染色体の均等分配を司るタンパク質複合体の構造を解析!ー ゲノムを均等に分配するためのエピジェネティクスに迫る ー(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年02月03日
- BL38B1(構造生物学III)
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2012年2月3日
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所
生命の維持には、正確な細胞分裂が行われることが必須である。細胞が分裂する際には、ゲノム情報を担うDNAが染色体という構造をかたちづくり、正しく複製され倍加したうえで、それぞれ均等に分配される(図1参照)。染色体の中央部分には「セントロメア*1」とよばれる特殊な領域が存在し、このセントロメア領域に約100種のタンパク質が集合し、ゲノムの均等分配が行われる。近年、「高等生物のセントロメア領域は、DNA配列に依らないしくみ(エピジェネティクス*2)で決定される」との報告が相次いでいるなか、セントロメアとなる領域に、多くのタンパク質がどのように集合するのかについては、謎も多く残されている。セントロメアの分子機構について解析を続ける、国立遺伝学研究所 分子遺伝研究部門の西野達哉助教、深川竜郎教授らは「セントロメアへ結合するタンパク質複合体」の結晶構造を高精度に解析し、それらがDNAを束ねるヒストン*3というタンパク質によく似た構造をとることなどを発見した。これらの成果は、セントロメアが機能するためのエピジェネティックな制御について、新たな知見をもたらすものである。 本研究成果は、米国科学誌Cell(2月3日号 予定) に掲載されます。 (論文) |
《本研究成果のポイント》
• 細胞分裂の際には、ゲノムの均等分配のために、さまざまなタンパク質がセントロメアDNAと相互作用するが、それらの立体構造や機能については未解明だった。今回、そのうち3つのタンパク質複合体CENP-T-W、CENP-S-X、CENP-T-W-S-Xの構造解析に成功した。
• CENP-T-WとCENP-S-Xの結晶構造を解析したところ、どちらもDNAを束ねるヒストンというタンパク質とよく似た立体構造をもつことを明らかにした。
• 通常のゲノム領域は、DNAがヒストン複合体に巻き付いたヌクレオソーム*4という基本単位をつくることが知られているが、CENP-T-W-S-Xの周りも通常のヒストンのようにDNAが巻いた構造をとることが分かった。
• つまり、セントロメア領域には、通常のヌクレオソーム構造と異なる、CENP-T-W-S-XとDNAからなる独自の構造が存在することが分かった。
• CENP-T-W-S-XとDNAからなる独自の構造がゲノムの均等分配に必須であることを、CENP-T-W-S-XとDNAが独自の構造をつくることができないような変異細胞を使った実験により証明した。
• 今回発見されたヒストン類似タンパク質CENP-T-W-S-Xの機能は、正確な細胞分裂、ゲノム安定性の維持を考える上できわめて重要である。この機能を操作することで、がんの増殖(細胞分裂の異常)を制御できる可能性を秘めている。
《要約》
生命は、両親のゲノムがきっちり半分ずつ子へ受け継がれることで、次世代へとつながれています。また、私たち個体も、細胞が分裂するたびにゲノムが等しく分配されることで、正常に維持されています。ゲノムは細胞が分裂する時に、染色体という構造をかたちづくり、倍加した染色体は、それぞれ、まちがいなく子孫細胞へ均等に分配されます。この分配に異常が生じると、生殖細胞ではダウン症などの先天性遺伝子疾患が、体細胞ではがん化などが引き起こされてしまいます。こうした点から、ゲノム分配機構の解明は、生命現象の基盤解明のみならず、がん化をはじめとする疾患との関わりにおいて、重要な研究テーマになっています。
ゲノム分配に重要な働きを担う領域が「セントロメア」です。セントロメア領域には、さまざまなタンパク質が結合し、さらに、それらのタンパク質と紡錘糸が結合することで、倍加した染色体が二つの娘細胞に等しく分配されます。今回、西野助教と深川教授らのグループは、このセントロメア領域に結合するタンパク質複合体のうち3種を対象に、大型放射光施設SPring-8(兵庫県播磨科学公園都市)によるX線回折測定を行い、立体構造と機能を解析しました。まず、CENP-T-WおよびCENP-S-Xというタンパク質複合体に注目し、世界で初めて、その結晶構造を解くことに成功しました。その結果、CENP-T-WおよびCENP-S-Xがどちらもヒストンと似た構造をとることが明らかになりました。次に、この2種がヒストンと似た特徴を使ってCENP-T-W-S-X構造をとり、それが種となって正常なセントロメア構築を促進することも明らかしました(図2)。同様にX線回折測定をすると、CENP-T-W-S-Xもヒストン様の構造をとることが明らかになりました。真核細胞のゲノムDNAは、ヒストンの周りに巻き付いてヌクレオソームという構造をとりますが、本研究グループは、CENP-T-W-S-Xの周りもDNAが巻いて結合して、通常のヌクレオソームとよく似た構造をとることなどを突き止めました。さらに、実際の細胞において、CENP-T-W-S-XがDNAと結合できないように遺伝子に変異を加えると、ゲノムが均等分配されなくなることも確かめました。つまり、セントロメア領域において、CENP-T-W-S-XとDNAが、ヌクレオソームに似た独自の構造をとることにこそ「ゲノム均等分配のための鍵」があるといえます。
エピジェネティクスの分野では、ヒストンの修飾が遺伝子の機能発現制御に関わっていると考えられ、これをヒストンコードと読んでいます。今回の研究は、セントロメア領域において、ヒストン以外のタンパク質がDNAと結合して、独自の構造を形成することを明らかにしましたが、これは、新しいゲノムコードの存在を示唆しています。つまり、セントロメア領域以外においても、ヒストンに似たタンパク質が独自のゲノム構造をとる可能性も考えられます。本研究は、既知のヒストンコードの考え方を超える新しいエピジェネティクスの概念を提出しており、大きなインパクトをもたらしています。
本研究の意義
正常なゲノム分配は、生命維持にとって不可欠であり、ゲノム分配の失敗はがん化を引き起こします。従って、ゲノム分配の分子機構を解明することは、基礎生物学および医学の両側面から意義の高い研究です。ゲノム分配において、本質的な役割を担う領域がセントロメアですが、その構造には不明な点が多くあります。セントロメア領域に存在するタンパク質は、近年になってやっと同定されたということもあり、構造解析がほとんどおこなわれていません。本研究は、CENP-T-W-S-Xという4つのタンパク質からなる複合体の構造を高精度に決定しており、その学術的意義は、大変高いものです。ゲノム分配に関わるタンパク質の高精度な構造を理解することは、それらの分子機能を微細に操作し、機能を変化させる薬を創りだすことを通じて、ゲノム分配の人為的なコントロールが可能性となります。ゲノム分配を人為的に制御できれば、がん細胞の増殖もコントロールできる可能性があるので、抗がん剤の創薬や医学的な応用面からも注目を受ける研究です。
上記に加えて、このタンパク質がヒストンと類似している点も大変な驚きです。近年、DNA配列の変化がなくても、表現型が変わり、その表現型が子孫に伝わるエピジェネティクスが大変注目を受けています。DNA配列以外にゲノムに書き込まれた遺伝情報があるという点で注目を受けていますが、その実体はヒストンの修飾といわれ、ヒストンコードという言葉も使用されています。今回の研究では、ヒストン様タンパク質とDNAによる新規構造を発見しており、ヒストンコードを超える新しいエピジェネティックなしくみを発見したと言えます。これは、DNAとタンパク質の相互作用について新しい概念を提出したことにもなりその学問的インパクトは大変大きいものです。
《参考資料》
細胞分裂が正確に行われないと、染色体が誤って分配されがん化などを引き起こす。正常な細胞分裂の分裂期では、細胞の両極から伸びた紡錘糸が染色体のセントロメア領域(中央部分)を捉え、引っ張ることにより均等に分配する。
図2:CENP-S-XもCENP-T-Wもヒストンに似た構造をとっている。それぞれが一緒になりCENP-T-W-S-X構造をとる。通常のヒストンの周りをDNAが巻くように、CENP-T-W-S-Xの周りも、DNAが巻いたような独自の構造をつくる(DNA-CENP-T-W-S-X構造)。この構造が、正常なセントロメア構造の種となって働く。CENP-S-Xを働かないようにすると、DNAに適切に結合せず正常なセントロメアは形成されない。
《用語解説》
*1 セントロメア
細胞分裂時に紡錘糸が結合する染色体領域を指す。その領域に存在するDNAとタンパク質から構成される構造体 (動原体)が、染色体分配の際に本質的な役割を担っている。
*2 エピジェネティクス
一般に、子孫に伝えられる遺伝情報の実体はDNAの一次配列である。仮にDNAの一次配列に変化がおこり、その変化した遺伝情報が子孫へ伝わると、その変化に起因した変異が観察される。ところが、DNAの一次配列に変化がないにも関わらず、何らかの変異がおこる場合がある。これらの現象は、DNAや、DNAに結合すタンパク質の後天的な修飾により起こされる現象であるので、ジェネティクス(遺伝学)に対して、エピジェネティクスと呼ばれる。近年ではヒトゲノムの解読が完了した上、形質発現の調節機構にも研究の中心が移ってきており、エピジェネティクスが注目を集めるようになっている。
*3 ヒストン
真核生物の染色体を構成する塩基性タンパク質であり、非常に長い分子である DNA を細胞核内に収納する役割を担っている。細胞核のなかで、DNAは、ヒストンと結合したかたちで存在している。
*4 ヌクレオソーム
細胞核内では、約150bpのDNAが、ヒストン8量体のまわりを1.65回巻き付いて、ヌクレオソームという基本単位をとっている。電子顕微鏡でヌクレオソームを観察すると、細長い紐状のDNAがヒストンに巻きついた複数のヌクレオソーム構造の存在が確認できる。
《問い合わせ先》 知的財産室(広報担当) 室長 鈴木 睦昭 (SPring-8に関すること) |
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