大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

イオンの出し入れにより物性を制御することに成功! - 新しいタイプの記録素子開発に指針 -(プレスリリース)

公開日
2010年08月16日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
高輝度光科学研究センター、筑波大学は、世界で初めて、ゲストであるアルカリ金属イオン交換によるホストであるシアノ錯体格子の可逆的な対称性変化に成功しました。

平成22年8月16日
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 筑波大学

 高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長 白川哲久)、筑波大学(学長、山田信博)は、世界で初めて、ゲスト※1であるアルカリ金属イオン交換によるホスト※1であるシアノ錯体※2格子の可逆的な対称性変化に成功しました。この対称性変化を利用すると、試料の色や非線形光学※3特性のスイッチが可能です。これまでの研究開発では、ホストは単なるゲストの入れ物と考えられてきました。しかしながら、ホストとゲストの相互作用を利用することにより、新しい機能を発現することができます。この特性を利用することにより、イオンの種類や個数で記録するといった新しいタイプの記録素子への道が開けます。シアノ錯体化合物は、窒素、炭素、鉄、コバルトといった豊富な元素のみから構成された環境負荷の小さな機能性材料です。また、軽くて柔らかいという特徴を有しているため、これらの面からも次世代のメモリ材料としての発展が期待されます。

 シアノ錯体格子では、一辺一千万分の5mmの小さな隙間が規則正しく配列しています。この小さな隙間にゲストであるアルカリ金属イオンを入れたり出したりすることができます。本発見は、ホストであるシアノ錯体格子とゲストであるアルカリ金属イオンを組み合わせた30種類以上の化合物を合成し、大型放射光施設SPring-8※4の高輝度Ⅹ線を用いてその精密構造を系統的に調べた結果、得られたものです。

 本研究は、JASRIの守友 浩 外来研究員(筑波大学 教授)、筑波大学の松田 智行 研究員、及びJASRIの金 廷恩 副主幹研究員による成果で、アメリカ化学会が発行する雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載されます。

(論文)
"Symmetry switch of cobalt ferrocyanide framework by alkaline cation exchange"
(日本語訳:アルカリ金属置換によるシアノ錯体骨格の対称性変化)
Tomoyuki Matsuda, Jungeun Kim, Yutaka Moritomo
Journal of American Chemical Society 132 (35), 12206–12207 (2010), published online August 17, 2010


1.研究の背景
 ナノポーラス(多孔質)な化合物は、その小さな隙間にゲストイオンやゲスト分子を取り込み、有用な機能性を発現します。例えば、二次元的なグラファイトとコバルト酸化物はその隙間にリチウムイオンを取り込むことができます。これにより、電気エネルギーを高密度に貯蔵したデバイスがリチウムイオン電池です。

 私たちは、小さな隙間にゲストイオンやゲスト分子を貯蔵するだけでなく、ゲストの種類や量によって母体物質の性質を変えることができないかと考え、研究を進めてきました。特に、一辺一千万分の5mmの小さな隙間が規則正しく配列しているシアノ錯体に着目し、大型放射光施設SPring-8粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)の高輝度Ⅹ線を用いた精密構造を系統的に研究を行ってきました。

2.研究内容と成果
 私たちは、まず、カリウム塩化合物(K1.88Co[Fe(CN)6]0.97・3.8H2O)を合成しました。試料の色は赤みがかかっており(図1参照)、また、X線回折パターン※5は立方晶(図2および図3参照)を示しています。この試料を1モル※6のNaCl水溶液に浸したところ、試料の色が緑みがかかりました。(図1参照)さらに、X線回折パターンも大きく変化しました。リートベルト構造解析の結果、菱面晶であることが分かりました。この試料を、再び、1モルのKCl水溶液に浸したところ、X線回折パターンが立方晶のもの(図2および図3参照)に戻りました。図4は、1モルのNaCl水溶液、1モルのKCl水溶液に交互に浸した試料におけるコバルト原子に対するナトリウムおよびカリウムの割合です。図4から分かるように、我々の物質ではアルカリ金属置換を可逆的に起こすことが可能です。

 図5に、カリウム塩試料(square)とナトリム塩試料(circle)の第二高調波※7発生効率の励起光強度依存性を示します。カリウム塩試料は第二高調波が観測されませんが、ナトリム塩試料では第二高調波発生が観測されます。こうした非線形光学特性の変化は、シアノ錯体格子の対称性の変化に起因していると考えられます。

