光の「ゆらぎ」で解明:極端紫外自由電子レーザー光による原子の多段階イオン化(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年09月24日
- SCSS
2010年9月24日
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所
国立大学法人新潟大学
国立大学法人名古屋大学
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
自然科学研究機構分子科学研究所の繁政英治准教授、新潟大学理学部の彦坂泰正准教授、名古屋大学大学院理学研究科の菱川明栄教授の共同研究チームと、理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)が組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部の合同研究グループは、極端紫外領域の高強度自由電子レーザー光をアルゴン原子に照射し、複数個の電子が放出される過程の詳細を明らかにすることに成功した。 1秒間に20回繰り返し照射されるレーザーパルス毎に、放出された全ての電子のエネルギー分析を行い、自由電子レーザー光のゆらぎを精密測定のための手段として利用した。光の強度が高い時にのみ起こる複数の光子の吸収に対応する電子の観測から、多光子を吸収する過程における共鳴状態の重要性を明らかにした。これらの成果は、X線自由電子レーザー光を利用したナノサイエンス・ナノテクノロジーや材料加工において、適切な波長選択による共鳴条件の利用が、成否を決める重要な要素である可能性を示している。本研究成果は、米国物理学会の科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版(9月24日付)に掲載される。 (論文) |
1.研究の背景
第3期科学技術基本計画で国家基幹技術の一つとして指定されたX線自由電子レーザー(XFEL)※1実機の建設に先立って、その要素技術を開発するための試験加速器施設〔SCSS〕※2が、平成17年度に建設されました。SCSSは、波長がX線と紫外線の間にある極端紫外領域の自由電子レーザー光を発生し、その光特性はXFELと類似しています。将来のXFELの利用を念頭に置き、このような新しいレーザー光と物質が相互作用したときに起こる現象の理解を目指した研究が、SCSSで開始されました。
これまでの研究によって、最もシンプルな物質である原子や分子に、SCSSが供給する短波長の自由電子レーザー光を照射すると、極めて高い価数のイオンが生成することがわかってきました。このような現象は、多くの光子※3が原子や分子1個に吸収されていることを示しています。たとえば、ある条件下では1つのキセノン原子から21個の電子が放出されることが報告されていますが、これは少なくとも1原子に57個の光子が吸収されたことに相当します。しかしながら、この複雑な過程を捉えるための適切な観測手法が確立されておらず、特に、自由電子レーザーからの光はパルスごとに波長と強度がゆらぎ、観測結果を鈍らせてしまうため、基礎過程の解明が阻まれてきました。このため、「実際にどのようにして原子や分子が光子を複数個吸収し、それにより多くの電子が放出されるのか」これまで明らかになっていませんでした。
2.研究の成果
今回、我々は、これまで精密な観測の妨げとなってきた「自由電子レーザー光のゆらぎ」を逆手にとって利用し、レーザー光の波長の変化に応じて現象がどのように変わるかを突き止めることに成功しました。これによって、極めて短い波長(58ナノメートル、1ナノメートルは10億分の1メートル)を持つ強いレーザー光を受けた原子が複数個の電子を放出する様子を明らかにすることができました。
原子から放出される電子には大きく分けて、(A)照射するレーザー光の強さに関係なく観測されるものと、(B)強いレーザー光によってのみ観測されるもの、とがあります。タイプAの電子とタイプBの電子は、電子の速さ(運動エネルギー)の違いにより区別することができます。ここでは、飛び出してきたタイプAの電子の運動エネルギーに、レーザーパルスの波長のゆらぎが反映されていることに着目しました。このタイプAの電子と、強い光との相互作用によって生成するタイプBの電子とを、同時に磁気ボトル型光電子分光器により観測しました。磁気ボトル型光電子分光器とは、レーザー光の照射により放出された複数の電子を強い磁場によって捕捉し、その全てを取りこぼすことなく観測することが可能な装置です(図1)。この超高感度な性能を利用して、レーザー光のパルスごとに、アルゴン原子から放出される全ての電子の運動エネルギーを測定することが可能となりました。この測定を、レーザーパルスを原子に照射する度に繰り返し、全ての測定結果をレーザー波長毎に並べ直しました。その結果、レーザーパルスの波長ゆらぎ(0.4ナノメートル程度)を、観測を鈍らせる原因ではなく、レーザー光の波長を掃引する手段として利用することができるようになりました。
この手法を用いて、レーザー光の波長の変化によってアルゴン原子から電子が2つ飛び出す確率が大きく変化することを見出しました。これは、光子の持つエネルギーをちょうど吸収できる状態(共鳴状態※4)が、2つの電子が放出される過程の途中に存在しているためです(図2)。このような共鳴現象の存在を極端紫外領域で明解に示したのは世界で初めてです。
今回観測されたケースでは、レーザー光の波長が共鳴条件となっているときには、レーザー光にさらされた全てのアルゴン原子から少なくとも2つずつの電子がはぎ取られています。レーザー光の波長を共鳴条件から外すと、その2つの電子の放出は極めて抑制されます。つまり、レーザー光の波長の選択により、起こる現象が極端に異なったものとなることを示しています。この発見は、短波長のレーザー光と様々な物質の相互作用において極めて一般的、普遍的なものであると考えられます。
3.今後の展開
今回の研究成果は、原子や分子のような単純な物質系に限らず、あらゆる物質群においても同様であると推測されます。平成23年度から供用開始予定のXFELの利用においても、レーザー光の適切な波長選択による共鳴条件の利用というアプローチが、成果に対して決定的な要素となり得る可能性を示しています。これは、XFELの利用分野の1つとして挙げられているナノサイエンス・ナノテクノロジーや材料加工における有益な情報であり、今回のような基礎的な現象の詳細な解明によって、これらの応用分野の可能性を大きく広げていくことができるものと期待されます。
《参考資料》
《用語解説》
※1 XFEL
X線領域の波長をもつレーザーであり、これを用いることによってさまざまな物質の原子レベルの構造とその極めて高速な動きを捉えることが可能となる。通常のレーザーとは異なり、物質に束縛されていない自由電子を利用する。平成23年度からの供用開始をめざして理化学研究所がJASRIの協力を得て進めている日本のXFEL計画では、世界最先端放射光施設SPring-8からのX線と比較して、10億倍の明るさと1,000分の1のパルス幅を持つX線の発生が予定されている。基礎研究から産業や国民の生活に役立つ応用研究や開発研究において、諸外国に先駆けて革新的な成果の創出が期待されている。
※2 SCSS
SPring-8 Compact SASE Source の略。日本のXFEL計画における試験加速器として、独立行政法人理化学研究所播磨研究所に建設された。XFEL装置の32分の1の加速エネルギーをもち、波長51-61ナノメートルの極端紫外域の自由電子レーザー光を発生。全長60メートル。SASEは自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission)を意味する。 SASE型の自由電子レーザーでは、レーザー波長のゆらぎが本質的に避けられない。この問題を克服するために、外部から別のレーザー光を導入する、SEED型自由電子レーザーの開発が進められている。
※3 光子
電磁波の粒子性としての性質に重点を置く場合の光の呼称。電磁波の周波数をνとすると、プランク定数hを用いてエネルギー素量hνとなる粒子を光子と呼ぶ。通常の光吸収過程においては、光子1個のみが吸収されるが、レーザーのように光子密度の高い電磁波を用いると複数の光子が吸収されることがある。これを多光子吸収と呼ぶ。近年、チタンサファイアレーザーを用いた多光子吸収過程は応用研究が進んでおり、回折限界を超える解像と3次元分解能を得るための技術として、顕微鏡やナノ加工などに盛んに利用されている。
※4 共鳴状態
ある状態の電子が光吸収によりエネルギーの高い別の状態に移る際、ちょうど2つの状態間のエネルギー差に相当する光子エネルギーを持つ電磁波が選択的に強く吸収される。このような強い光吸収が起こる時の電子状態の変化を共鳴励起と呼び、生成したエネルギーの高い状態を共鳴(励起)状態という。電磁波のエネルギーが、共鳴励起のエネルギーから外れると光吸収は急激に弱くなる。
(問い合わせ先) 彦坂 泰正(ひこさか やすまさ) 菱川 明栄(ひしかわ あきよし) 永園 充(ながその みつる) 大橋 治彦(おおはし はるひこ) (報道担当) (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 光の「ゆらぎ」で解明:極端紫外自由電子レーザー光による原子の多段階イオン化(プレスリリース)