温度を下げると膨張する現象(負の熱膨張)を鉄の化合物で実証 − 鉄の性質に新たな一面:精密部品開発などの応用へも期待 − (プレスリリース)
- 公開日
- 2011年05月27日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
平成23年5月27日
科学技術振興機構(JST)
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
理化学研究所
JST課題解決型基礎研究の一環として、愛媛大学 大学院理工学研究科の山田 幾也 助教らの研究グループは、鉄の化合物で温度を下げると膨張する現象を観測することに成功しました。 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 (論文) |
研究の背景と経緯
平成20年2月、東京工業大学の細野 秀雄 教授らの研究グループによって発表された「鉄系高温超伝導の発見」は、新たな高温超伝導フィーバーを巻き起こしただけでなく、磁性元素の典型とされてきた“鉄”の新たな一面を指し示すこととなりました。平成20年10月よりJSTの「新規材料による高温超伝導基盤技術」に採択された山田助教は、通常の固相反応では得られない結晶構造を生み出すための「超高圧合成法」を駆使することによって、新たな超伝導物質・新たな機能を有する物質の探索に関する研究を開始しました。
山田助教の主な研究対象である「遷移金属化合物」は、超伝導や強誘電性、強磁性など、主要構成元素である遷移金属の特徴などに応じた多彩な性質を持つことが長年知られています。その中で近年は、「負の熱膨張」という現象にも注目が集まっています。
近年の高度に緻密化された精密機械・材料にとって、温度変化に対して伸縮する性質である熱膨張を制御することは、非常に重要な課題となっています。熱膨張は、材料の破壊の原因となるため、長寿命で安定した動作をする精密部品を開発するには、幅広い温度範囲において熱膨張が起こらないゼロ熱膨張の材料が不可欠です。通常の熱膨張を示す物質と、負の熱膨張を示す物質を組み合わせることで、熱膨張をほぼゼロに抑えることができると期待されますが、大きな負の熱膨張を示す物質は限られていることが、開発を行う上での課題となっていました。
研究の内容
本研究では、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターに設置された最先端の超高圧高温発生装置を用い、新しい鉄の酸化物SrCu3Fe4O12の合成に成功しました。この物質は、ストロンチウム(Sr)、銅(Cu)、鉄(Fe)に、それぞれ12個、4個、6個の酸素(O)が結合した結晶構造を持ちます(図2)。このうち、鉄は通常のイオン価数(2価または3価)よりも高い価数(4価、Fe4+)を持ち、異常高原子価注7)と呼ばれる状態にあります。大型放射光施設SPring-8の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)を利用して、結晶構造を粉末X線回折測定で精密に調べたところ、以下のことが分かりました。
①大きな負の熱膨張率
約0℃から約-100℃の広い温度範囲において、負の熱膨張を示します。また、線膨張係数注8)が最大で-2.26×10-5/℃(図3)となりました。これは理化学研究所らの研究グループがこれまでに報告した、負の熱膨張物質・逆ペロブスカイト型マンガン窒化物が示す最大値(-2.5×10-5/℃)に匹敵します。
②金属と酸素のオーバーボンディング状態注9)
ストロンチウムに対して酸素が通常よりも接近しているオーバーボンディング状態にあります。このことは、酸素がストロンチウムを圧迫して不安定な状態であることを示しており、何らかの作用によってこの状態を解消することが期待されます。
③電子移動による結晶の膨張
負の熱膨張が起こる温度範囲において、銅から鉄へ次第に電子の移動が起こります。鉄の価数が下がることで、鉄と酸素の距離が大きくなり、結晶全体の体積が増加します。このことは、銅-鉄間の電子移動による結晶体積の増加が、ストロンチウムのオーバーボンディング状態を解消するために、有効に働いていることを示しています。このようなメカニズムで巨大な負の熱膨張が起こることを報告したのは、本研究が初めてです。
今後の展開
今回、新しい負の熱膨張のメカニズムの存在が明らかにされたことで、新しい原理に基づくゼロ熱膨張材料開発の可能性が広がることが期待されます。また、超高圧高温条件を用いる超高圧合成法は、これまでに知られていない革新的な機能を持った新物質の発見に役立つことが期待されます。
付記
本研究は、東京大学物性研究所の大串 研也 特任講師、京都大学 大学院人間環境学研究科の林 直顕 助教、高輝度光科学研究センター(JASRI)の金 廷恩 博士と辻 成希 博士、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの入舩 徹男 教授、理化学研究所の加藤 健一 博士と高田 昌樹 博士、京都大学物質-細胞統合システム拠点の髙野 幹夫 教授らと共同で行われました。
《参考資料》
Srを緑、Cuを赤、Feを茶、Oを青の球で表している。
室温の体積を基準(=1)としている。
《用語解説》
注1) 熱膨張(正の熱膨張)
通常の物質は、温度を上げると膨張し、温度を下げると収縮します。この性質は熱膨張と呼ばれ、単位温度あたりに膨張する割合(熱膨張率)が正である物質がほとんどです。
注2) 負の熱膨張
一部の物質は、温度を上げると収縮し、温度を下げると膨張する性質を示します。この性質は、熱膨張率が負となることから、負の熱膨張と呼ばれており、温度に対して収縮も膨張もしないゼロ熱膨張(注3参照)の材料を開発する上で非常に重要なものです。
注3) ゼロ熱膨張
温度を変化させても伸び縮みしない性質のこと。正の熱膨張を示す物質と負の熱膨張を示す物質を組み合わせることで、ゼロ熱膨張の物質が得られると期待されます。
注4) 超高圧合成法
数万気圧以上の圧力条件で物質を合成する方法は、一般に高圧合成法または超高圧合成法と呼ばれ、大気圧条件では合成できない物質を得ることができます。本研究では通常の高圧合成法(10万気圧程度が上限)で用いられるよりも、さらに高い圧力である15万気圧を用いることで、新物質の合成に成功しました。
注5) 複合ペロブスカイト
金属酸化物では一般的な結晶構造のペロブスカイト(一般式:ABO3)において、通常は単一の金属が占めているAサイトまたはBサイトと呼ばれる位置が、複数種の金属で占められた構造。SrCu3Fe4O12は、AサイトがSrとCuの2種類の金属によって占められています。
注6) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理を高輝度光科学研究センターが行っています。「SPring-8」の名前は、Super Photon ring-8Gevに由来します。放射光は、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
注7) 異常高原子価
金属イオンが、通常よりも高い酸化数(価数)の状態にある場合、異常高原子価と呼ばれます。鉄とコバルトの4価(Fe4+、Co4+)、銅の3価(Cu3+)などが該当し、通常価数のイオンとは違う異常な振る舞いをします。
注8) 線膨張係数
材料を温度変化させた時に材料の一辺の長さがどの程度変化するかを表したもの。この値が正であれば正の熱膨張を、負であれば負の熱膨張を、ゼロであればゼロ熱膨張を表します。
注9) オーバーボンディング状態
結晶において、ある価数の金属イオンと酸素は、一定の距離で結合しています。結晶構造の歪みなどによって、その結合距離が通常よりも短くなる場合は、両者が強く結合している状態にあると見なされ、オーバーボンディング状態と呼ばれます。
《問い合わせ先》 (JSTの事業に関すること) (SPring-8に関すること) |
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