大型放射光施設 SPring-8

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ナノテク材料に画期的な合成法 安価な酸化チタンを高機能化(プレスリリース)

公開日
2011年07月11日
  • BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)

平成23年7月11日
独立行政法人物質・材料研究機構

 独立行政法人物質・材料研究機構(以下「NIMS」、理事長 潮田 資勝)の研究グループは、原料である二酸化チタン※1 (TiO2)粒子のナノサイズ構造(以下、ナノ構造)を保持したまま、その内部の結晶構造が異なる還元型酸化物(Ti2O3)のナノサイズ粒子へと変化させる合成に初めて成功し、その反応機構を大型放射光施設SPring-8で突き止めました。これは、NIMSの冨中 悟史研究員、辻本 吉廣研究員、松下 能孝主幹エンジニア、山浦 一成主幹研究員による研究成果です。

 チタンの還元型酸化物は、電子伝導性や可視光吸収などの魅力的な特性が知られており、ナノ構造を持たせることができれば太陽電池や燃料電池など幅広い応用が期待できます。しかし、従来の合成法では高温での加熱が必要であり、ナノ構造を有する材料の合成は困難でした。

 今回、上記研究グループは、白色のルチル型二酸化チタンのナノサイズ粒子(10-30 nm)を出発物質として、低温においても強い還元力を示す水素化カルシウム※2粉末とともに混合し、従来の還元温度(T > 800 ℃ )より格段に低い350 ℃での反応によって、出発原料の形体やサイズはそのまま維持したまま、黒色を呈する還元型チタン酸化物Ti2O3へと変化させる合成法を開発しました。反応前後で正方晶系物質から六方晶系物質へと構造が変化するにも関わらず、ナノ構造を維持するその奇妙な反応機構を解明する上で、SPring-8に設置された物質材料研究機構の広エネルギー帯域先端材料解析ビームライン(BL15XU)での高分解能放射光粉末X線回折測定※3が大きな役割を果たしました。

 本成果は、高機能かつ均質なナノ酸化物を製造する新たな手法を提供するものであり、燃料電池や太陽電池など幅広い分野での材料合成へと発展する革新的な成果と言えます。

 本研究成果に関する原著論文は、ドイツ化学会の国際誌「Angewante Chemie International Edition」のオンライン版に出版されました。

(論文)
"Synthesis of Nanostructured Reduced Titanium Oxide: Crystal Structure Transformation Maintaining Nano-morphology"
(日本語訳:ナノ構造を有する還元型チタン酸化物の合成:ナノ構造を保持した構造変化)
Satoshi Tominaka, Yoshihiro Tsujimoto, Yoshitaka Matsushita, Kazunari Yamaura
Angewandte Chemie International Edition 50(32), 418–7421 (2011), published online 29 June 2011

1. 研究の背景
 高耐久性・電子伝導性・可視光吸収特性を有する物質の開発は、幅広い分野で必要であり、例えば、耐久性が必要な電極材料には、白金や金などの貴金属が使われていますが、有限な資源の使用量削減やコスト低減の観点から代替材料の開発は急務です。このように、ありふれた元素から高価値の物質を合成することは、資源の乏しいわが国では元素戦略上、重要な国家戦略として位置付けられています。一方、太陽電池や人工光合成の分野などでは可視光を吸収する物質が求められています。
 還元型チタン酸化物(例えば、Ti2O3やTi4O7)は二酸化チタン(TiO2)と比較して、二酸化チタンの最大のメリットである耐食性(化学的安定性)を有しつつ、課題として挙げられてきた可視光領域に吸光を示すため、光化学反応や光電気化学反応を利用する際の有効な材料と考えられています。また、二酸化チタンと比較し、還元型チタン酸化物を利用することによって、電子伝導性が飛躍的に向上するため、電極材料や導電材料としての応用が期待されています。実際、還元型チタン酸化物を高効率な太陽電池の電極材料として用いる報告が多数なされています。しかしながら、酸化雰囲気においては、二酸化チタンが最も安定な物質であり、熱合成によって直接的に還元チタン酸化物を得るためには、水素ガス気流中、800〜1100℃ という高い温度で還元を行う必要があり、出発物質がナノサイズであっても粒子が熱による原子拡散によって粒子成長してしまうため(図1)、ナノサイズの還元型チタン酸化物粒子を得ることはできていませんでした。

