ポリマー型電池材料の丈夫さの起源を解明!-新しい電池材料への期待 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年02月03日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2011年2月3日
財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 筑波大学
国立大学法人 島根大学
高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長 白川哲久)、理化学研究所(理事長 野依良治)、筑波大学(学長 山田信博)、島根大学(学長 山本廣基)は、大型放射光施設SPring-8※1の高輝度Ⅹ線を用いて、世界で初めて「ポリマー型リチウムイオン電池」材料(正電極)のネットワーク構造が、リチウムイオンの出し入れによって変化しにくい理由を明らかにしました。 本研究は、筑波大学の守友 浩 教授(JASRI 外来研究員)、JASRIの金 廷恩 副主幹研究員、理化学研究所の加藤健一 研究員、高田昌樹 主任研究員、島根大学の田中宏志 准教授による成果で、応用物理学会が発行する雑誌「Applied Physics Express」のオンライン版に2月3日に公開されます。 (論文) |
1.研究の背景
リチウムイオン電池は、コンピューターや携帯端末の電源だけでなく、電気自動車の電源として応用が期待されています。この意味で、次世代の産業を担い、私たちの生活になくてはならない技術です。リチウムイオン電池材料の研究開発の主流は酸化物系材料で、現在、LiCoO2が実用化されています。LiCoO2は、1グラム当たり140ミリアンペア時の電気量を蓄えることができます。
他方、ポリマー型リチウムイオン電池材料(正電極)として最も有望なのは、プルシャンブルー類似体です。この材料では、遷移金属(鉄、マンガン、コバルト等)が炭素と窒素で結ばれてポリマーを形成しています。このポリマーがジャングルジムのようなネットワーク構造(図1)を形成するため、ネットワークの空隙にリチウムイオンを収容することができます。1999年に、鉄とマンガンを組み合わせたプルシャンブルー類似体において、実用材料に匹敵する、1グラムあたり140ミリアンペア時の電気量を蓄えることが報告されました。しかしながら、プルシャンブルー類似体は試料組成が不定比であり、また、その詳細な構造が分からなかったため、ほとんど研究されてきませんでした。本研究グループは、このポリマー型リチウムイオン電池材料に着目し、これまで系統的な研究を進めてきました。
2.研究内容と成果
本研究で測定した試料は、鉄とコバルトを組み合わせたプルシャンブルー類似体K0.34Co[Fe(CN)6]0.75・3.6H2Oです。この化合物の特徴は、温度低下に伴い、鉄イオンとコバルトイオンの価数が入れ替わることです。室温(27℃)ではコバルトイオンは2価、鉄イオンは3価で、低温(-183℃)ではコバルトイオンは3価、鉄イオンは2価になります。3価鉄イオンが充電状態(リチウムイオンがポリマーの空隙から出た状態)に対応し、2価が放電状態(リチウムイオンがポリマーの空隙に入った状態)に対応します(図2参照)。
本研究グループは、プルシャンブルー類似体の構造的特徴に迫るため、SPring-8の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)で得られた同試料の室温状態と低温状態での実験データを詳しく解析して、この材料の充電状態と放電状態にそれぞれに対応する電子密度分布※3を明らかにしました。図3に、一例として、電子の濃さが0.7e/Å3(百京分の1立方センチメートルあたり0.7個の電子がいる状態)である面を示します。図中の色は、内側の原子の有効電荷※4に対応します。これをみると、27℃では三価の鉄イオンとその周りの炭素の有効電荷が近いことがわかります。これは、炭素の電子が鉄イオンに移動して、両者の有効電荷が近づいたことを意味します。また、-183℃のデータを見ると、二価の鉄イオンとその周りの炭素の有効電荷が近いことがわかります。これは、鉄イオンに加えられた電子が炭素に移動して、両者の有効電荷が近づいたことを意味します。これ解析結果から、充電と放電に対応する双方の状態で、結合に関与する電子がネットワークを構成する鉄イオンやコバルトイオンと炭素などの面を行き交い、ポリマー中に広がっていることが明らかになりました。この広がった電子が木造建築の『筋違(すじかい)』の役割を担い、このポリマー型リチウムイオン電池材料のジャングルジム構造をリチウムイオンの出入りに対して堅固なものにします(図4参照)。
3.今後の展開
本研究で、ポリマー型リチウムイオン電池材料のネットワーク構造が、リチウムイオンの出入りに対して丈夫である理由が明らかになりました。本研究グループでは、今後、この知見を活かしたポリマー型リチウムイオン電池材料の設計・開発を行い、蓄電量や耐久性の高いポリマー型リチウムイオン電池の実現を目指します。
ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費補助金基盤研究(A)「シアノ架橋金属錯体界面を通じた物質移動と電場誘起機能性」(研究代表者:守友 浩)(21244052)の研究テーマの成果であり、SPring-8の利用研究課題として行われました。
4.掲載論文
題名:Extended d-Electron State of Fe(CN)6 Units in Prussian Blue Analogue
日本語訳:プルシャンブルー類似体のFe(CN)6における広がったd電子状態
著者:Jungeun Kim, Hiroshi Tanaka, Kenichi Kato, Masaki Takata, Yutaka Moritomo
ジャーナル名: Applied Physics Express
発行日:平成23年2月3日
《参考資料》
赤丸と青丸は遷移金属、棒はシアノ基を示す。
赤丸と青丸は遷移金属、大きな丸はリチウムイオンを示す。
(10-24立方センチメートルあたり0.7個の電子がいる状態)である面。
色は、その内側の原子の有効電荷に対応する。
《用語解説》
※1 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
※2 酸化物系電池材料
実用化されているのはLiCoO2であり、1グラムあたり140ミリアンペア時の電気量を蓄えることができる。コバルトは高価であるため、ニッケルやマンガンをベースとした酸化物材料の開発が進められている。
※3 電子密度分布
固体中の電子の濃さの分布。原子の周りは電子の濃度が高く、原子がいない空間は電子の濃度は低い。
※4 有効電荷
原子のもつ実効的な電荷。原子から電子が離れると、原子は正の電荷をもつ。逆に、原子に電子が加わると、原子は負の電荷をもつ。
《問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) |
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