大型放射光施設 SPring-8

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光が当たるとイオンを通すメカニズムを明らかに − 神経生物学への応用、神経疾患の病体解明や治療法開発への将来的寄与も − (プレスリリース)

公開日
2012年01月23日
  • BL32XU(理研 ターゲットタンパク)

2012年1月23日
東京大学

 東京大学の研究グループ(代表:東京大学大学院理学系研究科 濡木 理 教授)は、光が当たると陽イオンを細胞内に取り込む緑藻由来の膜タンパク質チャネルロドプシンの詳細な立体構造を、世界で初めて解明しました。さらに、本構造と電気生理学的な解析の結果、チャネルロドプシンの初期反応を明らかにし、長らく論争になってきたチャネルロドプシンのイオン輸送経路を解明することに世界で初めて成功しました。このタンパク質は特定の神経細胞を光照射によって興奮させられる有用なツールとして現在非常に注目を集めており、今回の結果は光エネルギーを陽イオンの輸送に変換するメカニズムを明らかにしただけでなく、構造情報を元にして、より有用な神経生物学のツールをデザインするための基本的枠組みを提供したという意味で、神経生物学や神経病理学の分野にも大きく寄与することが期待されます。本研究成果は、英国科学誌ネイチャー電子版に1月23日3時(日本時間)付けで公開されます。

(論文)
"Crystal structure of channelrhodopsin light-gated cation channel "
(光駆動性陽イオンチャネルであるチャネルロドプシンの結晶構造)
加藤英明, Feng Zhang, Ofer Yizhar, Charu Ramakrishnan, 西澤知宏, 平田邦生, 伊藤淳平, Yusuke Aita, 塚崎智也, 林重彦, Peter Hegemann, Andrés D Maturana, 石谷隆一郎, Karl Deisseroth*, 濡木理* (*責任著者)
Nature, Published online 22 January 2012

発表内容
ヒトから微生物まで殆どの生物は光情報を受容して、光情報を元に行動をとることが知られていますが、多くの場合この光情報の受容は、発色団としてレチナール*1と呼ばれる低分子を結合したロドプシンファミリータンパク質*2によって担われています (図1)。ロドプシンは非常に巨大なスーパーファミリーを形成する膜タンパク質であり、微生物型・動物型のロドプシンを併せて考えると、その機能は三量体Gタンパク質*3の活性化、水素イオンのポンプ*4、塩化物イオンのポンプなど多岐に渡ります。その中でもチャネルロドプシン (以下、ChR) は緑藻類から発見された、初の(そして現在まで唯一の) 光駆動型陽イオンチャネル*5として注目を集めています。ChRは青色光が当たると陽イオンを細胞内に輸送するという機能を持っていますが、その機能はほ乳類の神経細胞に発現させた状態でも保持されていることが2005年に発見されました。一般的に神経細胞はナトリウムイオンが細胞内に流れ込み、脱分極することによって興奮します。そのため、ナトリウムイオンを主な輸送基質とするこのChRは、光照射によって好きな神経細胞を好きなタイミングで活性化させられる非常に有用なツールとして着目され、利用され続けてきました。ChRが神経生物学分野に与えた影響は非常に大きく、ChRを用いた神経回路の解析技術が 「Method of the year 2010」*6として選ばれていることからもそれがうかがえます。このようにChRは多くの神経学者によって注目を浴び、使用され続けている一方で、光が当たるとどのようにしてイオンが運ばれるのか、そもそもイオンはこのタンパク質のどこを通っていくのか、といった基本的なメカニズムについての知見は殆ど得られていませんでした。その原因としてはチャネルロドプシンのような真核生物由来の膜タンパク質は一般的に不安定で大量に調製することが困難であったことが挙げられます。今回我々は現在までに報告されているChR同士のキメラ体を多数作製することで、ChRを安定かつ大量に精製する方法を確立し、脂質中に膜タンパク質を再構成して結晶化する脂質キュービック法*7という特殊な結晶化法を用いる事でChRの結晶を調製することに成功しました。続いて、大型放射光施設SPring-8*8の理研 ターゲットタンパクビームライン(BL32XU)、Swiss Light Source*9を利用したX線結晶構造解析*10によってChRの閉じた状態の構造を高分解能で決定することに成功しました。さらに、得られた立体構造から予測されるChRの機能部位を改変し、電気生理学的解析を行う事で、ChRの光反応サイクルの初期反応やイオン透過経路を明らかにし、ChRを神経生物学のツールとして更に使い易くするための構造情報を提起することに成功しました。

ChRの結晶構造から、ChRは従来の微生物型ロドプシンと同様7本の膜貫通ヘリックス(図1)から形成されている一方で、アミノ末端側に大きな細胞外領域 (Nドメイン) を持っていることが分かりました。ChRはこのNドメイン同士の相互作用によって、微生物型ロドプシンとしては初めて二量体構造を形成していることが判明しました (図2)。また、ChRを他の微生物型ロドプシンであるバクテリオロドプシン(以下、BR)と比較した場合、光サイクルの初期反応で非常に重要な働きをしているアミノ酸残基が、予想に反してBRとChRでは異なっていることが示唆されました (図3)。我々はこの予想をパッチクランプ法*11) による電気生理学的解析によって裏付けることに成功しました。この結果はChRの光サイクルを理解する上で、重要な1ステップになると考えられます。
加えて、ChRの1, 2番目の膜貫通ヘリックスはBRと比較して大きく外側に傾いており、この傾きによってChRの1, 2, 3, 7番目の膜貫通ヘリックスの間には大きな空間が空いていることが分かりました。この空間は強い負電荷を帯びていたため、正電荷を帯びている陽イオンを透過する輸送経路として働いている可能性が高いと考え (図4)、電気生理学的解析によってこれを検証した結果、この領域が実際に陽イオン透過経路として働いている可能性を強く支持する結果を得ることに成功しました。これは、ChRのイオン輸送経路が二量体の境界面を通るか、単量体の中を通るかという長い論争において、後者の立場を強く支持するものであり、ChRのメカニズムに対する理解を大きく一歩深めることが出来たと考えられます。
また、今回得られたChRの閉状態の構造からはイオン輸送経路の中心にセリン、アスパラギン、グルタミン酸残基によって形成されるゲートの存在が明らかになりました。イオン輸送経路の解明とともに、ゲートの存在を明らかに出来たことは、今後ChRの輸送メカニズムを完全に理解する上で大きな助けになると考えられます(図5)。

本研究では、光駆動性陽イオンチャネルであるChRの立体構造を世界で初めて明らかにし、その光サイクルにおける初期反応、イオン輸送経路、ゲートを解明することに成功しました。今後、本研究成果によってChRの構造機能解析の研究が大きく進展するほか、本研究によって得られた構造情報を基盤としてChRの性質が改良され、神経生物学のツールとしてより有用な変異型ChRが創出されることが期待されます。これらの変異型ChRは、今まで解析が困難であった神経回路や神経疾患の解析に大きな力を発揮するため、基礎科学だけでなく医療分野への応用も期待されます。

本研究成果は、科学研究費基盤(S)「膜輸送体による基質認識・輸送調節機構の構造基盤の解明」課題番号20227003、最先端研究開発支援プログラム「未解決のがんと心臓病を撲滅する最適医療開発」、(日本学術振興会)、ターゲットタンパク研究プログラム(文部科学省)などの支援を受けました。


《参考資料》

図1
図1

図2
図2

図3
図3

図4
図4

図5
図5

《用語解説》
*1 レチナール

ビタミンAの一種。光を受けると異性化することでシグナルを伝える。ヒトが物を見るのに使っているのもこのレチナール。

*2 ロドプシンファミリータンパク質
補因子としてレチナールを結合した7回膜貫通タンパク質。一次構造の違いにより微生物型ロドプシン、動物型ロドプシンに分類される。

*3 三量体Gタンパク質
Gα, 及びGβγサブユニットからなる複合体タンパク質。細胞内でシグナル伝達の重要な担い手として知られている。

*4 ポンプ
ATPなどのエネルギーを使って基質となるイオンを能動的に輸送する膜タンパク質。

*5 チャネル
基質となるイオンを受動的に輸送する膜タンパク質。

*6 Method of the year
Nature publishing groupによって毎年一回選出される、全生物学分野においてその年最も影響力を与えた実験技術。2010年は、ChRを用いて神経回路を興奮させる技術"Optogenetics"が選ばれた。

*7 脂質キュービック法
3次元的に連続する状態層の脂質に膜タンパク質を再構成してから結晶化する方法。1998年にLandau, Rosenbuschらによって考案された比較的新しい結晶化法である。

*8 大型放射光施設SPring-8
兵庫県佐用町に位置する世界最高性能を誇る大型放射光施設であり、強いX線を用いた実験・解析が可能。

*9 Swiss Light Source
スイスのビリゲンに位置する放射光施設で、強いX線を用いた実験・解析が可能。

*10 X線結晶構造解析
タンパク質等の生体高分子の立体構造を明らかにする手段の一つであり、タンパク質結晶にX線を当てることで原子レベルの構造を決定することが可能。構造解析には、解析する分子から構成された結晶を得る必要がある。

*11 パッチクランプ法
細胞膜を隔てたイオン等の透過を電気信号として検出する手法の一つ。



《問い合わせ先》
 (研究に関すること)
  東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻 濡木研究室
   准教授 石谷 隆一郎(いしたに りゅういちろう)
    TEL:03-5841-4391
    E-mail:mail

   教授 濡木 理(ぬれき おさむ)
    TEL:080-5690-4239 FAX:03-5841-8057
    E-mail:mail

 (報道に関すること)
  東京大学大学院理学系研究科
   広報・科学コミュニケーション 准教授 横山広美
    TEL:03-5841-7585
    E-mail:mail

(SPring-8に関すること)
 高輝度光科学研究センター 広報室
  TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
  E-mail:kouhou@spring8.or.jp 

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