ガラスの形成しやすさと原子配列の関係を解明 - 「ガラスはどうしてできるか?」の謎に迫る -(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年08月23日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2011年8月23日
財団法人 高輝度光科学研究センター
高輝度光科学研究センター(JASRI)は、タンペレ工科大学、山形大学、日本原子力研究開発機構、Materials Development Inc.、アベリィストウィス大学、アルゴンヌ国立研究所と国際共同研究チームを作り、大型放射光施設SPring-8*1の高輝度高エネルギー放射光Ⅹ線を用いた測定と計算機シミュレーションにより、ガラスの形成しやすさと原子配列の関係を初めて明らかにしました。この結果は、「ガラスはどうしてできるか?」という未解決の問題を解決する重要な知見となります。 (論文) |
1.研究の背景
ガラスは我々の日常生活に不可欠なものでありますが、この身近な物質であるガラスが規則的な結晶構造をとらずに「なぜガラスになるか?」という謎は21世紀に入った現在でも未だよくわかっておりません。
頑火輝石(MgSiO3 (= MgO-SiO2)、SiO2の含有率50モル%)と苦土かんらん石(Mg2SiO4 (= 2MgO-SiO2)、SiO2の含有率33.3モル%)は地球を構成する主要な鉱物として知られており、その融体やガラスとしての構造物性の研究はこれまで広く行われてきましたが、両者の構造の違いとガラスの形成しやすさとの関係は分かっておりませんでした。
2.研究内容と成果
高輝度光科学研究センター(JASRI)を中心とした国際共同研究チームは融体を容器なしで保持する方法(無容器法、図1)を用いて、MgSiO3およびMg2SiO4の高純度ガラスビーズをそれぞれ合成しました。とくにMg2SiO4ガラスはガラスになるために必要なシリカ(SiO2)成分が少ないため、ガラスになりにくく、高純度ガラスビーズの合成にあたり無容器法が威力を発揮しました。
このようにして合成したガラスになりやすいMgSiO3およびガラスになりにくいMg2SiO4のガラス状態の構造を調べるため、大型放射光施設SPring-8の高エネルギーX線回折ビームライン(BL04B2)で回折実験を行い、中性子回折実験および構造シミュレーションを併用し、ガラスの3次元構造(原子配列)を構築しました(図2)。両ガラスともに、Si原子の周りにO原子は4つ配置し、SiO4四面体が形成されていることはよく知られておりましたが、Mg原子の周りにいくつのO原子が配置しているかはこれまでよく分かっておりませんでした。図2に示すように、本研究から、両ガラスにおいて、MgO4やMgO5が多く存在していることが明らかになりました。これら両組成の結晶相では、MgO6という正八面体が多く存在しておりますが、ガラス相ではMgO6の存在は僅かでした。つまり、ガラスは結晶相を単に乱した構造ではないことが分かりました。
ガラスにおいては、SiO4、MgO4、MgO5はO原子を共有してつながっていきます。そのつながり方を評価する指標として環状構造(リング)に注目し、その大きさの分布を調べてみました。たとえば、MgO成分が入っていない、ガラスになりやすいSiO2ガラス(シリカガラス)では、図3Aに示すようにSiO4四面体が6個つながっている6員環がもっとも多く含まれ、これを中心に3員環から12員環まで広い分布を持っていることが分かります。ところがSiO2ガラスよりもガラスになりにくいMgSiO3ガラスでは、図3Bに示すように、SiO4四面体とMgO多面体が4~5個つながって出来る4~5員環が多く、その分布も2員環から7員環までと狭くなりました。これが、さらにガラスになりにくいMg2SiO4ガラスになると、図3Cに示すように3員環が支配的になり、その分布も2員環から5員環とより狭くなることが分かりました。つまり、ガラスになりやすい物質ほど、その環状構造の大きさの分布は広く、様々なサイズの環状構造を持っていることが分かりました。一般に結晶中には、このような構造・形態の多様性は見られないことから、この環状構造のサイズ分布、すなわち構造多様性の存在がガラスがガラスである所以(その組成の結晶と異なる特徴)であり、ガラスの形成しやすさ(の違い)を構造的に説明するものであると結論付けられました。
3.今後の展開
本研究より、これまで「ガラスは結晶構造を単に崩したもの」と考えられがちだったガラスの構造的特徴を明確にすることができました。また、ガラスの形成しやすさと構造の関係が明らかになりましたので、今後は、このようなガラスの構造多様性の研究・分類を通してガラスの物性理解が進み、さらに構造という基礎データに基づいた材料設計・開発へと展開すると考えられます。また、無容器法はガラスになりにくい物質をガラスにすることができるため、無容器法により新たな機能性ガラス、たとえば携帯電話カメラ用高屈折率ボールレンズの創製等への応用が期待できます。
4.掲載論文
題名:Relationship between topological order and glass forming ability in densely packed enstatite and forsterite composition glasses
日本語訳:頑火輝石組成ガラスとかんらん石組成ガラスにおけるトポロジカルな秩序とガラス形成能の関係
著者:S. Kohara, J. Akola, H. Morita, K. Suzuya, J. K. R. Weber, M. C. Wilding, and C. J. Benmore
ジャーナル名: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
発行日:2011年8月23日(日本時間)。
《用語解説》
*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*2 融体
本質的に「液体」と同じであるが、高温で固体物質が融解した状態を「融体」と呼ぶ。
*3 頑火輝石
鉱物の一種(ケイ酸塩鉱物)。マグネシウムを多く含む斜方輝石。化学組成は MgSiO3で、MgがFe2+に置換した輝石が鉄珪輝石(てつけいきせき)である。頑火輝石と鉄珪輝石(Fs)とは連続固溶体をつくる。火成岩や変成岩を構成する造岩鉱物である。
*4 苦土かんらん石
かんらん石はマグネシウムや鉄のケイ酸塩鉱物の一種であり、Mg2SiO4とFe2SiO4との間の連続固溶体を指す。苦土かんらん石はMg2SiO4の名称である。
*5 無容器法
物質をレーザーで加熱して融体とし、不活性ガス(アルゴンや窒素)を吹き付け見かけ上無重力状態で容器を用いずに保持する。2000℃以上の高温を容易に達成できるため、高融点*6材料を融体(液体)にすることができる。また、容器材料が融体に溶解する恐れもない。さらに、融体と容器(結晶)の界面が存在しないことから融点以下でも液体状態(過冷却液体)を保てる。界面が存在しないことは液体が結晶になることを妨げ、結果としてガラスになりにくい物質をガラスにすることができる。図1参照。
*6 融点
固体が融解し液体化する温度のことをいう。
試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊され、CO2レーザーで加熱融解される。
写真は2000℃で浮遊している酸化物融体(ガラスビーズの融体)。
シリカ(SiO2)成分が少ないほど環の分布範囲は狭くなり、ガラスになりにくくなる。
《問い合わせ先》 (研究成果に関すること) 鈴谷 賢太郎(スズヤ ケンタロウ) (SPring-8に関すること) |
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