大型放射光施設 SPring-8

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高温超伝導を引き起こす電子状態の可視化に初めて成功-「高温超伝導体の仕組み」の解明に指針-(プレスリリース)

公開日
2011年04月29日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)

2011年4月29日
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東北大学
独立行政法人 日本原子力研究開発機構

 

 高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、理事長 白川哲久)、東北大学(総長 井上明久)、日本原子力研究開発機構(理事長 鈴木篤之)は、大型放射光施設SPring-8※1の高輝度・高エネルギー放射光X線を用いて、銅酸化物高温超伝導体において高温超伝導を引き起こす電子状態の可視化に世界で初めて成功しました。

 超伝導は、物質を冷やしたときにある温度(超伝導転移温度)で電気抵抗がなくなる自然現象です。銅酸化物高温超伝導体の発見以前、最も高い超伝導転移温度を有する超伝導体は金属元素を主成分とする合金系超伝導体のNb3Ge(超伝導転移温度:23K(ケルビン)※2)でした。

 銅酸化物高温超伝導体は、電流を通さない絶縁体である銅酸化物から一部の電子を取り去った物質として1986年に発見され、従来の合金系超伝導体より高い超伝導転移温度を示すため高温超伝導体と呼ばれています。現在の最高超伝導転移温度は135K(ケルビン)ですが、より高い温度で超伝導になる新物質(最終的には室温で超伝導になる室温超伝導体)の開発により、MRIなどの医療機器の高性能化、次世代リニアモーターカーや大電力貯蔵といった技術の実用化につながります。しかし、銅酸化物高温超伝導体には、取り去った電子の量に対する超伝導転移温度の変化の様子など未解決な物理が多数あり、「高温超伝導の仕組み」はまだ分かっていません。

 今回、本研究グループは、SPring-8の高輝度・高エネルギーX線を用いた「高分解能コンプトン散乱※3」と呼ばれる測定手法により、高温超伝導において重要な役割を果たす“電子を取り去った後にできた孔(ホール※4)”の運動量分布※5を可視化することに世界で初めて成功しました。本研究の成果は、室温超伝導体の材料設計において不可欠な「高温超伝導の仕組み」を解明するうえで、ひとつの試金石になると期待されます。

 今回の研究成果は、JASRIの櫻井吉晴 副主席研究員、伊藤真義 副主幹研究員、東北大学の山田和芳 教授、藤田全基 准教授、日本原子力研究開発機構の脇本秀一 副主任研究員をはじめ、ノースイースタン大学、パリ中央学院など海外の4大学との共同研究によるもので、2011年4月28日(米国東部時間)に米国科学誌 Science のオンライン版 Science Express に掲載されます。

(論文)
"Imaging Doped Holes in a Cuprate Superconductor with High-Resolution Compton Scattering"
(日本語訳:高分解能コンプトン測定による銅酸化物高温超伝導体のドープしたホールのイメージング)
Y. Sakurai, M. Itou, B. Barbiellini, P.E. Mijnarends, R.S. Markiewicz, S. Kaprzyk, J.-M. Gillet, S. Wakimoto, M. Fujita, S. Basak, Yung Jui Wang, W. Al-Sawai, H. Lin, A. Bansil and K. Yamada
Science 332, 698-702 (2011), published online 28 April 2011

1.研究の背景
 超伝導は謎に満ちた自然現象のひとつで、物質を冷やしたときにある温度(超伝導転移温度)で電気抵抗が消失する現象として知られています。1986年に発見された銅酸化物高温超伝導体は約30K(ケルビン)とそれまで合金系超伝導体の23Kを大きく超える超伝導転移温度を示し、その後の発展により、135Kの超伝導転移温度を示す銅酸化物高温超伝導体が見つかっています。合金系超伝導体の場合、その超伝導機構は自由に動ける電子と格子振動の相互作用を基礎にしたBCS理論※6でうまく説明されています。しかし、この従来のBCS理論では100Kを超える超伝導転移温度を説明することは難しいとされ、銅酸化物高温超伝導体は合金系超伝導体とは異なる機構で超伝導になると考えられています。

