固体の真のバンド電子構造測定に成功 - 機能性材料の物性解明に向けた新展開!-(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年08月19日
- BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)
2011年8月19日
独立行政法人物質・材料研究機構
独立行政法人物質・材料研究機構(理事長・潮田資勝)中核機能部門・共用ビームステーション(ステーション長・坂田修身)の上田茂典研究員らは、大型放射光施設SPring-8の世界最高性能の固体内部の電子状態を計測可能な硬X線光電子分光装置と第一原理計算という理論的手法を用いて、金属材料の代表例であるタングステンと、半導体材料の代表例であるガリウムヒ素を対象に、硬X線領域では初となる角度分解光電子分光法を用いて、固体の真のバンド分散の測定に世界で初めて成功しました。 (論文) |
背景
光電効果*1を利用した光電子分光*2は、一般に真空紫外光や軟X線を光源に用いて行われてきました。これらの光源を用いて、光電子の脱出角度依存性も測定する角度分解光電子分光*3では、バンド分散*4の詳細を調べることができる一方で、固体内部とは異なる表面の電子構造も観測してしまうこともあるため、しばしば得られたバンド分散が、本当に知りたい物質内部の電子状態と異なってしまうことがありました。近年の放射光利用技術の発展により、大型放射光施設SPring-8*5の強力な高輝度硬X線を利用した硬X線光電子分光*6を使うことで、固体内部の電子状態を調べることができるようになったのは、2003年以降になっての事でした。通常の硬X線光電子分光では、電子状態(光電子のエネルギーと数を調べる)の観測を行うことはできますが、バンド分散(光電子のエネルギー、運動量と数を調べる)の情報を得ることはできません。また、バンド分散を実験的に直接観測できる手法は、角度分解光電子分光以外にありません。それ以降、固体内部のバンド分散の測定を目的に、硬X線励起の角度分解光電子分光に挑戦が行われてきましたが、バンド分散の観測に成功したとの報告は世界中を見渡しても全く無く、不可能であるものと考えられてきました。
研究手法と成果
研究グループは、従来の光電子分光に比べて光電子の脱出深さが数倍以上長く固体表面の影響が極めて少ない硬X線光電子分光法を用いて、物質から出てくる光電子の放出角度依存性を測定する手法を、最先端の大型放射光施設SPring-8にて確立しました。この硬X線角度分解光電子分光を駆使して、硬X線領域では不可能と考えられていた固体内部の真のバンド分散を観測することに世界で初めて成功しました。バンド分散が主に物質の性質を決めているものと考えられているため、固体の真のバンド分散の情報を得ることは、物質の性質を解き明かす上で非常に重要です。現在の機能性電子材料の主力は半導体と金属材料であるので、試料には金属材料の代表例であるタングステンと半導体材料の代表例であるガリウムヒ素をもちいました。硬X線角度分解光電子分光でバンド電子構造を観測するためには、原子の振動と光のエネルギーで決まるデバイワラー因子*7の影響を出来る限り排除することが重要であることを突きとめました。そのためには、可能な限り低温で測定することと同時に適切なX線エネルギーを選択することが肝心です。本成果は、軟X線から硬X線の領域にいたる広い範囲でX線のエネルギーを変えることのできる世界に類を見ないSPring-8内に設置された物質・材料研究機構専用ビームライン(BL15XU)を利用することで、初めて可能になりました。また、実験で得られたバンド電子構造を、第一原理計算*8による理論的手法を駆使して、詳細に比較できることも明らかになりました。
研究成果の意義
- 固体の真の電子状態が観測可能である硬X線光電子分光で、バンド分散の測定に世界で初めて成功しました。これによって、物質内部の真のバンド分散が観測できるようになりました。
- 極めて清浄な結晶表面を必要とする従来の光電子分光と異なり、表面状態の影響が極めて少ない固体内部のバンド分散が、比較的容易に得ることができるようになりました。
- これまでは第一原理計算に頼っていた固体のバンド分散構造を、実験的に直接決定することができる様になります。これによって、より正確なバンド分散の構造決定がなされるものと期待されます。また第一原理計算手法の精度向上と実験結果の再現精度向上への指針につながります。これによって、実験と理論の両面からの精密なバンド分散構造の解析が可能になります。
- 様々な機能性材料の物質内部の真のバンド分散の測定が可能になり、新規機能性物質創成への大きな方針が示されることが期待されます。
本研究は、文部科学省ナノテクノロジーネットワークプロジェクトの助成を受けて実施されました。また、本研究成果は英国の科学雑誌ネイチャー・マテリアルズ『Nature Materials』に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月14日付け)に掲載されました。
(a) 室温(300 K)での測定結果。デバイワラー因子(W)が0.09と小さい場合には、バンド分散が観測されない。(b) 低温(30 K)での測定結果。W=0.45の場合には、バンド分散が観測される。(c) (b)の実験結果からバックグラウンドを除去した結果と理論計算(緑色)との比較。(d) 光電子の励起確率を考慮した理論計算。室温では見えなかったバンド分散が低温にすることで、明瞭に観測されていることが分かる。また、実験結果と理論計算の傾向が良く一致していることが分かる。
(a) 室温(300 K)での測定結果。デバイワラー因子(W)が0.01と小さい場合には、バンド分散が観測されない。(b) 低温(30 K)での測定結果。W=0.31の場合には、バンド分散が観測される。(c) (b)の実験結果からバックグラウンドを除去した結果と理論計算(緑色)との比較。(d) 光電子の励起確率を考慮した理論計算。タングステンの場合と同様に、室温では見えなかったバンド分散が低温にすることで、明瞭に観測されるようになった。また、実験結果と理論計算の傾向が良く一致していることが分かる。
《用語解説》
*1 光電効果
1921年にアインシュタインがノーベル賞を受賞したことで知られる現象。物質に光を照射すると、その物質表面から電子が放出される現象のことをいう。この放出された電子のことを光電子と呼ぶ。
*2 光電子分光
光電子分光は、物質に真空紫外光(波長が約10ナノメートル)や軟X線(波長が約1ナノメートル)を入射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質の電子構造(固体中に束縛された電子がつくる状態)を調べる実験的手法。広く物質の電子構造を測定するために利用されている。
*3 角度分解光電子分光
物質に光を照射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーと放出角度(運動量)の関係を調べることにより、物質のバンド分散を詳細に調べる実験的手法。真空紫外線を励起光に用いた実験がこれまでに数多く行われている。我々は、この手法を硬X線領域の光を用いて行うことで、固体内部の真の電子構造の詳細を知ることが可能になった。
*4 バンド分散
一個の原子に束縛された電子は不連続なエネルギー状態にあるが、周期的な構造を持つ結晶性の物質の場合、物質中の電子のエネルギー状態と運動量の関係は、原子間の相互作用のためにエネルギー状態は帯状(バンド状)に広がることから、バンド分散と呼ばれる。このバンド分散の構造が、主に物質の電気伝導性、磁気的性質に代表される物性を決めていると考えられている。角度分解光電子分光によって直接観測することができる。
*5 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高のX線放射光を生み出す施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。赤外線からX線にわたる広い領域の光が得られる。
*6 硬X線光電子分光
可視光は波長が400から800ナノメートルの電磁波であるのに対し、硬X線は波長が0.01から0.4ナノメートル程度の波長を持つ。硬X線光電子分光は、物質に硬X線を入射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内部の電子構造(※参考)を調べる実験的手法。従来の真空紫外光や軟X線を用いた光電子分光は表面近傍の情報しか得られなかったが、硬X線で励起することにより、固体内部の電子構造を調べることが可能になった。
*7 デバイワラー因子
原子の振動と光のエネルギーで表させる量。原子の振動は低温になればなるほど小さく、励起光のエネルギーが低いほど、デバイワラー因子は大きくなる。この値は0から1の値をとり、0に近い場合にはバンド電子構造は観測できなくなる。また、物質ごとに異なる値をとる。
*8 第一原理計算
実験データや経験的パラメーターを使わないで、原子核と電子間に働く基本的な相互作用のみを拠り所として物質の性質を探る理論計算手法の総称。
《本研究とビームラインに関するお問い合わせ先》 独立行政法人 物質・材料研究機構 (報道に関するお問い合わせ先) (SPring-8に関すること) |
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