2つの電子が拓く極紫外域の新しい光吸収経路の解明- SACLAなどの高強度な極短波長光源を用いた応用研究への礎 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2011年12月05日
- SCSS
2011年12月5日
国立大学法人名古屋大学
国立大学法人新潟大学
国立大学法人電気通信大学
大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
独立行政法人科学技術振興機構(JST)
名古屋大学・菱川明栄教授、新潟大学・彦坂泰正准教授、電気通信大学・森下亨助教、分子科学研究所・繁政英治准教授、理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)の共同研究グループは、台湾Fu-Jen Catholic大学と共同で、極紫外(EUV)光領域の強い光を受けた物質における新しい光吸収メカニズム(新しい光吸収経路の存在)を初めて明らかにしました。 (論文) |
第3期科学技術基本計画で国家基幹技術の一つとして指定されたX線自由電子レーザー施設SACLA*1は今年6月にレーザー発振が確認され、X線領域での極めて強いパルス光を利用した研究に向けて現在準備が進められています。従来の光源では、結晶状の比較的大きな試料が必要だったのに対し、高強度できれいな波形をもった超短パルスX線が得られるSACLAでは、さまざまな物質の原子レベルの構造とその極めて高速な動きを捉えることが可能となるため、ナノメートルサイズの微粒子や、それより小さいタンパク質のような分子1個の形状(構造)を決定できるようになります。これによって、例えば、薬がどのように働くかを原子レベルで明らかにすることができると期待されています。
一方、分子サンプルからの信号を十分な強度で得るには、X線をナノメートルサイズまで集光する必要があります。この場合、極めて小さい空間に大きな光エネルギーが集まるため、分子のふるまいは単純に光の強さに比例しなくなります。これは、焦点では光の粒(=光子)*3が多く集まってくるため、多数の光子が一つの分子に同時に衝突するようになるためと考えれば理解することができます。これは「多光子吸収過程」*4と呼ばれる現象で、分子が吸収する光エネルギーが光強度によって大きく変化するため、極めて重要です。多光子吸収過程はこれまで可視や近赤外の光を用いて詳細な研究が進められてきましたが、X線やより波長の長い極紫外光領域ではSACLAや試験加速器施設SCSS*5のような自由電子レーザー(FEL)光源の誕生ではじめて詳細な研究が可能となりました。
研究の成果
研究グループは多光子吸収がどのようにおこるのか、そのメカニズムを理解するために、SCSSからの高強度極紫外FEL光(波長51 nm)を用いて実験を行いました。光の吸収は原子や分子に含まれる電子の状態変化に対応するため、研究対象を2つの電子を持つヘリウム原子とし、光吸収によって飛び出した電子のエネルギーを磁気ボトル型光電子分光器(図1右)*6を用いて精密に測定しました。その結果、放出された電子エネルギーの分布を表すスペクトルには、2つの光子の吸収および3つの光子の吸収によるピークが明瞭に観測されました。これらのピークを比べてみると、3光子吸収のピークが2光子吸収によるものより20倍以上も大きいことがわかりました(図1左)。3光子が同時にヘリウム原子に衝突する頻度は、2光子が原子に衝突する場合に比べて小さいにも関わらず、3光子を使った光吸収の方がずっと起こりやすいことを今回の結果は示しています。
予想に反したこの現象を理解するために研究グループは、FEL光の「ゆらぎ」を利用したシングルショット光電子分光計測(2010年9月24日プレスリリース)と詳細な理論計算を行いました。その結果、この3光子過程が2つの電子の状態が同時に変化した「2電子励起状態」への遷移に由来することを突き止めました(図2)。通常、原子に含まれる多くの電子のうちの1つだけが光によって状態を変えられ、放出されるのに対して、この場合は2つの電子が動くことによって3つの光子を同時に吸収する過程を効率よく起こしていることになります。
研究グループは、3つの光子が2つの電子の状態変化にどのように使われているのかについても明らかにするため、更に研究を進めました。その結果、3つの光子のうち、まず1つめの光子で、1s軌道にある2つの電子のうち1つが原子核から遠い準位(リュードベリ準位(主量子数n ≈ 5))に移動し、次に原子核と強く結びついている残りの電子が2つの光子を使って主量子数N = 3の準位に移動していることがわかりました(図3)。
今後の展開
今回の研究で、極紫外域での多光子吸収では、これまで想定されてきたような1つの電子の状態が変化する経路だけではなく、複数の電子が変化する経路も重要であることがわかりました。同様の多光子吸収の経路は、原子や分子のような単純な物質系に限らず、さまざまな物質においても同様に起こりうると推測され、来年3月から供用開始のX線自由電子レーザー施設SACLAを利用した物質構造決定などの応用研究においても、重要な要素となり得る可能性を示しています。
今回、高強度の極短波長光を受けた物質の新しい光吸収過程のメカニズムが解明されたことによって、今後SACLAを用いたナノ微粒子や、それより小さいタンパク質のような分子サイズの物質の構造決定や、薬の働く機構の原子レベルでの解明、さらには多光子吸収過程を積極的に利用することで、材料の微細加工などの応用分野の可能性を大きく広げるなど、多方面への発展につながることが期待されます。
《参考資料》
ヘリウムに極紫外(波長51 nm)強レーザーパルスを照射したときの
光電子エネルギースペクトル(左)
いくつかの小さいピークが見られる(黒線)。光の「ゆらぎ」を利用した実験計測(a)と理論計算(b)からこれらのサブピークは2電子励起状態に由来することがわかる。
《用語解説》
*1 X線自由電子レーザー施設 SACLA(さくら)
SACLAは「SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser」の略。日本唯一のX線自由電子レーザー施設。2011年6月に世界最短波長のX線レーザー発振に成功。
*2 「ゆらぎ」
SCSS*5などの自己増幅自発放射(SASE)型自由電子レーザーは、自発的に発生した微小な光を増幅してレーザー発振するため,出力されたレーザー光の強度および波長がレーザーパルス毎に大きく変化する。
*3 光子
粒子性を表す光の呼称。光子1個のもつエネルギーは,光の周波数をν、プランク定数をhとしてhνと表される。
*4 多光子吸収過程
通常の光吸収過程においては、光子1個のみが吸収されるが、レーザーのように強い光を用いると複数の光子が吸収されることがある。これを多光子吸収と呼ぶ。可視や赤外領域のレーザーを用いた多光子吸収過程は応用研究が進み、回折限界を超える解像と3次元分解能を得るための技術として、顕微鏡やナノ加工などに盛んに利用されている。
*5 SCSS(エス シー エス エス)試験加速器
「SPring-8 Compact SASE Source」の略。SASEは自己増幅自発放射(Self Amplified Spontaneous Emission)を意味し、反射鏡を使わずに光を増幅してレーザー発振を得る方法を指す。2005年に日本のX線自由電子レーザー施設SACLA*1のプロトタイプ機として建設。SACLAの32分の1の加速エネルギーを持ち、極紫外域の自由電子レーザー光を発生する。
*6 磁気ボトル型光電子分光器
磁気ミラー効果を利用した超高効率の光電子分析技術(図1)。強力な永久磁石とそれに対向するソレノイドコイルによって発生させた不均一磁場を用い、放出された全ての電子を捕集しソレノイドコイルの終端部に配置した検出器で検出する。
《問い合わせ先》 彦坂 泰正(ひこさか やすまさ) 森下 亨(もりした とおる) 繁政 英治(しげまさ えいじ) 永園 充(ながその みつる) 大橋 治彦(おおはし はるひこ) (JSTの事業に関すること) (報道対応) 科学技術振興機構 広報ポータル部 (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- 2つの電子が拓く極紫外域の新しい光吸収経路の解明- SACLAなどの高強度な極短波長光源を用いた応用研究への礎 -(プレスリリース)