“有機ゲル化”の自己組織化のシナリオを分子レベルで解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2010年09月29日
- BL03XU(フロンティアソフトマター開発産学連合)
- BL40B2(構造生物学II)
平成22年9月29日
公立大学法人 北九州市立大学
財団法人 高輝度光科学研究センター
公立大学法人 北九州市立大学と財団法人 高輝度光科学研究センターは、有機ゲル化剤が溶剤をゲル化している状態の分子構造を大型放射光施設SPring-8の高輝度な放射光を用いて明らかにした。有機ゲル化剤(低分子化合物)は、わずか1%程度を溶剤に溶かすだけで、溶剤全体をゲル化させることが可能な材料である。これを原油の固化に応用すれば、海上での原油流出による環境汚染防止が期待されており、今回の成果は、原油を固化する有機ゲル化剤の開発(分子設計)に大きく貢献するものである。 (事業の概要) |
《研究の背景》
生物の世界を分子レベルで眺めると、いくつもの分子が組み合わさって規則正しい構造や機能的な役割を担っていることがわかる。またこれらの分子の集団どうしが複雑な相互作用を介して協同的に働いて生体機能を維持している。ひとつひとつの分子を形成している化学結合は共有結合である。共有結合は化学の分野では中心的な研究対象である。しかし、生物の機能にかかわっている部分ではその役割は一部である。生体分子の規則正しい集合体や高次な機能は、共有結合以外の弱い結合力がいくつか複合的に作用することで実現されている。このような弱い結合力の協同的な現象を対象として研究しているのが超分子化学である。超分子化学が対象とする物質は低分子や高分子であるが、対象とする現象はそれらが集まった集合体が示す性質であり、大きさで言えば数十ナノメートルから1ミクロン弱におよぶ。その構造は、低分子の結晶構造のように決められた規則正しい構造をもっているわけでなく、階層的でありかつ時間的にも空間的にもゆらいでいる。超分子化学の分野は有機合成学者が先導的に研究を進めてきたが、彼らが分子設計の段階で想像している構造を実際に観測している例は限られている。このような系の構造解析を行うには、強力なX線を有する放射光を用いた小角散乱法が有力な手段である。
超分子化学の重要な研究分野の一つに、有機ゲル化剤がある。これは、たかだか1%程度の低分子化合物を有機溶剤に溶かすだけで、有機溶剤全体をゲル化させる材料である。身近なところでは、古くなった食用油を固化させる薬剤として知られている。注目されている応用分野は、原油の固化である。メキシコ湾での原油流出事故などに代表されるように、海洋への原油の流出は重大な環境汚染を引き起こす。原油を通常は有機ゲル化剤で固形化して保存し、万が一タンカーの事故などが起きても、流出が起きないようにする。原油をパイプなどで流すときは適当な刺激を加えて瞬時に流体にする。このようなことが実現できれば、環境を守るグリーンケミストリーとして大変有用である。このような材料の開発には、低コストで添加量が低くてもオイルをゲル化し、かつ外部刺激によって容易に粘度の低い流体に変化する材料が必要である。このためには、基礎研究の蓄積により、ゲル化のメカニズムを解明し、分子設計を進めていく必要がある。
《研究内容と成果》
本研究は、このような有機ゲル化剤がどのようにして溶剤をゲル化するかを、分子の一つ一つの積み重なりから、それが自己集合して形成される棒状の集合体、その集合体が集まって網目を形成している状態からなる階層的構造を大型放射光施設SPring-8※1の構造生物学 II ビームラインBL40B2のSAXS※2測定とWAXS※3測定を用いて解明したものである。分子は、0.32nmの間隔で積み重なり、らせん構造を取っており、棒の柔軟性を示すセグメント長※4が55nmと長く、これは集合体が棒状のように振舞っていることを示しており、それが絡み合ってゲルを形成していることを明らかにした(図1)。今回の実験は、SPring-8の高輝度な放射光と、高輝度光科学研究センターの増永研究員及び北九州市立大学の櫻井教授らの研究グループが共同で開発した測定ノイズを小さく抑制できる真空チェンバー(密閉された試料を真空中に置き、放射光X線を照射して測定できるようにした真空容器)を用いなければ得られない知見である。有機ゲル化剤について、0.1ナノメール程度の原子レベルのミクロから千ナノまで大きさに渡る階層的な構造を精密に解析したことは、きわめて新規性が高い。これより、Nature社から出版されている高分子の専門誌Polymer Journalの10月号の表紙を飾ることになった(図2)。
《今後の展開》
今回の成果は、海上での原油流出事故が起こった際の環境汚染防止策として大きな期待が寄せられている有機ゲル化剤が溶剤全体をゲル化させている状態の分子構造を解明したものである。今回の成果を礎として、今後さらなる基礎研究の蓄積により、原油の固形化・流体化の制御が可能な有機ゲル化剤が開発され、原油流出事故による海上汚染の心配がない安全・安心な社会が実現することを期待する。
この4月からSPring-8で稼働している、フロンティアソフトマター専用ビームライン産学連合体※5の専用ビームラインBL03XUでは、このようなソフトマテリアルの研究を行っている。北九大の櫻井教授は産学連合体の運営委員会の委員長であり、共同研究者の増永はそのビームライン担当者である。今回の研究では静的な測定しかできなかったが、ソフトマテリアル専用ビームラインとしては世界最高の性能を誇るBL03XUのアンジュレーター※6光源から生み出されるより高輝度の光を用いれば、有機ゲル化剤の動的な性質が明らかになると期待している。
《参考資料》
《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが管理運営を行っている。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2 SAXS(small angle X-ray scattering:小角X線散乱)
X線を物質に照射して散乱する X線のうち、散乱角が小さいもの(通常は数度以下)を測定することにより、物質の構造情報を得る手法。SAXSは、高分子のミクロ相分離構造、微粒子や液晶、合金の内部構造といった数ナノメートル(nm)から数百ナノメートルレベルでの規則構造の分析が行える。
※3 WAXS(wide angle X-ray scattering:広角X線散乱)
X線を物質に照射して散乱する X線のうち、散乱角が大きいもの(通常は10度以上)を測定することにより、結晶中の原子配列のようなオングストローム(1オングストローム(Å)= 0.1ナノメートル(nm))オーダーの分析が行える。
※4 セグメント長
硬い棒と柔軟な接続部で形成される構造のように振舞うと考えた時、セグメント長とは硬い棒の長さに相当する。
※5 フロンティアソフトマター専用ビームライン産学連合体
フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体は、19企業体(関連の研究所・事業所等を含む)と大学・財団法人・独立行政法人等の研究者で構成されており、SPring-8の専用ビームラインBL03XUを運営している。詳しい情報は産学連合体ホームページをご覧下さい。http://fsbl.spring8.or.jp/index.html
※6 アンジュレーター
NとSの磁極を交互に反転させた永久磁石列を上下に並べた光源装置で、その中を電子ビームを蛇行させることで放射光を発生させることができる。
(問い合わせ先) (研究に関すること) (SPring-8に関すること) |
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