大型放射光施設 SPring-8

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カルシウムが単体元素として超伝導転移温度の最高記録を更新 − 高温の超伝導材料設計への発展に期待 − (プレスリリース)

公開日
2011年07月05日
  • BL10XU(高圧構造物性)
 カルシウムは身近な元素ですが、高圧力の状態にすることで超伝導になります。200ギガパスカル(200万気圧)以上の超高圧力をカルシウムにかけると、結晶構造が変化してマイナス244℃で超伝導になることを発見しました。
 結晶構造と超伝導の性質は密接に関係しているので、高い温度で使える超伝導体を合成したり設計したりする上で、材料の選択や結晶構造は重要な情報です。本成果は今後の超伝導材料のデザインに有用な指針を与える結果といえます。

2011年7月5日
国立大学法人 大阪大学
財団法人 高輝度光科学研究センター

 国立大学法人大阪大学極限量子科学研究センターの坂田雅文は、財団法人高輝度光科学研究センターとの共同研究により、200万気圧を超える超高圧下において、単体のカルシウムが新たな高圧相を持つこと、また、この高圧相で、元素の中で最も高い超伝導転移温度を示すことを明らかにしました。
 大気圧下では超伝導を示さない元素であっても、圧力を加えることによって超伝導が現れることが知られており、これまで23種類の元素で高圧下の超伝導が観測されています。その中でもカルシウムは、160万気圧下で25 K(摂氏-248度)の単体元素の中で最も高い超伝導転移温度を示すことが分かっていましたが、さらに高い圧力下での挙動については不明でした。
 今回、研究グループは、200万気圧を超える超高圧を発生させ、電気抵抗測定および大型放射光施設SPring-8*1での粉末X線回折測定により、超高圧下でのカルシウムの超伝導と結晶構造を観測しました。その結果、200万気圧付近でカルシウムは新たな高圧相へ相転移することが分かり、さらにこの高圧相がこれまで報告されていた超伝導転移温度を超える220万気圧で29 K(摂氏-244度)の超伝導を示すことが明らかになりました。高い温度で使える超伝導体を合成したり設計したりする上で、材料の選択や結晶構造は重要な情報であり、今回の結果は今後の超伝導材料のデザインに有用な指針を与えるものといえます。
 今回の研究成果は、「最先端・次世代研究開発支援プログラム」の助成を受け、大阪大学極限量子科学研究センター 坂田雅文 特任研究員、中本有紀 技術専門職員、清水克哉 教授のグループが、SPring-8の利用研究課題として高輝度光科学研究センター松岡岳洋 協力研究員(現大阪大学極限量子科学研究センター特任助教)、大石泰生 主幹研究員のグループとの共同研究によるものです。
 本研究成果は、平成23年6月22日にアメリカ物理学会出版の「Physical Review B Rapid Communications」に掲載されました。

(論文)
"Superconducting state of Ca-VII below a critical temperature of 29 K at a pressure of 216 GPa"
(日本語訳:216 GPaの圧力下におけるCa-VII相の転移温度29 Kを持つ超伝導)
Masafumi Sakata, Yuki Nakamoto, Katsuya Shimizu, Takahiro Matsuoka, and Yasuo Ohishi
Physical Review B, Rapid Communications, 83, 220512(R) (2011), published online 22 June 2011

1.研究の背景
 「超伝導」は低温で物質の電気抵抗がゼロになる究極の物理現象であり、これまで数多くの超伝導を示す物質が報告されています。単体の元素では、最初に超伝導が観測された水銀のように大気圧下で超伝導を示すものがある一方で、大気圧下では超伝導を示さないものもあります。しかしながら、このような大気圧下で超伝導を示さない元素であっても、高圧下で超伝導を示すものが報告されています。図1に示すように、カルシウムは元素の中で最も高い超伝導転移温度25 Kを160万気圧の超高圧下で示すことを以前我々の研究グループは報告しました。カルシウムは圧力を加えるにつれて、大気圧下での面心立方(fcc)相から体心立方(bcc)相、超伝導が観測されるCa-III相へと逐次の構造相転移を示します。我々の研究グループではこれまで、Ca-III相の高圧側にさらにIV, V, VI相の三つの高圧相を発見し、報告しました。しかしながら、さらに高い圧力領域、例えば200万気圧を超える圧力下でカルシウムがどのような相転移を示すのか、超伝導転移温度がどのように変化するのかは不明でした。

