大型放射光施設 SPring-8

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調製困難な膜タンパク質の1つ「ARII」の結晶構造を決定 - 無細胞合成技術を駆使して、機能を保持したまま膜タンパク質の合成に成功 -(プレスリリース)

公開日
2011年06月29日
  • BL41XU(構造生物学I)

2011年6月29日
独立行政法人理化学研究所

本研究成果のポイント
○ 真核単細胞生物のロドプシンの立体構造を初めて決定
○ 無細胞合成技術により膜タンパク質の性質解明や構造解析が可能に
○ 医薬品開発など産業上有用な膜タンパク質の機能や構造解析への応用に期待

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、独自に開発した「無細胞合成技術※1」を駆使して、膜タンパク質の1つで、真核単細胞生物※2光駆動型プロトンポンプ※3であるロドプシン※4「ARII」の立体構造を初めて決定しました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長、和田崇研究員、白水美香子上級研究員、羽藤正勝上級研究員、染谷友美上級研究員らと、松山大学の下野和実助教(理研客員研究員 兼務)、加茂直樹教授らとの共同研究による成果です。

 膜タンパク質ARIIは、海藻のカサノリ※5 由来のロドプシンというタンパク質で、生きた細胞を用いる一般的な方法では大量合成が非常に難しい試料です。しかし今回、理研が独自に開発を進めている無細胞合成技術によって、ARIIの機能を保持したまま大量合成することに初めて成功しました。タンパク質の研究では、そのタンパク質を純粋に取得することが必須です。今回の成果によりARIIの機能を調べる研究が初めて可能となり、ARIIは、光を照射されると細胞内から細胞外へと水素イオン(プロトン)を組み出す光駆動型のプロトンポンプであることが分かりました。また、天然の細胞膜に見立てた人工脂質二重膜※6中で膜タンパク質を結晶化することができる「脂質メソフェーズ法※7」をARIIに適用したところ、二重膜中で安定な構造を保持したまま結晶化することにも成功しました。さらに、取得したARIIの結晶に大型放射光施設SPring-8※8でX線ビームを照射、解析した結果、3.2Åという分解能※9で高精度な立体構造を決定しました。これは、真核単細胞生物由来のロドプシンとして成功した初めての構造解析例となります。

 今回用いた無細胞合成技術による膜タンパク質の合成方法は、医薬品開発など産業上有用な膜タンパク質の機能や構造の解析などに幅広く適用されることが期待されます。

 本研究成果は、2007年より開始している文部科学省大規模研究開発事業「ターゲットタンパク研究プログラム」の一環として行ったもので、科学雑誌『Journal of Molecular Biology』オンライン版(6 月 25 日)に掲載されました。

(論文)
"Crystal Structure of the Eukaryotic Light-Driven Proton-Pumping Rhodopsin, Acetabularia Rhodopsin II, from Marine Alga"
Takashi Wada, Kazumi Shimono, Takashi Kikukawa, Masakatsu Hato, Naoko Shinya, So Young Kim, Tomomi Kimura-Someya, Mikako Shirouzu, Jun Tamogami, Seiji Miyauchi, Kwang-Hwan Jung, Naoki Kamo and Shigeyuki Yokoyama
Journal of Molecular Biology (2011), published online 25 June 2011

1.背景
 膜タンパク質は、エネルギー生産、物質輸送、情報伝達など生命の維持に重要な役割を担うだけでなく、多くの病気に関与していることから、その構造と機能の解明により、医薬品を合理的に設計することが可能になると期待されています。しかし、組換え動物細胞などを用いた従来の膜タンパク質の合成方法では、その合成量が少ないうえに、合成の途中で変性しやすいなどの問題があり、大量合成は困難でした。
 そこで研究グループは、文部科学省大規模研究開発事業「ターゲットタンパク研究プログラム」で理研が独自に開発を進めている無細胞合成技術や結晶化技術である脂質メソフェーズ法を駆使し、膜タンパク質の合成と結晶化およびその構造と機能の解析に挑みました。

2.研究手法と成果
 膜タンパク質であるロドプシンは、ヒトなどの脊椎動物の網膜に存在する赤色のタンパク質で、光を受けるセンサーとして働きます。真核単細胞生物であるカサノリの配偶子※10が光源方向に泳ぐ性質から、ロドプシンのような光センサーまたは受容体となるタンパク質が存在することは予想されていました。そこで今回の研究は、カサノリから新しいロドプシンの遺伝子を発見し、そのタンパク質をARIIと名付けるところから始まりました。多くの微生物にロドプシン様の膜タンパク質が存在することが知られていましたが、このARIIは、より高等な真核単細胞生物に存在するロドプシン様膜タンパクということで、多くの注目を集めていました。タンパク質の研究では、そのタンパク質を純粋に取得することが必須です。多くの研究者が、ARIIを得ようとして生きた細胞を用いる一般的な方法を試みましたが、成功しませんでした。そこで研究グループは、理研で開発した無細胞合成技術(2009年9月16日プレス発表)を応用しました。具体的には、大腸菌タンパク質合成装置を含む反応液に脂質と界面活性剤を加え、ARII遺伝子を組み込んだプラスミドDNAを添加して、天然の細胞膜に見立てた人工の脂質二重膜中でARIIを合成しました。脂質二重膜は、試験管内で実際の細胞膜と同様な構造を持っているため、活性体と呼ばれる正しい形と機能を保持した状態で膜タンパク質を得ることが可能です
 研究グループは、この合成したARIIの機能を解析するために、微生物が持つロドプシンと構造がよく似た紫色の膜タンパク質(バクテリオロドプシン※11)と比較しました。バクテリオロドプシンは、光を受けると水素イオン(プロトン)を細胞の内側から外部にくみ出す働き(光駆動プロトンポンプ)があることが知られ、この時生じたエネルギーはATP※12合成に利用されます。緑色のレーザー光をARIIに照射したところ、電位差の変化や光サイクル※13の存在を示す吸光度変化の結果などから、ARIIの機能が、バクテリオロドプシンと同じ光駆動プロトンポンプであることが分かりました。
 次に、ARIIの構造解析に挑みました。一般に、タンパク質を結晶化させるための条件の探索は非常に煩雑で困難な過程な上に、ARIIはもともと結晶化が困難な膜タンパク質です。そこで、理研独自の脂質メソフェーズ法を応用して脂質二重膜中の結晶化を試みるとともに、開発したロボットなどを利用して、数百から数万という結晶化条件のスクリーニングを行いました。その結果、ARIIの結晶化に成功し、大型放射光施設SPring-8を用いてX線ビームを照射、その回折像を解析したところ、3.2Åという分解能で高精度な立体構造を決定しました(図1)。これは、真核単細胞生物由来のロドプシンとしては初めての構造解析例となります。ARIIの全体的な構造は、バクテリオロドプシンとよく似ていましたが、プロトン輸送に関わる部位の構造がバクテリオロドプシンとは異なっており(図2)、ARIIとバクテリオロドプシンではプロトン輸送の仕組みが異なることが分かりました。

3.今後の期待
 今回用いた無細胞タンパク質合成技術によって、水溶性タンパク質と比べて立体構造解析が遅れている膜タンパク質の基礎研究が大きく発展します。また、膜タンパク質の多くは創薬ターゲットでもあり、医薬品の50%以上が膜タンパク質に作用するともいわれています。無細胞タンパク質合成技術に加えて脂質メソフェーズ法も併用すると、膜タンパク質の詳細な立体構造解析の結果から、そこに作用する医薬品を設計したり膜タンパク質に対する抗体※14を取得することが可能となり、医薬品の研究開発に大きく貢献することが期待されます。


《補足説明》
※1 無細胞合成技術

生命体に依存しない人工的なシステムで、細胞からタンパク質合成に必要な成分一式を抽出し、これに目的のタンパク質をコードする遺伝子を合成装置が読み取れる形にして添加して、タンパク質を合成する技術。外部からさまざまな因子を加えることが容易であり、反応条件の変更や最適化も容易であるなど、多くの優れた特徴を持つ。理研では、膜タンパク質などの合成の難しいタンパク質を対象に、ターゲットタンパク研究プログラムにおいて開発を進めている。

※2 真核単細胞生物
核を持つ単細胞の生物。酵母、アメーバ、有孔虫、藻類の一部が該当する。

※3 光駆動型プロトンポンプ
ポンプとは、エネルギーを使って水を低いところから高いところに移動させる装置。そのため、生体系でも、エネルギーを使って濃度(正確には濃度のみではないが)の低いところから高いところに移動させる膜タンパク質をポンプという。光駆動プロトンポンプとは、光エネルギーを使って、プロトン(水素イオン)を移動させる膜タンパク質のこと。人体でも種々のプロトンポンプが働いている。

※4 ロドプシン
高等動物の網膜に存在する光の明暗を感知する膜タンパク質。ビタミンAの誘導体であるレチナールがタンパク質に化学結合で結合している。光がレチナールに吸収されると、ロドプシンの構造変化が起こる。この変化が信号となり、脳に伝わり光を感知する。

※5 カサノリ
温暖な海域に生息する海藻。巨大な真核単細胞生物で仮根部、柄、かさの部分からなる。配偶子は、光に向かって泳ぐ性質がある。

※6 脂質二重膜
水溶液中で脂質、特にリン脂質のような極性脂質の親水性部分が水相に接し、疎水性部分は疎水結合によって互いに平行に並び、構造が二重になったもの。細胞の生体膜の基本構造であると考えられており、細胞外界との障壁の役割を果たす。脂質二重膜に各種膜タンパク質が埋め込まれており、シグナル伝達や物質輸送などの重要な機能を担う。

※7 脂質メソフェーズ法
人工脂質二重膜中で膜タンパク質の結晶化を行う新しい技術。生体外で不安定な膜タンパク質の結晶化に適している。理研では、膜タンパク質などの結晶化の難しいタンパク質を対象に、ターゲットタンパク研究プログラムにおいて開発を進めている。

※8 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のこと。

※9 分解能
近接した2点の像が区別できる限界の距離。Å(オングストローム:1×10-10メートル)の単位を用いて表し、この数字が小さいほど分解能が高く、より精度の高い高解像度の構造であることを示す。

※10 配偶子
生殖細胞の一種で、動物・植物に広く見られる。ヒトの場合は精子と卵子。

※11 バクテリオロドプシン
死海、The Great Salt Lakeや塩田の跡のような非常に塩濃度の濃いところに棲息し、高度好塩菌属の細菌の細胞膜に存在するロドプシン様タンパク(レチナールを含むタンパク質)。光駆動プロトンポンプとして働き、この細胞では光を利用してATPを合成している。

※12 ATP
生物体で用いられるエネルギー保存および利用に用いられるヌクレオチドであり、その生物体内の存在量や物質代謝における重要性から「生体のエネルギー通貨」と呼ばれる。アデノシンという物質に3つのリン酸基が結合した形をしているが、ATP分解酵素の働きによって、リン酸基が外されて分解されていく。1つのリン酸基がはずれる毎に、約8kcal/molのエネルギーを放出する。

※13 光サイクル
光を受けたロドプシンが構造変化し、いくつかの中間体を経て元に戻るまでの反応サイクル。バクテリオロドプシンではK、L、M、N、Oの5つの中間状態があり、1サイクルごとに1個のプロトンが細胞質側から細胞外側に輸送される。

※14 抗体
動物の体内に異物が入ってくると、抗体というタンパク質が作られ、異物を分解して防御をする。ある物質に対する抗体を取得すれば、その抗体を利用してその化合物の検知ができるので、研究や血液検査などに多く利用されている。


図1 ARIIの無細胞合成から結晶構造解析までの流れ
図1 ARIIの無細胞合成から結晶構造解析までの流れ

膜タンパク質ARIIを無細胞合成技術で合成し、膜質メソフェーズ法で結晶化、得た結晶化にX線照射して、回析像から結晶構造を解析した。


図2 ARIIとバクテリオロドプシン(BR)のプロトン輸送に関わる部位の比較
図2 ARIIとバクテリオロドプシン(BR)のプロトン輸送に関わる部位の比較

バクテリオロドプシンの場合、82番目のアルギニン残基(R82)は、通常、細胞の内側を向いている。光を受けるとバクテリオロドプシンの構造が変化して、M中間体となる。このときにR82が細胞の外側を向いて、プロトン輸送の引き金が引かれる。一方、ARIIの場合、バクテリオロドプシンのR82と立体構造上で同じ場所に位置する78番目のアルギニン(R78)は、初めから細胞外側を向いている。これは、バクテリオロドプシンとARIIのプロトン輸送の機構に違いがあることを示す。



《問い合わせ先》
 独立行政法人理化学研究所
  生命分子システム基盤研究領域 領域長
  横山 茂之(よこやま しげゆき)
  TEL:045-503-9196 FAX:045-503-9195

 横浜研究推進部 企画課
  TEL:045-503-9117 FAX:045-503-9113

(報道担当)
 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
  TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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