遺伝子の「使用禁止マーク」を外す仕組みが明らかに -マークを区別して遺伝子をオンにするタンパク質「UTX」の立体構造を解明-
- 公開日
- 2011年10月14日
- BL41XU(構造生物学I)
2011年10月14日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
●UTXは、ヒストンを詳細に調べて「使用禁止マーク」を区別
●「使用禁止マーク」と他のマークの区別には、UTXの特殊な構造が活躍
●細胞分化プロセスの制御につながるUTX阻害剤開発へ重要な一歩
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、遺伝子に付けられた「使用禁止マーク」を外すタンパク質「UTX」の立体構造を初めて解明し、UTXが他の機能を意味するマークと厳密に区別して、「使用禁止マーク」だけを外す仕組みを明らかにしました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長と仙石徹研究員による成果です。 この研究は、文部科学省の「ターゲットタンパク研究プログラム」、研究開発施設共用等促進費補助金(創薬等支援技術基盤プラットフォーム)事業」の一環として行ったもので、研究成果は米国の科学雑誌『Genes & Development』(11月1日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月14日付け:日本時間10月14日)に掲載されます。 (論文) |
1.背景
ヒトを含む多細胞生物は、異なった働きを持つ多くの細胞でできています。これらの細胞は、ほぼ共通のDNA配列を持っていながら、異なった種類の遺伝子をオンにして異なった機能を発揮しています。これらの生物には、DNA塩基配列そのものは変化させずに、遺伝子やタンパク質にさまざまな化学的マークをつけることでその働きを制御する仕組みが備わっており、「エピジェネティクス※4」と呼ばれる学問分野として注目を集めています。化学的マークには、DNAを構成する4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)のうち、シトシン塩基に付けられるメチル基(メチル化)などDNAに直接付けられるものや、DNAが密接に巻きついた「ヒストン」と呼ばれるタンパク質に付けられるものなど、さまざまな種類が存在します。
例えば、ヒストンH3はいくつかの場所でメチル化され、それぞれ違った機能を発揮しますが、27番目のリジン残基(リジン27)がメチル化されると、「この遺伝子を働かせてはいけない」という「使用禁止マーク」になります。ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞では、多くの遺伝子がこの使用禁止マーク、つまりリジン27がメチル化されているため、遺伝子はオフの状態になっています。細胞が分化を始めると、適切な時期に、決まった細胞の、働くべき遺伝子が巻きついたヒストンH3のリジン27のメチル基が外れます。その結果、遺伝子はオンになり、細胞が決まった機能を発揮します(図1)。ゲノム上における使用禁止マークのパターンは厳密に制御されており、いったん異常が起こって制御が不能になると、発生異常や細胞のがん化が引き起こされます。
このように、他の役割を持つマークを誤って外すと、細胞にとって悪影響が出てしまいますが、マークの周辺を見ただけではそれが外すべきマークかどうか区別することが困難な場合があります。これまで、リジン27のメチル基を外してその遺伝子をオンにする働きを持つUTXの存在は明らかとなっていましたが、使用禁止マークを他の機能を意味するマークと区別できる仕組みは全く分かっておらず、謎とされていました。
2.研究手法と成果
研究グループは、UTXがリジン27を含むヒストンH3断片と結合した状態の結晶を作製し、大型放射光施設SPring-8のBL41XU ビームラインを用いてX線結晶構造解析を行いました。その結果、UTXが触媒ドメイン※5やUTX固有のドメインを持っていることが明らかになりました。触媒ドメインは、メチル基をリジン27から外す化学反応を引き起こすドメインであり、その立体構造はこれまでに報告されていた別のマークを外すタンパク質とよく似ていました。一方、固有ドメインは、これまでに構造解析されたどのタンパク質とも似ていませんでした(図2)。ヒストンH3は、リジン27を含んだ25番目から32番目までのアミノ酸配列が触媒ドメインと結合していました。メチル化されたリジン27は触媒ドメインの中央の穴の奥深くに埋め込まれており、ここでメチル基を外す反応が進行します。一方、固有ドメインは、少し離れた17番目から22番目までのアミノ酸配列と結合していました(図3)。
次に、解析した立体構造を基に生化学的解析を行いました。ヒストンH3との結合に重要な場所に変異を導入したUTXを作製し、その活性を調べたところ、触媒ドメインの変異だけでなく、固有ドメインの変異も、メチル基を外す活性を低下させることが分かりました。同様に、触媒ドメインや固有ドメインと結合する部分に変異を導入したヒストンH3でも、UTXがメチル基を外す活性が低下することを見いだしました。すなわち、両方のドメインによる結合が、UTXのメチル基を外す活性に重要であることが明らかとなりました。
タンパク質が特定の分子を区別して働く仕組みは、よく「鍵と鍵穴」の例えで説明されます。タンパク質は決まった形(鍵穴)を持っており、それが働く相手(鍵)の形とぴったりフィットするときにだけ働くと考えられています。UTXは、触媒ドメインと固有ドメインという2つの鍵穴を持っており、両方の鍵がそろったときに初めてリジン27を区別し、メチル基を外すことが分かりました。
3.今後の期待
今回の結果は、UTXが細胞分化プロセスを制御する仕組みの詳しい理解に貢献します。また、立体構造が明らかになったことで、UTXの阻害剤をデザインする試みが可能になりました。そのような阻害剤は、細胞分化の制御において有用なツールになるとともに、iPS細胞などの多能性幹細胞の利用を通じた再生医学研究への貢献が期待できます。
≪補足説明≫
※1 ヒストン
真核生物でゲノムDNAに結合して染色体を作るタンパク質群。ヒストンH1、H2A、H2B、H3、H4の5類が知られている。さまざまな場所でメチル化、アセチル化、リン酸化など多種類の化学的修飾を受け、それにより遺伝子の働きが制御される。
※2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
※3 X線結晶構造解析
物質の結晶を作り、それにX線を照射して回折データを解析することにより、物質の内部構造を調べる方法。タンパク質の構造を原子レベルの分解能で詳細に解明するための最も有力な方法の1つである。
※4 エピジェネティクス(epigenetics)
遺伝学(genetics)の一分野で、DNA配列の変化を伴わずに遺伝子の機能を変化させてそれを伝達する仕組みを研究する学問。Epiはギリシャ語で「外」や「追加」を意味する接頭語。最近、細胞分化や病気などの生命現象の理解にエピジェネティクスが重要であることが明らかになってきた。
※5 ドメイン
タンパク質の立体構造において、1つにまとまって折りたたまれ働く領域。多くのタンパク質は1つ以上のドメインがつながった構造をとり、それぞれのドメインが協同してタンパク質全体の機能を発揮している。
《参考資料》
メチル化されたヒストンH3のリジン27は遺伝子の使用禁止マークとして働く。UTXは「リジン27のメチル基を外す機能」を持っており、遺伝子が特定の細胞で適切な時期に働くように作用する。
90度回転した2方向の図を示す。
(左)赤点線で示した2カ所でUTXとヒストンH3が結合している。
(右)メチル化されたリジン27(赤点線で示す)が触媒ドメインに結合しており、ここでメチル基を外す反応が進行する。
触媒ドメイン(青)と固有ドメイン(緑)はともに、「鍵と鍵穴」の関係のようにヒストンH3(黄)とフィットする形をしている。ヘリカルドメイン(ピンク)と呼ばれるドメインは触媒ドメインと固有ドメインをつなげている。
≪報道担当・問い合わせ先≫ (問い合わせ先) (報道担当) (SPring-8に関して) |
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