2.研究内容と成果
 本研究ではダイヤモンドアンビルセル(DAC)*2と呼ばれる高圧装置の中にカルシウムを封入し、200万気圧を超える圧力を加えました。高圧下での結晶構造を知るために、SPring-8の高圧構造物性ビームライン(BL10XU) を利用した高圧下その場X線回折測定を行いました。200万気圧の超高圧力下では、試料のサイズは10 μm程度しかないため、質の高いX線回折パターンを得るには、高輝度のX線を数ミクロンの領域に集光することが必要になります。BL10XUでは樹脂製多段X線屈折レンズを導入することでこれを実現しました。得られたX線回折パターンの圧力による変化から、これまで我々の研究グループが報告していたCa-VI相のさらに高圧側に新たな高圧相Ca-VII相があることを発見しました。このCa-VII相は200万気圧程度の超高圧下で安定に存在する相であり、回折パターンが類似していることから、その結晶構造は、同じアルカリ土類金属*3のストロンチウムやバリウムで見つかっているホスト‐ゲスト構造*4と呼ばれる結晶構造であると考えられます。このホスト‐ゲスト構造を持つ相の中で、ストロンチウムやバリウムの超伝導転移温度は最高値となることが報告されています。そこで、カルシウムでもCa-VII相で高い超伝導転移温度が観測されるのではないかと考え、200万気圧を超える超高圧下での電気抵抗測定を行いました。
 これまで、カルシウムで観測されていた超伝導転移温度の最高値25 KはCa-V相からCa-VI相へ相転移する圧力に近い160万気圧で観測されました。今回は、より高い圧力領域まで電気抵抗測定を行うためにDACに使われるダイアモンドアンビルの先端径を50 μmまで小さくし、その中にカルシウムを封じ込めました。その結果、最高220万気圧までの電気抵抗測定を行うことができました。圧力をかけた状態のDACを冷凍機に導入して、低温で超伝導転移を観測しました。図3に圧力に対する超伝導転移温度の変化を示します。超伝導転移温度はCa-VI相からCa-VII相にかけて、圧力が上がると共に連続的に上昇し、Ca-VII相において220万気圧下で29 Kのこれまでの値を更新する超伝導転移温度の最高値が観測されました。このことは、カルシウムにおいても他のアルカリ土類金属元素と同様に、ホスト‐ゲスト構造を持つ相において、超伝導転移温度が高くなることを示しています。さらに、この値は、これまで観測された単体元素の超伝導の中で、最も高い超伝導転移温度です。

3.結果の意義と今後の展開
 本研究により、カルシウムにおいて、他のアルカリ土類金属元素と同様に、ホスト‐ゲスト構造を持った高圧相が存在すること、この相が高い超伝導転移温度を示すことが明らかになりました。観測された超伝導転移温度は単体元素の超伝導において世界最高記録を更新しました。今回の結果は、アルカリ土類金属において、共通した結晶構造と超伝導との関係があることを示しており、今後の高温超伝導を示す元素の探索に一つの指針を与えました。すなわち、カルシウムのような身近な元素であっても超高圧下では高温超伝導体に近い高い超伝導転移温度を持つことを示し、こうした知見は、今後の超伝導材料の設計に対して、大きく波及するものと思われます。

4.掲載論文
題名:Superconducting state of Ca-VII below a critical temperature of 29 K at a pressure of 216 GPa
日本語訳:216 GPaの圧力下におけるCa-VII相の転移温度29 Kを持つ超伝導
著者:Masafumi Sakata, Yuki Nakamoto, Katsuya Shimizu, Takahiro Matsuoka, and Yasuo Ohishi
ジャーナル名: Physical Review B, Rapid Communications
発行日:平成23年6月22日


《用語解説》
※1 大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2 ダイヤモンドアンビルセル
宝石用ダイヤモンドを用いた小型の高圧装置。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられます。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生します。ダイヤモンドの先端のサイズを小さくすれば、100万気圧を超える圧力発生が可能ですが、その分、サイズの小さい試料が必要となるため、様々な測定が困難となってきます。

※3 アルカリ土類金属
周期表の第2族元素のうち、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムの四つがアルカリ土類金属に分類されています。

※4 ホスト‐ゲスト構造
ホスト原子の構造とゲスト原子の構造が入れ子のようになっている結晶構造。カルシウムの場合、単一の元素で構成されているが、超高圧状態でこの構造をとるとされています。アルカリ土類金属のうちではバリウムやストロンチウムの高圧相に存在することが分かっています。


図1 超伝導を示す単体元素とその超伝導転移温度のグラフ。カルシウムが最も高い。
図1 超伝導を示す単体元素とその超伝導転移温度のグラフ。

カルシウムが最も高い。


図2 高圧装置(ダイヤモンドアンビルセル:左)と高圧装置内部の試料回りの写真
図2 高圧装置(ダイヤモンドアンビルセル:左)
と高圧装置内部の試料回りの写真(右)。

キュレットはダイヤモンドの先端の大きさを表しています。


図3 アルカリ土類金属元素の超伝導転移温度の圧力変化
図3 アルカリ土類金属元素の超伝導転移温度の圧力変化



《問い合わせ先》
(研究に関すること)
 坂田 雅文(サカタ マサフミ)
  大阪大学 極限量子科学研究センター 特任研究員
  住所 :大阪府豊中市待兼山町1-3
  TEL:06-6850-6680 FAX:06-6850-6662
  E-mail:mail

 中本 有紀(ナカモト ユキ)
  大阪大学 極限量子科学研究センター 技術専門職員
  住所 :大阪府豊中市待兼山町1-3
  TEL:06-6850-6677 FAX:06-6850-6662
  E-mail:mail

 清水 克哉(シミズ カツヤ)
  大阪大学 極限量子科学研究センター 教授
  住所 :大阪府豊中市待兼山町1-3
  TEL:06-6850-6675 FAX:06-6850-6662
  E-mail:mail

 大石 泰生(オオイシ ヤスオ)
  高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主幹研究員
  住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
  TEL:0791-58-0832 FAX:0791-58-0830
  E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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