3.今後の展開
 私たちは、ゲストであるアルカリ金属イオン交換によるホストであるシアノ錯体格子の可逆的な対称性変化に成功しました。この対称性変化を利用すると、イオンの種類や個数で記録するといった新しいタイプの記録素子への道が開けます。

 しかしながら、この現象がどうして起こるのか分かっていません。私たちは、ゲストであるナトリウムイオンがどこにいるかに、この謎を解く鍵が潜んでいると考えています。今後、大型放射光施設SPring-8の高輝度Ⅹ線を用いて、この謎に迫ってゆきたいと考えています。

 ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費補助金基盤研究(A)「シアノ架橋金属錯体界面を通じた物質移動と電場誘起機能性」(研究代表者:守友 浩)(21244052)の研究テーマの成果であり、SPring-8の利用研究課題として行われました。


《参考資料》

図1 カリウム塩試料とナトリム塩試料の写真(上)と散漫反射スペクトル(下)。

図1 カリウム塩試料とナトリム塩試料の写真(上)と散漫反射スペクトル(下)。


 図2 ホストであるシアノ錯体格子とゲストであるアルカリ金属イオン。緑色の大きな球がカリウムイオン、小さな球がナトリウムイオン。カリウム塩試料は立方結晶、ナトリウム試料は菱面晶である。

図2 ホストであるシアノ錯体格子とゲストであるアルカリ金属イオン。緑色の大きな球がカリウムイオン、小さな球がナトリウムイオン。カリウム塩試料は立方結晶、ナトリウム試料は菱面晶である。


図3 (上段)K塩試料のX線回折パターン。(中段)K塩試料を1モルのNaCl水溶液に付けた後のX線回折パターン。(下段)再び、1モルのKCl水溶液に付けた後のX線回折パターン。

図3 (上段)K塩試料のX線回折パターン。(中段)K塩試料を1モルのNaCl水溶液に付けた後のX線回折パターン。(下段)再び、1モルのKCl水溶液に付けた後のX線回折パターン。


図4 1モルのNaCl水溶液、1モルのKCl水溶液に交互に浸した試料におけるコバルト原子に対するナトリウムおよびカリウムの割合。

図4 1モルのNaCl水溶液、1モルのKCl水溶液に交互に浸した試料におけるコバルト原子に対するナトリウムおよびカリウムの割合。



図5 カリウム塩試料(□)とナトリム塩試料(○)の第二高調波発生効率の励起光強度依存性。


図5 カリウム塩試料(square)とナトリム塩試料(circle)の第二高調波発生効率の励起光強度依存性。


《用語解説》

※1 ゲストとホスト
小さな隙間が規則正しく配列している物質をホストと呼び、その隙間を出入りできる分子やイオンをゲストと呼ぶ。例えば、リチウムイオン電池においては、二次元的なグラファイトとコバルト酸化物がホストであり、その隙間を出入りするリチウムイオンがゲストである。

※2 シアノ錯体
遷移金属イオンと鉄イオンがシアノ基で架橋されている化合物。遷移金属イオンを鉄イオンだけを取り出すと、NaCl型構造(岩塩構造)となる。一辺一千万分の5mmの小さな隙間が規則正しく配列している。窒素、炭素、鉄、コバルトといった豊富な元素のみから構成されている、環境負荷の小さな機能性材料である。

※3 非線形光学
光の強度に比例しない光学応答。第二高調波発生はその一種。第二高調波の強度は、入射光の強度の二乗に比例する。

※4 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが管理運営を行っている。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※5 X線回折パターン
X線の回折強度を散乱角の関数として測定したもの。このパターンを解析すると、結晶の対称性だけでなく原子の場所を決定することができる。

※6 1モル
濃度の単位。アボガドロ数個の分子またはイオンが一リットルの溶媒の中に溶解している状態。

※7 第二高調波
試料に光を照射すると、光の振動数が倍になる現象。一般に、反転対称のない試料で強く観測される。



《問い合わせ先》
 守友 浩(モリトモ ユタカ)
 筑波大学数理物質科学 教授
 住所:つくば市天王台1-1-1
  TEL:029-853-4337、FAX:029-853-4337
  E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp