大型放射光施設 SPring-8

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岩塩型構造の酸化第一鉄(FeO)の圧力温度誘起金属転移の解明 − マントル底部の金属FeOが地球の自転に影響 −(プレスリリース)

公開日
2012年01月13日
  • BL10XU(高圧構造物性)

2012年1月13日
国立大学法人大阪大学
財団法人高輝度光科学研究センター

 国立大学法人大阪大学極限量子科学研究センターの太田健二(日本学術振興会特別研究員)と清水克哉 教授は、カーネギー研究所、国立大学法人東京工業大学、独立行政法人海洋開発研究機構、ラトガース大学、財団法人高輝度光科学研究センターとの共同研究により、70万気圧、摂氏1600度を超える高圧高温下において酸化第一鉄(FeO)が構造変化を伴わない絶縁体−金属転移*1を起こすこと、また、その金属転移が従来提唱されていたものとは異なる新たなメカニズムによるものであることを大型放射光施設SPring-8*2の高輝度放射光を用いた高圧高温実験と理論計算の両手法を用いて、世界で初めて発見しました。
 FeOは地球のマントルや外核の重要な成分であるため、マントル深部の圧力温度条件で存在しうるFeOの金属転移はマントルと核の電磁気的な相互作用を強め、地球の自転に影響を与えている可能性があります。また、固体物性物理の分野においても新たな絶縁体−金属転移機構の発見は、物質の中でも電子どうしの間に働く有効な電磁気的な相互作用が強い状態(強相関電子系)の理解を更に深めることも期待されます。 本研究成果は、平成24年1月12日発行のアメリカ物理学会出版「Physical Review Letters」誌に掲載されました。

(論文)
"Experimental and Theoretical Evidence for Pressure-Induced Metallization in FeO with Rocksalt Type Structure"
Kenji Ohta1, Ronald E. Cohen2, Kei Hirose3,4, Kristjan Haule5, Katsuya Shimizu1, Yasuo Ohishi6
1. 大阪大学極限量子科学研究センター、2. カーネギー研究所、3. 東京工業大学、4. 海洋開発研究機構、5. ラトガース大学、6. 高輝度光科学研究センター
Physical Review Letters 108 published 12 January 2012

1. 研究の背景
 FeOは地球内部を構成する成分の一つであるため、高圧力高温環境である地球深部でのFeOの結晶構造などの物性は地球内部のダイナミクスに大きな影響を与えていると考えられます。FeOは常圧常温下で岩塩型構造を持つ遷移金属酸化物であり、バンド理論では金属的であると予想されるにも関わらず実際は絶縁体である、いわゆるMott絶縁体で、その物理を解明することは固体物性物理の分野の大きなテーマの一つです。そのため、高圧実験によるFeOの構造決定や物性測定がこれまでも数多くなされており、約25年前にFeOの圧力温度誘起金属転移が初めて報告されました。しかし、その金属転移が起こる圧力温度条件や金属化のメカニズムは未だによく分かっていませんでした。

2.研究内容と成果
 本実験は大型放射光施設SPring-8の高圧構造物性ビームラインBL10XUにおいて、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(DAC)高圧発生装置*3を用い(図1)、FeOの電気伝導度と結晶構造の同時決定を141万気圧、摂氏2200度までの高圧力高温条件下で行いました。その結果からFeOの絶縁体−金属転移境界を決定しました(図2)。この金属転移に伴うFeOの岩塩型構造からの結晶構造の変化は観察されませんでした。このことは、本研究で観察された金属転移が構造相転移によって起こるものではないことを示しています。そこで、高圧実験と同じく、高圧高温条件でのFeOの電子状態と電気伝導度を理論計算によって決定しました。その結果、実験で見られた絶縁体−金属転移は圧力温度変化によって起こるFeO中の鉄原子の電子スピン状態の変化が原因であることがわかりました(図3)。この絶縁体−金属転移機構はMott絶縁体において従来知られていたものとは異なる、新しいタイプの機構です。

3.結果の意義
 本研究により、FeOは高圧高温下において、結晶構造変化を伴わない絶縁体−金属転移を起こすことが明らかになりました。このことは地球マントル深部や外核に存在するFeOは岩塩型構造の金属相であることを示しており、金属FeOは地球のマントル−核の電磁気的な相互作用を強め、地球の自転に大きな影響を与えていると考えられ、地球の自転の仕組み解明への手掛かりとなるものです。さらには、固体物性物理の分野においても新たな絶縁体−金属転移機構の発見は、物質の中でも電子どうしの間に働く有効な電磁気的な相互作用が強い状態(強相関電子系)への理解を更に深めることも期待されます。


図1.レーザー加熱ダイヤモンドアンビルセル(A)

図1:レーザー加熱ダイヤモンドアンビルセル(A)。対向する一組のダイヤ(B)の間に試料を挟み、高圧下でレーザーを試料に照射することにより、実験室内で地球内部の温度圧力を発生させることができる。


図2:高圧高温下におけるFeOの状態図
図2:高圧高温下におけるFeOの状態図

黒い太線と点線が本研究により決定された絶縁体−金属転移境界(灰色の帯は温度圧力の不確かさを示す)。シンボルが実験を行った温度圧力条件。B1、岩塩型構造;rB1、歪んだ岩塩型構造;B8、ヒ化ニッケル型構造。


図3:高温下におけるB1構造のFeOの電気伝導度

図3:高温下におけるB1構造のFeOの電気伝導度(青:実験データ、黒:理論計算)の圧力変化とFeOの電子状態(挿入図)


《用語解説》
*1 絶縁体−金属転移

電気が流れにくい絶縁体から金属へと物質が変化すること。

*2 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理や利用促進業務はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

*3 ダイヤモンドアンビルセル
宝石用ダイヤモンドを用いた小型の高圧装置。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられます。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生します。ダイヤモンドの先端のサイズを小さくすれば、地球中心部に相当する圧力(約360万気圧)の発生が可能です。



《問い合わせ先》
(研究に関すること)
  太田 健二(オオタ ケンジ)
   京大阪大学 極限量子科学研究センター所属(日本学術振興会特別研究員)
    TEL:06-6850-6677、 FAX:06-6850-6662
     E-mail:mail

  清水 克哉(シミズ カツヤ)
   大阪大学 極限量子科学研究センター 教授
    TEL:06-6850-6675、FAX:06-6850-6662
     E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp