受容体と結合した麻疹ウイルスの構造を世界で初めて解明-抗ウイルス薬の開発やウイルスの細胞侵入機構の解明につながる-(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年01月10日
- BL41XU(構造生物学I)
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2011年1月10日
九州大学
九州大学大学院医学研究院ウイルス学分野 柳 雄介 教授の研究グループは、北海道大学大学院薬学研究院 前仲 勝実 教授のグループとの共同研究で、麻疹ウイルスが細胞に侵入する際に重要な役割をするHタンパク質と細胞上に存在する受容体SLAMの複合体を結晶化し、X線を用いて立体構造を明らかにしました。この成果は、膜融合によるウイルスの細胞侵入機構の解明に加え、抗麻疹ウイルス薬の開発につながる重要な情報を提供します。 本研究は、平成23年1月10日(月)午前3時(日本時間)公開の米国科学誌Nature Structural & Molecular Biology (ネイチャー構造・分子生物学)オンライン版で発表されます。 (論文) |
■背 景
麻疹(はしか)は、未だに世界中で年間数千万人の患者と数十万人の死者を出している重要なウイルス感染症です。また、頻度は少ない(感染者の数万人に1人)ですが、合併症として亜急性硬化性全脳炎(SSPE)とよばれる難病を起こすことが知られています。わが国は先進国の中でも例外的に麻疹患者が多いため、政府はワクチン接種の推進により、2012年までに麻疹を排除することを目指しています。最近、麻疹ウイルスは病原体としてだけでなく、がん細胞に特異的に感染するよう改変することにより、がん治療への応用が試みられ、注目を集めています。柳教授の研究グループは、麻疹ウイルスが免疫細胞の表面に存在するSLAMと呼ばれる分子を受容体として細胞に感染することを、2000年に明らかにしました。また、2007年には受容体と結合する麻疹ウイルスHタンパク質の構造を明らかにしました。
■内 容
麻疹ウイルスのHタンパク質は、受容体と結合することにより、ウイルスの細胞侵入に重要な働きをする一方、宿主の免疫応答で作られる抗体の主要な標的となる分子でもあります。今回、柳教授の研究グループは、受容体SLAMと結合した状態のHタンパク質を大量に精製した後、結晶化し、大型放射光施設SPring-8のBL41XUおよびBL44XUなどのX線を用いてその3次元構造を明らかにすることに成功しました。
Hタンパク質は、6つの羽根を持つプロペラ状の構造をしており、その特定の部分でSLAMと結合していました。また、Hタンパク質上でSLAMと結合している領域、すなわちウイルスが細胞に感染するために重要な領域の周辺が、抗体の標的にもなっていることが分かりました。そのため、麻疹ウイルスは抗体から逃れるような変異を起こすことができない(そこに変異が起こると細胞に感染できなくなり、ウイルスは生存できない)ので、インフルエンザウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV)と違って、ワクチンが非常に有効であると考えられます。
さらに、今回の研究で、Hタンパク質は2種類の四量体(4個の同一分子が集合したもの)構造をとることが明らかになりました。麻疹ウイルスはパラミクソウイルスというグループに含まれますが、このグループのウイルスがどのようにして膜融合を起こして細胞に侵入するかは長い間不明でした。柳教授らの研究から、ウイルスが受容体に結合することにより、Hタンパク質の四量体構造に変化が起こることが膜融合の引き金になることが強く示唆されました。
■効果と今後の展開
麻疹には有効なワクチンは存在しますが、抗ウイルス薬はまだ開発されていません。また、難病であるSSPEには有効な治療法がありません。Hタンパク質と受容体SLAMの複合体の構造が解明されたことにより、受容体との結合を標的とした抗ウイルス薬の設計が可能となりました。また、麻疹ウイルスを含むパラミクソウイルスの膜融合機構の解明は、ウイルスの細胞侵入の理解だけでなく、これらパラミクソウイルスに対する抗ウイルス薬開発への重要な情報を提供すると考えられます。柳教授のグループは、麻疹ウイルスによる膜融合と細胞侵入機構について、さらに詳細な研究を続ける予定です。
《参考資料》
《問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) |
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