2. 研究内容と成果
 本研究では、正方晶系のルチル型TiO2のナノ粒子(10~30 nm)を(図2(a))、低温で強い還元力を示す水素化カルシウム(CaH2)粉末とともに反応させることによって前述の問題の解決を図りました。ルチル型TiO2とCaH2をよく混合したペレットを真空封入し、従来の還元法よりも格段に低い350℃ で15日間の反応させたところ、試料が還元型チタン酸化物に共通して見られる黒色を呈することがわかりました(図2(b))。その試料を大型放射光施設SPring-8のNIMSビームライン(BL15XU)に設置された高分解能放射光粉末X線回折装置を用いて測定を行ったところ、出発物質とは明らかに異なる回折パターンが得られ、還元型チタン酸化物のTi2O3(六方晶系)が単相で得られていることがわかりました(図3)。さらに透過型顕微鏡で粒子の形状を観察したところ、反応前後で粒子の形体とサイズが維持されており、ナノ構造を有する還元型チタン酸化物の合成に成功したことが明らかになりました。
 形状が維持されていることの他に興味深い点は、還元反応前後で正方晶系物質から六方晶系物質へと構造が大きく変化することです。図2(a)(b)を比較してみると、チタン原子と酸素原子からなる骨組みが全く異なっており、原子の移動を伴っていることがわかります。一方、同じ化学組成であるTiO2で、しかも同じ正方晶系(結晶構造はルチル型とは異なる)であるアナターゼ型TiO2をCaH2で還元してもTi2O3が得られますが、この場合はナノ構造の形状は維持されず粒子成長が見られました。この出発物質の違いによるナノ構造への影響の起源を明らかにするために、ルチル型TiO2の還元条件を変化させ、その継時変化の追跡を試みました。図3に350℃ で5日間反応させた後の放射光粉末X線測定の結果を示します。この反応条件でもTi2O3が主成分として生成しますが、そのほかにマグネリ相と呼ばれるTi4O7由来と思われる強度の小さい回折も観測できました。このTi4O7の構造はTiO6八面体の稜共有から成るルチル鎖とTi2O3に類似した面共有のTi2O9が連なる層から成っています。(図2(c))つまり、ルチル型TiO2と最終生成物Ti2O3の双方の構造的特徴を併せ持ったTi4O7を経由することが、ナノ構造を有するTi2O3の合成の秘訣になっていると考えられます。

3. 今後の展開
 この手法により、他のチタン酸化物のナノ構造、例えばナノワイヤなどを用いた場合においても、ナノ構造を維持したままの還元反応が達成できるものと考えられ、還元型チタン酸化物の幅広い合成が可能になるものと期待できます。その電子伝導性や可視光吸収特性を活かし、「人工光合成材料への応用」「貴金属フリーの電極材料・配線材料」「燃料電池などの触媒の担体」などへの応用が期待できます。現在、還元反応機構の詳細や合成したナノ構造を有する還元型チタン酸化物の特性評価を行っています。

4. 研究サポート
 本研究は、科研費補助金(22850019)、世界トップレベル研究拠点プログラム国際ナノアーキテクト二クス研究拠点(MANA)、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の支援を受けて行われました。


《参考資料》

図1:従来の手法と本成果で用いた新手法の比較。
図1:従来の手法と本成果で用いた新手法の比較。

従来の高温処理を必要とする手法では、粒子が肥大化してしまい、応用展開が難しくなります。新手法により、可視光を吸収するチタン還元型酸化物のナノ粒子の合成に成功しました。


図2:(a)出発物質のルチル型TiO2ナノサイズ粒子と(b)得られた還元型チタン酸化物Ti2O3ナノサイズ粒子の結晶構造、光学顕微鏡写真、透過型顕微鏡写真。(c)中間相と考えられるマグネリ相Ti4O7の結晶構造。

図2:(a)出発物質のルチル型TiO2ナノサイズ粒子と
(b)得られた還元型チタン酸化物Ti2O3ナノサイズ粒子の結晶構造、
光学顕微鏡写真、透過型顕微鏡写真。
(c)中間相と考えられるマグネリ相Ti4O7の結晶構造。


図3:室温で測定された放射光X線回折パターン。
図3:室温で測定された放射光X線回折パターン。

下から出発物質ルチル型TiO2、350℃ , 5日間還元反応後の生成物質(Ti2O3+Ti4O7)、350℃ , 15日間還元反応によって得られた還元型チタン酸化物Ti2O3


《補足説明》
※1 二酸化チタン

 TiO2の組成をもつ絶縁体。同一組成で、ルチル型、アナターゼ型、ブルッカイト型の3つの異なる構造が知られている。アナターゼは低温相であり、800℃ 以上ではルチル型に転移する。一度ルチル型に転移すると室温に戻してもルチル型構造が安定化される。アナターゼ型は光触媒物質として幅広く用いられている。

※2 水素化カルシウム
 CaH2の組成をもつ白色固体。水と激しく反応し、有機溶媒中に溶け込んだ水を除くのに使用される。

※3 放射光X線回折実験
 物質の構造を調べる分光法の一つ。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の配置)を決定する。



《問い合わせ先》
 独立行政法人物質・材料研究機構
  国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 (MANA)
  辻本 吉廣
  TEL:29-851-3354(ex : 8814) FAX:029-860-4706
  E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp