XFELの精密なビーム制御を実現する「加速器模型」を考案 - 電子ビームを集団で記述する光学関数により、さまざまな運転条件に対応 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年09月22日
- XFEL
2010年9月22日
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
○ レーザー増幅を直接観測せずに、電子ビーム空間分布を最適化
○ レーザー性能に直結する電子ビーム特性の直接転送が可能
○ 諸外国のXFELやエネルギー回収型の線形加速器への応用に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI、白川哲久理事長)が共同で組織する「X線自由電子レーザー計画合同推進本部(合同本部、藤田明博本部長)」は、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser: XFEL)で必要な高品質電子ビームの精密制御に有効な新しい「加速器模型」※1を考案し、計算機上で実際の加速器内の電子ビームの集団的挙動を近似的に再現することに成功しました。これは合同本部ビームコミッショニングチームの原徹研究員、渡川和晃研究員、田中均チームリーダーによる成果です。 (論文) |
1.背 景
紫外線から軟X線、硬X線といった、これまで不可能であった短波長レーザーを実現する切り札として、自己増幅自発放射型(SASE:Self Amplified Spontaneous Emission)の自由電子レーザー(FEL:Free Electron Laser)が期待されています。このレーザーの発生原理は、真空中で加速した自由電子を、周期的な磁場で構成するアンジュレータという装置に通して、通常では起こりえないレーザー波長間隔の密度変調(レーザーの種)、いわゆる電子の「群れ」を作り出し、位相のそろった光(レーザー)を取り出すというものです。
この電子の 「群れ」 を効率よく作るには、高密度で平行性の高い高輝度電子ビームが必要で、さらに、この高輝度電子ビームとその蛇行により発生する放射光(アンジュレータ放射光)を、アンジュレータ内で効率的に重ね合わせることが重要となります。この重なった部分では、電子と放射光の間でエネルギーの授受が起こり、電子ビームにレーザー波長間隔でエネルギーのわずかな変調が生じます。このエネルギー変調が蛇行を繰り返すと、密度の濃淡、すなわち、レーザー波長間隔を持った電子の「群れ」へと成長していきます。
効果的に電子ビームと放射光を重ね合わせるため、アンジュレータには電磁石による収束系※12を設置しています。この収束系は、電子ビームの空間広がりと角度広がりがアンジュレータ内で大きくならないよう、電子ビームを収束させる機能を持ちます。この収束系を使って、アンジュレータ全長に及ぶ最適な電子ビーム空間分布を実現するには、アンジュレータへ入射する電子ビームの分布が、電磁石の収束系にぴったりと整合する条件を満たす必要があります(図1)。レーザーの波長は、電子ビームエネルギーとアンジュレータ磁場の強さを調整して変えるため、レーザー波長を変えるたびに、アンジュレータ部に置いた収束系と整合するよう電子ビーム空間分布を合わせ直す必要があります。
2台のアンジュレータを用いたSCSS試験加速器(図2)では、この電子ビーム空間分布の最適化を、レーザー増幅信号を直接観測しながら実施しています。しかしXFEL実機(図3)は、18台のアンジュレータを一体として機能させます。レーザー増幅信号強度を大きくするには、電子ビーム空間分布だけでなく、各アンジュレータ間の位相整合など、複数のパラメータを同時に調整することが欠かせないため、XFEL実機では、レーザー増幅信号を指標とした電子ビーム空間分布の最適化は困難と予測していました。効率的なXFEL発振調整を実現するには、幅広いレーザーの波長範囲を生み出す電子ビームエネルギーやアンジュレータ磁場の運転条件に対し、レーザー増幅信号を用いずに電子ビーム空間分布を最適化する方法が必須でした。
2.研究手法と成果
研究チームは、高輝度電子ビームの生成プロセスの最終段にビーム診断装置を設置し、計測した電子ビーム空間分布の情報をアンジュレータの入り口まで転送する「加速器模型」を構築しました。その結果、さまざまな運転条件に対して、レーザー増幅信号を用いずに電子ビーム空間分布を最適化することが可能になりました。レーザー波長を変えるための電子ビームエネルギーの変更は、ビーム診断装置下流側の加速管の加速電圧や加速位相を調整して行います。「加速器模型」が加速管の加速電圧など、調整したパラメータの影響をすべて正確に反映したものであれば、パラメータ調整前に計測した電子ビーム空間分布情報を基に、調整後の電子ビーム空間分布を計算機上で予測できます。最終段の加速管とアンジュレータの間にある調整用収束系を微調整すれば、この予測結果をアンジュレータの電磁石収束系に対して整合させることが可能になります(図4)。
今回新たに提案した「加速器模型」は、加速器内における個々の電子の運動を記述するものではなく、電子ビームの空間広がりの伝搬を表す光学関数※13を使って、短い計算時間で瞬時に結果が得られるのが特徴です。アンジュレータの電磁石収束系への整合条件も、この光学関数によって表すことができます。このような手法は、SPring-8蓄積リング※14に代表されるリング型放射光光源では広く利用され、光学関数を用いた電子ビームのさまざまな性能評価が精緻に行われてきました。しかし、XFELで用いる線形加速器では、電子ビームエネルギーが加速によって大きく変化するため、電子ビームエネルギーが一定であることを前提としたリング型放射光光源での取り扱いをそのまま適用できませんでした。今回考案した「加速器模型」は、電子の運動エネルギーがゼロとなる極限の状態を基準にして、加速による光学関数の変化を正確に表現することができるため、エネルギーが加速によって逐次変化する線形加速器でも、光学関数を正確に転送できるようになりました。
3次元の計算機シミュレーション※15でこの「加速器模型」の妥当性を評価したところ、多数の電子を追跡する数値計算(ビームシミュレータ)と加速器模型を用いた計算が、高い精度で一致することを確認できました(図5)。
3.今後の期待
今回の成果は、2010年度に完成予定のXFEL装置の効率的な運転に大きく貢献すると期待されます。現在、この「加速器模型」を基礎としたビーム制御系が、ビーム調整運転の当初から利用できるように、制御プログラムの整備を進めています。この「加速器模型」は、線形加速器を用いるすべての光源で基本的に使用可能で、今後建設されるFELやERLなど先端光源の高効率運転への応用が期待されます。
《参考資料》
加速した電子ビームを図の左側から右側のアンジュレータに入射する。入射ビームの空間分布がアンジュレータの収束系に整合した条件で入射した場合(赤線)は、電子ビームは広がることなく、アンジュレータ全域で安定に振動し伝わっていく。一方、整合していない場合(青線)は、電子ビームの広がりを抑えた形で伝わることが不可能となる。
(左)試験加速器を電子銃の高電圧タンク側(手前側)から撮影。高電圧タンクの先に設置した熱陰極から奥の2台のアンジュレータに向かって電子ビームを発射する。
(右)試験加速器の2台の真空封止型アンジュレータ。アンジュレータ区間は約11m。
(左)手前の細長い施設が建設中のXFEL施設。手前から奧に向かって電子を加速し、一番下流(奥)の実験棟(現在建設中)に5本のビームラインを建設する予定。その後の円形の施設がSPring-8蓄積リングとそれを取り巻く実験ホール。周長約1.5キロメートルの施設の中に現在約50カ所のビームラインを有する。
(右)XFELに設置した18台の真空封止アンジュレータ。18台のアンジュレータの占める区間は約110 mと試験加速器の約10倍のスケールとなっている。
XFEL加速器の前半部には、加速しながら電子ビームの時間方向の密度(電流)を高めるバンチ圧縮システムを配置している。このシステムの下流に、ビームの空間分布を測定する診断装置を設置する。これ以降、電子ビームは加速によりエネルギーだけが増加する。「加速器模型」は、XFEL制御計算機上に構築しており、診断装置で一度計測した電子ビーム空間分布情報に基づき、下流にある加速管の加速条件の変化による影響を計算し、アンジュレータ入口の電子ビーム空間分布情報を予測する。この予測を基に、加速管とアンジュレータの間に設置した調整用収束系を微調し、電子ビームの空間分布をアンジュレータ部の電磁石による収束系に整合させる。
「加速器模型」で計算した光学関数β(白抜きの○)とビームシミュレータで計算した光学関数β(実線)。各進行方向位置zでのビームサイズは、βとビームエミッタンスを掛け合わせた2乗根で得られる。
《用語解説》
※1 加速器模型
加速器内での電子ビームの挙動を模擬する目的で、各加速器要素機器が電子に及ぼす力を数式表現として適切な精度で表し、これらをつなぎ合わせることで計算機上に実際の加速器を近似的に再現するもの。
※2 オングストローム
100億分の1メートルが1オングストローム。
※3 フェムト秒
1000兆分の1秒が1フェムト秒。1フェムト秒は、光の速さ(秒速約30万キロメートル)でも0.3ミクロンしか進むことができないほどの極短時間。
※4 アンジュレータ
電子の直線軌道の上下に磁極を配置し、その間を通り抜ける電子を周期的に小さく蛇行させて、明るい光を作り出す装置。合同本部がXFEL用に開発したアンジュレータは、1台の長さが約5 mで、磁極が18 mmの周期で277個配列している。
※5 蛇行により発生する放射光(アンジュレータ放射光)
アンジュレータの中で電子が蛇行すると、光が進行方向に放射される。これをアンジュレータ放射光と呼ぶ。この放射光の波長は、ほぼ光速で走る電子のドップラー効果により、蛇行の周期長が短波長化したものとなる。
※6 レーザー波長間隔の密度変調(レーザーの種)
電子ビーム(多数の電子の集団)にレーザー波長間隔の密度の濃淡(電子の群れ)が形成されると、それらの電子からの放射の位相がそろうようになる。レーザーは、電子の群れを育てた結果として長尺アンジュレータの出口付近から放射される。
※7 SCSS試験加速器
SCSSは、SPring-8 Compact SASE Sourceの略。SASEは自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission)を意味する。SCSS試験加速器とは、XFEL/SPring-8建設の前に、レーザーシステムの性能実証を目的に2005年に建設されたプロトタイプ機。電子ビームエネルギーはXFELの32分の1 (250 MeV)、長さは約10分の1(約65 m)の大きさ。
※8 幅広い波長範囲
XFELは、電子ビームエネルギーを調整して、レーザー波長を幅広く変えることができる。波長はビームエネルギーの2乗に反比例するので、エネルギーを10%下げると約20%レーザー波長が長くなる。レーザー波長の細かい調整は、アンジュレータの磁石列間のギャップを調整し、電子が受ける磁場の強さを変えることで行う。
※9 ビーム診断装置
電子ビームレーザー増幅部の空間分布の情報を、電子ビームの時間方向を垂直軸に掃引する装置と4極電磁石やスリット、スクリーンモニターなどで構成される。レーザー増幅部を切り出し、その部分の空間分布情報を観測することができる。この測定中は、電子ビームを損失するので、レーザーの使用はできない。
※10 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理研の施設で、その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※11 エネルギー回収型線型加速器を利用した放射光光源(ERL)
高エネルギー電子からの放射を利用するXFELでは、電子の持っているエネルギーの一部をレーザーとして取り出し、大部分を廃棄している。電子の加速過程も含めて、投入したエネルギーをほぼすべて利用する光に変換することを目的とした超伝導加速システムに基づく線型加速器型光源をERL(Energy Recovery Linac)と呼ぶ。
※12 電磁石による収束系
電子ビームは真空中を進むと徐々に進行方向に直交する面内で広がっていく。このため、電子ビームを輸送するルートには、磁場によるローレンツ力で電子ビームを収束する電磁石を多数配置した収束系を設置する。光学レンズとは異なり、磁気レンズは水平方向と垂直方向を同時に収束できないため、水平収束レンズと垂直収束レンズを交互に組み合わせ、トータルとして両方向に電子ビームを収束する収束系を用いる。
※13 光学関数
電子ビームが集団として、どのように進行方向と直交する面内(水平面と垂直面)で広がったり縮んだりするかを記述する関数。よく用いられるものとしてTwissパラメータ(Twissはこの関数を提案した研究者の名前)があり、ビームの広がり(ベータトロン関数,β)、ビーム広がりの変化率(アルファ関数,α)、ビームの角度広がり(ガンマ関数,γ)を表す3種類の関数から構成される。今回提案した「加速器模型」もこのTwissパラメータを用いている。
※14 蓄積リング
電子を平均的に一定のエネルギーで周回させる加速器。電子は周回の度に放射によりわずかにエネルギーを失うので、その損失分を加速で補う。良好な真空状態により、長時間安定に多数の電子を周回させることができる特徴を持つ。
※15 計算機シミュレーション
3次元電磁場中での電子ビームの運動を、空間電荷効果やコヒーレントシンクロトロン放射、自発放射、加速空洞内で加速ビームが誘起するウエーク場などを考慮して積分するプログラム。
<問い合わせ先> 企画調整グループ (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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