温めると縮む新材料を発見 - 既存材料の3倍収縮、精密機器の位置決めに威力 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年06月15日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL39XU(磁性材料)
2011年6月15日
東京工業大学
京都大学
(財)高輝度光科学研究センター
(独)日本原子力研究開発機構
京都大学化学研究所の東 正樹准教授(現東京工業大学応用セラミックス研究所教授)、島川 祐一教授、高輝度光科学研究センターの水牧 仁一朗副主幹研究員、日本原子力研究開発機構の綿貫 徹研究副主幹らの研究グループは、室温付近で既存材料の3倍以上の大きさの「負の熱膨張※1」を示す酸化物材料を発見した。添加元素の量を変化させることで負の熱膨張が現れる温度域を制御できることも分かった。 負の熱膨張材料は光通信や半導体製造装置など、精密な位置決めが求められる局面で、構造材の熱膨張を補償(キャンセル)するのに使われる。この新材料を樹脂中に少量分散させることにより、加工性に富み、温度が変わっても伸び縮みしない「ゼロ熱膨張材料※2」の製作につながると期待される。 この研究は東教授、島川教授、水牧副主幹研究員、綿貫研究副主幹のほか、東京大学、広島大学、英国エジンバラ大学、同ラザフォードアップルトン研究所と共同で行った。この成果は6月14日(日本時間15日)発行の英国の科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に掲載される。 (論文) |
● 研究の背景
ほとんどの物質は温度が上昇すると、熱膨張によって長さや体積が増大する。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では、このわずかな熱膨張が問題になる。そこで、昇温に伴って収縮する「負の熱膨張」を持つ物質によって、構造材の熱膨張を補償することが行われている。だが現状では負の熱膨張を持つ物質の種類が少なく、温度上昇1度当たり100万分の25(-25×10-6 / ℃)と、小さいことが問題だった。
● 研究成果
今回の研究では、図1に示す「ペロブスカイト※3」という構造を持つ酸化物Bi0.95La0.05NiO3が、室温から120℃の温度域で、温度上昇1度当たり100万分の82(-82×10-6 / ℃)という、マンガン窒化物を基本とする既存材料の3倍以上の負の線熱膨張係数※4を持つ事を発見した。母物質のニッケル酸ビスマス(BiNiO3)は、ビスマス(Bi)の半分が3価、残りの半分が5価という、特異な酸化状態を持っている。
ラザフォードアップルトン研究所での中性子回折実験※5と、大型放射光施設SPring-8での放射光X線吸収実験※6から、この物質を加圧すると、ニッケル(Ni)の電子が一つ5価のビスマスに移り、ニッケルの価数が2価から3価に変化し、酸素をより強く引きつけるようになることが分かった。この際、ペロブスカイト構造の骨格をつくるニッケル—酸素の結合が縮むため、圧力の効果以上の体積収縮が起こる。さらに、ビスマスを一部ランタン(La)で置換すると、Bi5+が不安定になり、昇温によって同様の変化を起こせることも分かった。
この際にも、ニッケル—酸素結合の収縮に伴って、120℃の温度範囲に渡り、約3%の体積収縮が起こる。この変化は徐々に起こるので、広い温度範囲にわたって連続的に長さが収縮する、負の熱膨張につながっている。図2の様に、SPring-8の放射光X線回折実験※7で求めた微視的な格子定数※8変化と、歪みゲージ※9を用いた巨視的な試料長さの変化の両方で、負の熱膨張を確認した。
負の熱膨張が現れる温度域が、ビスマスに対するランタンの量を増やすことで下降、減らすことで上昇と、自在にコントロールできることや、絶縁体から金属への転移を伴うこともこの材料の特徴である。
● 今後の展開
今回、新たに発見された負の熱膨張材料は、精密光学部品や精密機械部品など、既存の負の熱膨張材料が担っていた様々な分野での利用が期待される。大きな負の熱膨張を持つため、樹脂中に少量分散させることで、加工性に富むゼロ熱膨張材料の開発につながると期待される。それに加えて、絶縁体−金属転移を伴うことから、長さの変化を電気抵抗の巨大な変化に変換する、高精度のセンサー材料への応用へつながることも考えられる。
● 付記
本研究は、京都大学化学研究所の陳 威廷博士研究員、関 隼人氏、Michal Czapski氏、Smirnova Olga博士、岡 研吾博士(現東京工業大学応用セラミックス研究所特任助教)、石渡 晋太郎博士(現東京大学大学院工学研究科特任准教授)、広島大学大学院理学研究科の石松 直樹助教、高輝度光科学研究センターの河村 直己副主幹研究員、ラザフォードアップルトン研究所のMatthew G. Tucker博士、エジンバラ大学のJ. Paul Attfield教授との共同で行った。
本研究の一部は、内閣府・最先端・次世代研究開発支援プログラム「ビスマスの特性を活かした環境調和機能性酸化物の開発」(代表・東 正樹東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・特定領域研究「フラストレーションが創る新しい物性」(代表・川村 光大阪大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・学術創成研究「物質新機能開発戦略としての精密固体化学」(代表・島川祐一京都大学教授)、元素戦略プロジェクト「圧電フロンティア開拓のためのバリウム系新規巨大圧電材料の創成」(代表・和田智志山梨大学教授)、独立行政法人科学技術振興機構・「戦略的国際科学技術協力推進事業:日英研究協力「極限条件を用いた新規機能性酸化物の探索」(代表・島川祐一京都大学教授、J.P.Attfieldエジンバラ大学教授)」の援助を受けて行った。
《用語説明》
※1 負の熱膨張
通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負の熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
※2 ゼロ熱膨張材料
温度を変化させても伸び縮みしない材料。ナノテクノロジーを支える精密な位置決めのために重要。正の熱膨張を持つ物質と負の熱膨張を持つ物質を組み合わせることで実現する。
※3 ペロブスカイト
一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
※4 線熱膨張係数
温度を1K変化させたときの、長さの相対的な変化量。
※5 中性子回折実験
物質の構造を調べる方法。原子炉や加速器で生み出される中性子を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
※6 X線吸収実験
連続的なスペクトルを持つ放射光X線を、エネルギーを変化させながら試料に照射し、透過してきたX線の強度を分析することで原子の価数や電子状態についての知見を得る。
※7 放射光X線回折実験
物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
※8 格子定数
結晶構造中の原子の繰り返し周期の長さ。この変化が、物質の巨視的な長さの変化につながる。
※9 歪みゲージ
試料に貼り付け、その長さの変化を電気抵抗の変化に変換する装置。
7~127 ℃の範囲で負の熱膨張が起こっており、その線熱膨張係数は既存材料の3倍以上の-82×10-6 / ℃であることが分かる。
《問い合わせ先》 京都大学化学研究所教授 島川 祐一 高輝度光科学研究センター副主幹研究員 水牧 仁一朗 日本原子力研究開発機構研究副主幹 綿貫 徹 (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 温めると縮む新材料を発見 - 既存材料の3倍収縮、精密機器の位置決めに威力 -(プレスリリース)