水素を大量に貯蔵したアルミニウムの結合様式を放射光で解明 -アルミニウム水素化物の水素貯蔵性能を改良するための指針を提供-(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年10月20日
- BL27SU(軟X線光化学)
2011年10月20日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
財団法人 高輝度光科学研究センター
本研究のポイント
•水素貯蔵材料の性能向上の鍵となる水素とアルミニウムの結合様式を、放射光でしかできない実験で明らかにした。
•アルミニウムを基盤とした水素貯蔵材料の性能向上の指針を与えた。
独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 鈴木篤之。以下「JAEA」)の研究グループは、財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 白川哲久。以下「JASRI」)と共同で、水素貯蔵材料として注目されているアルミニウム水素化物の放射光分光実験を実施し、水素原子とアルミニウム原子が、共通の電子を介して形成される共有結合で結合していることを明らかにしました。 本研究成果は、10月10日に米国物理学会誌Physical Review B Brief Reportにオンライン掲載されました。 (論文) |
1. 背景
自然環境を汚染しないクリーンなエネルギー社会実現への関心が高まる中、水素をエネルギー源として利用する試みが活発になっており、高性能な水素貯蔵材料の開発が急がれています。水素貯蔵材料に求められる性能は、軽量コンパクトで輸送が容易であり、かつ生活環境に近い圧力や温度条件で簡単に水素の貯蔵・放出ができることです。アルミニウム水素化物(α-AlH3)は、自然界に豊富にあるアルミニウム*1を原料とし、軽量でかつ水素を多量に貯蔵出来るため、有望な水素貯蔵材料と考えられています(図1)。しかしながら、水素の貯蔵・放出過程の制御には高圧・高温の条件が必要で、実用化には課題が残されています。水素の貯蔵・放出過程の制御のためには、水素がどのような結合様式により水素貯蔵材料に吸収されているのかについて正確な知見が不可欠ですが、アルミニウム水素化物における水素原子とアルミニウム原子の結合様式については、多くの理論的予測があるにも関わらず、イオン結合的か共有結合的なのかの決着がついていませんでした(図2)。そのため電子状態を実験的に調べることが強く望まれていました。
2. 研究成果の内容
本研究では、アルミニウムが水素を貯蔵するとアルミニウムの電子状態がどのように変化するのかを調べ、水素原子とアルミニウム原子の結合様式を明らかにすることを目的としました。
大型放射光施設SPring-8*2の軟X線光化学ビームラインBL27SUにおいて、水素を含まないアルミニウム単体金属とアルミニウム水素化物に対して、放射光軟X線*3を用いた発光分光法*4と内殻吸収分光法*5により、それぞれの電子状態を調べました。これらの実験手法では、複数の元素が含まれた物質であっても特定の元素の特定の電子についての電子状態を抜き出して調べることができ、発光分光実験からは占有電子状態*6、内殻吸収分光実験からは非占有電子状態*7についての情報を得ることができます。そしてこれら二つの実験を組み合わせることで、結合様式を知るために必要な全電子状態を知ることができます。今回の実験では、アルミニウム原子が持っている電子の中で、主に水素原子との結合に関与するAl 3p電子状態に注目しました(図3)。
実験結果を図4に示します。青色がアルミニウム単体金属で赤色がアルミニウム水素化物の測定結果です。水素原子がアルミニウム単体金属に貯蔵されることで、電子状態に二つの明らかな変化が観測されました。矢印①で示すように、発光分光スペクトルの強度が増大することからAl 3p電子数が増加し、矢印②で示すように、吸収分光スペクトルが光エネルギーの高い側にずれ、金属から絶縁体に変わったことが分かりました。もし、水素原子とアルミニウム原子が完全なイオン結合であるならば、電気陰性度*8の違いから①とは逆の変化をすると予想でき、この実験結果から直ちにそれは否定されます。さらに、バンド計算*9を用いて、アルミニウム単体金属がアルミニウム水素化物になるとどのように電子状態が変化するのかを理論的に調べてみると、実験で観測された①と②の結果を定性的に説明できることも分かりました。このことから、アルミニウム水素化物においては、水素原子とアルミニウム原子が共通の電子を介して形成される共有結合で結合していることが明らかになりました。これまでの理論的研究だけでは決定に至らなかったアルミニウム水素化物における結合様式について、SPring-8を駆使した実験により決着をつけることができました。
本研究は、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の水素貯蔵材料先端基盤研究事業「水素と材料の相互作用の実験的解明」の委託を受け、試料育成から電子状態の測定、理論的検証に至るまで一貫した体制で実施しました。
3. 成果の波及効果
アルミニウム水素化物において、理論的研究だけでは決定できなかった水素原子とアルミニウム原子の結合様式について、初めて実験的な確証を得たことにより、アルミニウム水素化物の水素の貯蔵・放出のメカニズムの理解が進み、資源の豊富さと軽量さという強みを持ったアルミニウムを基盤とした新しい水素貯蔵材料の設計や性能向上の指針につながるものと期待できます。
《補足説明》
*1 アルミニウム: Al
地表付近において多く存在する元素として、多い順から酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄だと言われています。またアルミニウムは鉱物からの精製技術が確立しています。さらに再生に必要なエネルギーが少なくて済むことからリサイクル性に優れた金属であることから安価でかつ大量に入手できる資源のひとつです。
*2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*3 軟X線
100 eV(エレクトロンボルト:1 eVは自由空間に1Vの電位差があるときに電子1つが得るエネルギー。)から2000 eV程度のX線のことを軟X線といいます。このエネルギー領域のX線は透過力が弱く物質に吸収され易い光です。一方で、この性質は物質の性質を調べる上で有利なことも多くあるため、物質科学の研究において広く活用されています。実験室のX線発生装置では特定のエネルギーの光しか取り出すことができません。しかし、放射光を用いれば使いたいエネルギーの光を自由に取り出すことができます。今回の研究は、放射光でしかできなかった実験です。
*4 発光分光法
十分に高いエネルギーの光を物質に照射することで、内殻電子が物質外に放出されます。このとき内殻電子があった準位にホール(いわば電子の空席)ができます。内殻準位にホールがある状態はとても不安定なので、このホールを占有電子状態にある電子が埋めます。この遷移確率は占有電子状態の状態密度に比例します。この遷移の際に放出される光のエネルギーと強度の関係を調べることで、占有電子状態の情報を得ることができます。また内殻準位のエネルギーは元素ごとに異なり、また電子が遷移できる状況には制限があるため、発光分光法は元素・電子軌道選択性のある実験手法です。
*5 内殻吸収分光法
物質内の内殻電子のエネルギーと非占有電子状態のエネルギー差に相当するエネルギーを持った光を照射すると、内殻電子はその光のエネルギーを吸収し、非占有電子状態に遷移します。その遷移確率は非占有電子状態の状態密度に比例します。一般には物質に入射した光と透過してきた光の強度比を調べます。また、その遷移確率は物質から放出される光の強度や電子の数にも比例することが知られています。本研究では、放出される光の強度を入射光のエネルギーを走査しながら測定することで、非占有電子状態の情報を得ました。発光分光法と同様の理由で、内殻吸収分光法では元素・電子軌道選択性のある実験手法です。
*6, 7 占有電子状態と非占有電子状態
物質中に存在する電子は、それぞれが持っているエネルギーによってその存在確率(「状態密度」という)が決まっています。そして、エネルギーの低い方の状態から電子により占められていきます。この電子が満たされている電子状態を占有電子状態といいます。一方、電子に満たされていない電子状態を非占有電子状態といいます。
*8 電気陰性度
原子はそれぞれ電子を引きつける力が異なり、その尺度を示したものです。
*9 バンド計算
物質の電子状態を第一原理から求める計算方法です。今回の研究では、計算方法のひとつであるLAPW法(Linearized Augmented Plane Wave method)を用いて計算を行いました。各々の原子を中心とした球内の基底関数と球外の平面波で状態を表現します。
《参考資料》
水素の貯蔵・放出により構造が大きく変化します。アルミニウム単体金属は面心立方構造です。一方、アルミニウム水素化物においては、アルミニウム原子は頂点にある6個の水素原子に囲まれた8面体の構造になっています。そして、それぞれの水素原子は別の8面体の頂点になるような構造になります。
イオン結合の典型例として食塩(NaCl)があります。(a)NaClではナトリウム原子よりも塩素原子の方が圧倒的に電子(●)を引き付けやすいために、ナトリウム原子の電子が塩素原子に一つ移動することにより、(b)塩素原子がマイナスの電気を帯び、ナトリウム原子がプラスの電気を帯びます。その結果、電気的な引力でお互いを引きつけ合って結合します。この結合様式のことをイオン結合と言います。一方、共有結合の典型例として水素ガス(H2)があります。(c)H2ではそれぞれの原子があと一つ電子を取り込むと非常に安定な状態になることができるので、(d)お互いの水素原子が電子を提供し合って結合します。この結合様式のことを共有結合と言います。
吸収分光法の場合は、Al 1s内殻電子が放射光からエネルギーを吸収し、Al 3p電子の非占有電子状態に遷移する確率を調べます。発光分光法では、放射光のエネルギーを吸収してAl 1s内殻電子が抜けたところを占有電子状態にあったAl 3p電子が埋める確率を調べます。よって二つの実験を組み合わせると、Al 3p電子の占有および非占有電子状態の情報を得ることができます。
図4.アルミニウム単体金属(青色)とアルミニウム水素化物α-AlH3(赤色)の発光分光と内殻吸収分光実験から得られた電子状態の比較。
発光分光実験(ピンクの部分)の横軸は、光エネルギー1650 eVの光を試料に照射したときに、試料から放出された光のエネルギーを表し、内殻吸収分光実験(ブルーの部分)の横軸は試料に照射した光のエネルギーを表しています。縦軸は、いずれの実験においても試料から放出された光の強度を表しています。両実験結果を組み合わせることにより、Al 3p電子の占有電子状態と非占有電子状態を得ています。
《問い合わせ先》 (研究内容について) 財団法人高輝度光科学研究センター (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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