍にある紫色で示した分子がTPh Aの構造。
《用語解説》
※1 ピリン
290個のアミノ酸からなり、私たちの細胞の中に存在するタンパク質。cupinスーパーファミリーに分類されている。cupinスーパーファミリーは、これまでに見いだされているファミリーの中で最も機能的に多彩なタンパク質の集まりで、酵素、非酵素など多種多様な様相をなす。ピリンの生体内での機能については不明であった。
※2 TPh A (triphenyl compound A)
今回、ピリンの阻害剤として発見した小分子化合物。3つのフェニル基を持つという構造上の特徴から論文中で名付けた。
※3 悪性黒色腫
メラニンを作る細胞であるメラノサイトが悪性化した腫瘍。メラノサイト系の良性の腫瘍がほくろである。悪性黒色腫の特徴の1つとして高転移性であることが挙げられる。
※4 官能基
有機化合物のある同族の特性の原因となる原子団。反応性の高いものが多い。
※5 カルベン
価電子を6個しか持たず、電荷を持たない炭素のこと。非常に反応性が高く、炭素-水素結合、窒素-水素結合、あるいは炭素-炭素結合などあらゆる原子間結合に挿入する。
※6 RFP
蛍光タンパク質の一種。一定の波長の光をあてるとその蛍光タンパク質に特有の波長の蛍光を発する。
※7 等温滴定微小カロリメトリー
物質間の結合の強さを調べる装置。断熱材で囲まれたセル内の溶液に、シリンジから少量ずつリガンドを注入した際に生じる熱量から結合定数(結合の強さ)を算出することができる。結合を測定する両者とも溶液中に溶けている状態で測定するため、生体内や自然の状態に近い状態だといわれている。
《問い合わせ先》 研究生 宮崎 功 (みやざき いさお) (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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