大型放射光施設 SPring-8

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酸素耐性膜結合型[NiFe]ヒドロゲナーゼのX線結晶構造解析-水素エネルギー利用に向けた基礎科学研究-(プレスリリース)

公開日
2011年10月17日
  • BL41XU(構造生物学I)
  • BL44XU(生体超分子複合体構造解析)

2011年10月17日
兵庫県立大学
国立大学法人茨城大学
独立行政法人理化学研究所

 兵庫県立大学大学院生命理学研究科の樋口教授、庄村助教らと茨城大学農学部の西原准教授らの研究グループ及び独立行政法人理化学研究所は共同で、大型放射光施設SPring-8を利用して、酵素タンパク質のひとつである酸素耐性膜結合型[NiFe]ヒドロゲナーゼ*1のX線結晶構造解析(立体構造解析)を行った。

 酸素耐性ヒドロゲナーゼ*2の立体構造解析は、世界初の成果である。これまでに研究されていた通常の[NiFe]ヒドロゲナーゼは酸素にさらされると酵素分子の機能が失われることが知られている。構造解析の結果、本酸素耐性[NiFe]ヒドロゲナーゼは、酸素にさらされた時に分子の一部が特徴的な構造変化を起こすことを見出した。そして、この構造変化こそが、酸素にさらされても本酵素分子が機能を失わないための「しくみ」であることを解明した。

 今回の研究成果は、ヒドロゲナーゼの酸素による機能の損失を克服するために重要な知見であり、水素をエネルギーとして利用するための、酸素に安定な新たな化学合成触媒や新規の燃料電池の開発研究への応用が期待される。

 その結果は世界で最も権威ある自然科学雑誌であるNature最新号電子版(2011年10月16日付け:日本時間10月17日午前2時)に発表される。

(原論文情報)
"Structural basis for a [4Fe-3S] cluster in the oxygen-tolerant membrane-bound [NiFe]-hydrogenase"
Yasuhito Shomura, Ki-Seok Yoon, Hirofumi Nishihara, and Yoshiki Higuchi
Nature 2011, published online 16 October 2011

1. 背景
 水素と酸素から電力を得る燃料電池は、使用の際にCO2や有害物質を発生しないことから、石油・石炭などの化石燃料に替わるクリーンエネルギーとして、その研究・開発が活発に行われています。人類が燃料電池の原型を考案したのは19世紀半ばであると言われていますが、太古より多くの微生物は,水素から生育に必要なエネルギーを取り出したり、これとは逆に,余剰なエネルギーを水素として放出したりするシステムを獲得して利用してきました。ヒドロゲナーゼ(今回構造解析した酵素)はそのシステムの中で中心的な役割を担うタンパク質です。この分子は,1930年代にその存在が明らかになってから、これまでさまざまな視点から研究が進められてきており,燃料電池や水素合成への応用が期待されています。幾つかのタイプが知られているこのタンパク質は、一般的に酸素が無い場所で働いているものが多く、最もよく研究されてきた「標準型」と呼ばれるものは、酸素によって機能が損なわれるという大きな問題がありました。しかし、最近、「膜結合型」と呼ばれるヒドロゲナーゼは、私たちが生活している環境のような高濃度の酸素存在下でも機能するということが分かってきたため、その「しくみ」を明らかにすることに大きな関心が寄せられてきました。今回の研究では、酸素が存在する環境(好気的な環境)で水素を酸化し、生育するためのエネルギーをつくりだす能力をもつ好気性水素酸化細菌の一種であるHydrogenovibrio marinus(ヒドロゲノビブリオ・マリナス)のヒドロゲナーゼの酸素耐性に着目し、X線構造解析を行いました。

2. 研究の成果
 今回、我々は、膜結合型ヒドロゲナーゼの結晶化に成功し、大型放射光施設SPring-8の生体超分子複合体構造解析(大阪大学蛋白質研究所)ビームラインBL44XUおよび構造生物学IビームラインBL41XUを用いてX線結晶構造解析を行いました(図1)。タンパク質のような小さな物質の機能や「しくみ」を明らかにするためには、X線結晶構造解析によって決定された立体構造は非常に有用な情報となります。このタンパク質の立体構造解析自体が世界初の成果ですが、我々はさらに、このタンパク質が酸素にさらされる過程において、一部に特徴的な構造変化を起こすことを見出しました(図2)。この構造変化は,水素を分解する反応が起こる場所から少し離れており、水素から発生した電子が移動する経路の途中で起きていました。水素が分解される場所はタンパク質の奥深い内部にあり(図1)、標準型ではそこに酸素がつくことによって機能が損なわれると考えられてきました。我々が観測したこの膜結合型の構造変化を考慮すれば、ついた酸素が速やかに水に分解されるという説をうまく説明する事ができ、この現象は膜結合型ヒドロゲナーゼが酸素のある環境でも機能する「しくみ」と深く関係していると考えられます。

3. 今後の展望
 ヒドロゲナーゼが触媒する水素分解や水素合成のメカニズムについては未だ不明な点が多いですが、その巧妙な「しくみ」の理解は、より効率的な水素エネルギー利用に関する研究・開発に重要な情報を提供します。特に今回の研究成果は,ヒドロゲナーゼの酸素による機能の損失を克服するために重要な知見であるとともに、この情報を基にした新たな合成触媒などの開発につながり、水素をエネルギーとして利用するための研究のブレークスルーとなることが期待されます。


《補足説明》
*1 [NiFe]ヒドロゲナーゼ

多くの微生物が持つ、水素の合成や分解を司る酵素。 Ni-Fe(ニッケル・鉄原子)が機能上重要な役割を担う。

*2 酸素耐性ヒドロゲナーゼ
通常のヒドロゲナーゼはニッケル・鉄原子に酸素がつくことによって機能が損なわれるが、一部のものではこれが起こらない、すなわち酸素耐性をもつことが知られている。


《参考資料》

図1.膜結合型ヒドロゲナーゼの全体図
図1.膜結合型ヒドロゲナーゼの全体図

結晶構造解析の結果、このタンパク質は2つのヒドロゲナーゼ分子が複合体をつくっていることが明らかになりました(左側の分子は黄色のみで示し、右側の分子は紫、青、水色で示しており、それぞれの分子は、水素が分解される部位と3個の鉄-硫黄クラスターをもっています)。水素はタンパク質内部で分解され、決まった通り道を経てタンパク質外部へ移動します。酸素のある状態と無い状態を比較して特徴的な構造の違いが観測された部位(図2参照)を赤色の点線で描いた円(*)で囲んで示しています。


図2.特徴的な構造変化が見られた部分の拡大図
図2.特徴的な構造変化が見られた部分の拡大図

オレンジ色は鉄原子、黄色は硫黄原子、青色は窒素原子、赤色は酸素原子、灰色は炭素原子を示しています。酸素がある状態ではAとBの2つの構造が、酸素が無く水素がある状態ではBのみが観測されました。



《問い合わせ先》

 兵庫県立大学大学院生命理学研究科
  教授 樋口芳樹
   TEL:0791-58-0179
 兵庫県立大学播磨光都キャンパス
  事務部次長兼総務課長 西村 拓也
   TEL:0791-58-0101

 茨城大学農学部 准教授 西原 宏史
   TEL:029-888-8685
 茨城大学 広報室 和地貴仁
   TEL:029-228-8008

 独立行政法人理化学研究所
  広報室 報道担当
   TEL:048-467-9272

(SPring-8に関すること)
  高輝度光科学研究センター 広報室
  Tel:0791-58-2785 Fax:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp 

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