 銅酸化物高温超伝導体は、絶縁体の銅酸化物に電子あるいはホールを適量ドープ※7した物質として発見されています。ホール・ドープの場合、ホールは超伝導体を構成する酸素の2p軌道に入ることが知られており、この酸素の2p軌道に入ったホールが高温超伝導を引き起こすと考えられています。したがって、銅酸化物の高温超伝導機構を研究するうえで、このドープしたホールの状態を観測することが大変重要になります。本研究では、高分解能コンプトン散乱により、ホールの状態を運動量分布として可視化することに世界で初めて成功しました。

2.研究内容と成果
 今回測定した銅酸化物高温超伝導体はLa2-xSrxCuO4(LSCO)です。図1にLSCOの結晶構造を示します。Srを含有しないx=0のLa2CuO4は絶縁体です。La原子をSr原子で置き換えると同じ量だけホールが銅酸化物にドープされ、最適ドープ量のx=0.15で37Kの転移温度をもつ超伝導体になります。図2に示したように、ホール・ドープ量(x)と超伝導転移温度の関係はドーム状の形をし、ドームの頂点位置(x=0.15)を境にして、x<0.15の領域をアンダー・ドープ領域、x>0.15の領域をオーバー・ドープ領域と呼びます。

 高分解能コンプトン散乱測定は大型放射光施設SPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)に設置された高分解能コンプトン散乱X線測定装置を用いて行われました。入射X線として115 keVの高エネルギーX線を用いていますので、試料表面の影響を受けることなく、試料内部の電子状態を観測することが可能です。他の放射光施設では115keVもの高エネルギーのX線を発生させることは難しく、今回の実験はSPring-8を用いることではじめて実現したものと言えます。LSCO(x=0.0, 0.08, 0.15, 0.30)のそれぞれの単結晶試料について測定を行い、電子運動量分布を求めました。ホールのドープ量(x)の異なる2つの電子運動量分布の差をとることにより、ホール状態、すなわち、ホールの運動量分布を求めました。この実験は高品質の単結晶試料の作成と高精度のコンプトン散乱測定により可能になりました。

 図3にアンダー・ドープ領域とオーバー・ドープ領域におけるホール状態(ホールの運動量分布)を示します。アンダー・ドープ領域とオーバー・ドープ領域で明らかにホール状態が異なっています。理論計算との比較から、アンダー・ドープ領域ではホールは酸素の2p軌道に入り、オーバー・ドープ領域になると銅の3d軌道にも入るようになることがわかりました(図4参照)。このホールが入る軌道の変化がドーム状をした超伝導転移温度のホール・ドープ量依存性を作り出していると考えられます。

3.今後の展開
 銅酸化物の高温超伝導機構は物理学における未解決の問題として残っています。今回の結果は、高温超伝導の理論モデルの検証に有用な実験データを提供し、銅酸化物の高温超伝導機構の解明に貢献できるものと期待されます。また、超伝導は応用面でも重要で、強磁場を必要とする医療機器(MRI)などに超伝導技術がすでに数多く使われています。さらに超伝導を利用した、リニアモーターカーや、大電力貯蔵などの実用化に向けての開発研究が行われています。現状では、超伝導を得るために低温に冷やす必要がありますが、将来、室温超伝導体が発見あるいは開発されたならば、室温超伝導ケーブルを通して直流の大電流を送電ロスなく送電することができるようになります。

4.掲載論文
ジャーナル名: Science
題名:Imaging Doped Holes in a Cuprate Superconductor with High-Resolution Compton Scattering
日本語訳:高分解能コンプトン測定による銅酸化物高温超伝導体のドープしたホールのイメージング
著者:Y. Sakurai, M. Itou, B. Barbiellini, P.E. Mijnarends, R.S. Markiewicz, S. Kaprzyk, J.-M. Gillet, S. Wakimoto, M. Fujita, S. Basak, Yung Jui Wang, W. Al-Sawai, H. Lin, A. Bansil and K. Yamada


《参考資料》

図1 銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4の結晶構造とコンプトン散乱測定をした結晶
方位
図1 銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4の結晶構造とコンプトン散乱測定をした結晶方位


