電圧による瞬間的な原子の動きを100万分の1秒でとらえることに成功 -圧電素子の動作メカニズムと新材料創成に新たな展望-(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年11月11日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2011年11月11日
国立大学法人広島大学
財団法人高輝度光科学研究センター
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学
広島大学(学長 浅原利正)は、東京大学(総長 濱田純一)、高輝度光科学研究センター(以下JASRI、理事長 白川哲久)、理化学研究所(理事長 野依良治)らと共同で、電界を印加された圧電体*1結晶が、力を加えられたバネのように伸縮を繰り返しながら一定のサイズに収束する様子を、原子レベルでの結晶格子サイズの時間変化から観測することに成功しました。これは、100万分の1秒での原子レベルでの構造計測により初めて明らかになった、結晶の圧電振動の瞬間の原子の振る舞いです。この成果は、広島大学の森吉千佳子准教授、黒岩芳弘教授、東京大学の野口祐二准教授、宮山勝教授、JASRIの大沢仁志研究員、杉本邦久研究員、理化学研究所の高田昌樹主任研究員らのグループによる、SPring-8の利用者指定型重点研究課題(パワーユーザ課題)によるもので、公益社団法人応用物理学会の欧文誌であるJapanese Journal of Applied Physics (JJAP)に発表したところ"SPOTLIGHTS"論文として注目される成果に選ばれました。 (論文) |
1. 背景
圧電性をもつ結晶に電界を印加すると、結晶の外形が変形します。強誘電性をあわせもつ圧電体結晶の場合、変形するしくみは2種類に大別されます。1つは強誘電分域の変化による外在的な変形で、ピエゾメータを用いたマクロ測定により観測可能です。もう1つは結晶を構成する原子の変位による本質的な格子変形で、X線などを用いた回折実験が測定に威力を発揮すると考えられてきました。しかし、この原子の変位量は、物質固有の本質的な圧電効果を測るうえで重要であるにもかかわらず、電界を印加した状態で精密構造解析をすることが困難であったため、これまでほとんど明らかにされてきませんでした。しかし、最近になって、放射光などを用いた回折実験により、静的な電界を印加したときの格子定数の変化などが調べられるようになってきました。今日では、さらに一歩進み、電圧がオンになった瞬間から、ミクロなレベルで結晶中の原子がどのように変位するのか、結晶格子がどのように変形するのか、その時間変化するしくみを知ることが重要な課題となっていました。
2. 研究手法・成果
電界誘起の格子の変形は極めて小さく、その変化率は0.1 pm/V程度と考えられます。このような微小変化を明らかにするためには、高輝度で平行なビームである放射光を用いて、電界を印加したときの回折スポットの位置の変化を精密に測定することが必要です。圧電体結晶の圧電固有振動数は、物質の種類はもちろん、試料の形や大きさによって変化します。本研究では、正方晶チタン酸バリウムBaTiO3単結晶に注目しました。これを一辺が数mmで厚み0.1 mm程度の板状に加工すると、固有振動数はMHzオーダーになります。そこで、SPring-8において開発した小型高速X線チョッパーを利用してマイクロ秒オーダーで放射光を切り出し、電界印加と放射光照射のそれぞれのタイミングを高度に同期させることにより、電界印加に対して特定のタイミングのみ放射光が照射されるようなシステムを構築しました。この時間分解システムとBL02B1に備えられている大型湾曲IPカメラとを組み合わせて、動的放射光X線回折像収集システムを構築しました。これらのシステムの概略図を図1に示します。外部電界は、BaTiO3単結晶のc軸方向に印加されました。電界の波形は周波数600 Hzで交番する矩形波としました。放射光のエネルギーは、試料の内部まで放射光が十分透過するように、35 keV(波長~ 0.35 Å)という高エネルギーのものを用いました。放射光のパルスは、電界の向きがマイナスからプラスに変わった瞬間からΔt秒後にだけ結晶に照射されます。その瞬間の回折スポット約600個をIPカメラで撮影し、ある時刻Δtでの格子定数aとcを決定します。Δtを変えながら同様にaとcを決定し、格子定数aとcとの比c/aのΔtに対する変化を調べたものを図2に示します。c/aは、Δt = 0のときc/a = 1.01100(3)で、Δt ~ 60 µs付近で最大値c/a = 1.01137(4)をとり、その差はわずか0.00037です。このような微小変化を調べることができたのは、単結晶回折によって多くの回折スポットの位置を精度良く観測したからです。c/aは減衰しながら振動しています。このように、電界印加によって引き伸ばされた結晶格子が、あたかもバネが減衰振動するように変化していく様子が世界で初めて観測されました。特に、結晶が大きく伸びる直前の分極反転が起こっている最中に、結晶格子が一度縮むという興味深い現象も観測できました。
3. 波及効果
これまで、このような時分割構造計測は、薄膜やセラミックス試料を用いたものが主流で、試料中の基板や粒界の影響を含む現象を観測していました。今回、単結晶試料を用いたマイクロ秒レベルでの時分割回折実験の手法を確立したことによって、基板等の影響を受けない圧電体本来の性質を測定できるようになりました。一方、現在、SPring-8を利用した時間分解測定技術は既にピコ秒オーダーにまで達しています。今後、このような時間スケールで結晶の中を動きだす瞬間の原子の挙動がわかるようになると、高速応答する新しい材料創成などにも活用できると考えられます。また、対象は圧電体材料に限らないため、蓄電デバイス等、様々な電子デバイスが実際に動作しているその瞬間の結晶構造を原子レベルで透視して観測することが可能となり、物質機能と結晶構造を一対一に対応させた材料開発にも大いに貢献できると期待されます。
《参考資料》
正方晶チタン酸バリウム(BaTiO3)単結晶のc軸方向に電界を印加する。外部電界の波形に同期するよう、X線チョッパーを用いて放射光を切り出す。X線チョッパーと電圧パターン発生器の間にはタイミング調整器が備わっており、電界の向きがマイナスからプラスに変わった瞬間から任意のΔt秒後にだけ、放射光のパルスが結晶に照射される。このようにして回折スポットの瞬間写真がイメージングプレートに記録される。
電界がマイナスEのIの状態からプラスEの状態に変化した瞬間、IIでは分極反転が起こり、結晶がc軸方向に一度少し縮む。IIIで反転が完了すると、結晶はc軸方向に大きく伸びることができるようになる。そのまま大きく伸びた状態でいることはできず、その後、IIIからVIの領域では、c/aは減衰しながら振動し、もとのc/a比にもどっていく。この様子はバネの減衰振動とよく似ている。
《補足説明》
*1 圧電体
ある物質に圧力を加えると、原子変位に伴い、物質内に分極が生じるために、物質の表面に電位差が現れる現象や、逆に電界を加えると物質自体が変形する現象を圧電効果と呼び、これらの現象を示す物質を圧電体と呼びます。
*2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeV(ギガ電子ボルト)に由来しています。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。
SPring-8には、単結晶構造解析用ビームラインBL02B1があり、重点研究課題の中で、高エネルギー・高輝度単結晶回折実験の技術向上と物質科学への応用を推進しています。また、SPring-8では、高速時間分解計測技術の実現に努めており、これまでにDVD記録媒体への高速記録実現のキーポイントとなる構成原子の高速再配列のしくみなどを解明してきました。
《問い合わせ先》 (研究内容に関して) (ビームラインに関して) (SPring-8に関すること) |
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