図2 銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4の相図
図2 銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4の相図(横軸:Sr濃度(ホール・ドープ量);縦軸:温度)

この高温超伝導体には最適なホール・ドープ量が存在し、そのドープ量(x=0.15)までは超伝導が起こる温度(超伝導転移温度)が上昇し続けますが、それ以上のドープは逆効果となり、超伝導転移温度が減少してしまいます。このドーム形状をした超伝導転移温度変化は銅酸化物高温超伝導体の謎のひとつと言われています。


図3 ホールの運動量分布(実験結果)
図3 ホールの運動量分布(実験結果)

アンダー・ドープ領域とオーバー・ドープ領域で大きく異なることがわかります。この実験事実はそれぞれの領域でドープされたホールの状態が異なっていることを示しています。赤色、黄色の部分にホールが多数存在していることを表しています。


図4 電子占有数密度
図4 電子占有数密度

酸素の2p軌道と銅の3d軌道。銅の3d軌道は(x2-y2)と(z2)の2種類があります。本実験の結果は、アンダー・ドープ領域ではホールは酸素の2p軌道に入りますが、オーバー・ドープ領域では銅の3d軌道に入る、ことを示しています。


《用語解説》
1)大型放射光施設SPring-8

 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

2)K(ケルビン)
 物質を冷やすことができる最下限の温度が絶対零度です。この絶対零度を0とした温度目盛りを絶対温度とよび、ケルビン(K)を単位として用います。すなわち、絶対零度は0ケルビン(K)で、使い慣れたセルシウス温度で表すと-273.15℃になります。ちなみに、0℃は絶対温度で273.15Kになります。

3)コンプトン散乱
 光(X線)は粒子としての性質を持ち、光子とも呼びます。X線光子と電子がビリヤードの球のように衝突したときに、光子は電子によって散乱され、電子も弾き飛ばされてしまいます。衝突後の光子のエネルギーは衝突前に比べて低くなって観測されます。このような散乱現象をコンプトン散乱と呼びます。多くの教科書的な書物において、コンプトン散乱は 静止した電子 と X線光子 との弾性衝突として説明されていますが、現実の物質中の電子は常に運動しています。そのため、コンプトン散乱されたX線光子は、電子の運動量を反映して(ドップラー効果)、エネルギー分布を示します。エネルギーに対するX線の散乱強度を測定したものをコンプトン・プロファイルと呼び、これが物質中の電子の運動量を反映していることを利用して、物質の電子状態が調べられています。

4)ホール
 電子が詰まっている状態から一部の電子を取り去った状態を粒子のようなものと見なしてホールと呼びます。負電荷の電子を取り去ったところにできるホールは正電荷をもつ仮想的な粒子なので、正孔とも呼ばれます。今回研究した La2-xSrxCuO4(LSCO)のうち、La2CuO4は、酸素の2p軌道が電子で完全に詰まっているため電子は動くことがでず、電流を通さない絶縁体です。La原子は3個、Sr原子は2個の電子を化学結合に提供するので、1個のLa原子を1個のSr原子で置き換えることは、電子1個分だけ取り去ること、すなわち1個のホールを添加することになります。すなわちLaをSrで置き換えると、酸素の2p軌道に孔ができて電子が動けるようになり、電気を通すようになります。この状態で冷却すると超伝導になります。

5)運動量分布
 [運動量]=[質量]×[速度]なので、運動量分布は速度分布と同じです。

6)BCS理論
 超伝導現象を微視的に解明した理論です。提唱者3名の頭文字、Bardeen、Cooper、SchriefferをとってBCS理論と呼ばれています。

7)ホールをドープする
 ホールを結晶中に添加することです。



《問い合わせ先》
 櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
  (財)高輝度光科学研究センター
  利用研究促進部門 副主席研究員
   TEL:0791-58-0802 FAX:0791-58-0830
   E-mail:mail

 山田 和芳(ヤマダ カズヨシ)
  東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授
   TEL:022-215-2035
   E-mail:mail

《報道担当》
  東北大学金属材料研究所 総務課庶務係 主任
  小玉 亨(コダマ トオル)
   TEL:022-215-2181
   E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp