液体シリコン中に残存する共有結合の観察に成功 −シリコンの未知相の存在を示唆−(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年02月10日
- BL08W(高エネルギー非弾性散乱)
2012年2月10日
宇宙航空研究開発機構
東京大学
高輝度光科学研究センター
芝浦工業大学
理化学研究所
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、プリンストン大学(米国)、東京大学、ノースイースタン大学(米国)、高輝度光科学研究センター、芝浦工業大学、理化学研究所と共同で、「液体シリコンの特異な電子構造」の解明に世界で初めて成功しました。これは、国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟へ搭載するためにJAXAにおいて開発を進めてきた静電浮遊溶解装置をSPring-8へ設置し、液体シリコンの電子構造を調べる実験を行うことにより得られた結果です。機能性材料として広く用いられているシリコンの新たな可能性を示す重要な結果でであるとともに、半導体デバイスの生産性向上につながることが期待されます。 本研究成果は、JAXAの岡田純平助教、石川毅彦教授、東京大学 渡辺康裕助手、木村薫教授、七尾進名誉教授、プリンストン大学 P.-H. Sit博士、ノースイースタン大学B.-A. Bernardo 博士、A. Bansil教授、高輝度光科学研究センター 櫻井吉晴副主席研究員、伊藤真義副主幹研究員、芝浦工業大学 正木匡彦准教授、理化学研究所 播磨研究所 石川哲也所長らのグループによるもので、米国物理学会誌「Physical Review Letters」(2月10日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月9日付:日本時間2月10日)に掲載されます。 (論文) |
1.研究の背景
半導体材料として広く使われているシリコンは、溶けると一転して金属になり、電気がよく流れるようになります※1。溶けるだけで性質を大きく変化させる物質は大変珍しく、このために液体シリコンは、応用面からだけでなく学術的観点からも長年にわたって研究が行われてきました。
最近の理論研究により、液体シリコンの温度を下げ、融点1683K(1410℃)よりも約450K低い状態にすると、高温の液体シリコンとは性質の全く異なる未知の相が出現するであろうという興味深い予測がなされました。通常、1000℃を超えるような高温の液体金属中では、原子は激しく運動し、原子間の結合はどこでも同じであると考えられます。一方、この理論によれば、液体シリコンの温度を1232Kまで下げると、マクロに見て金属結合が集まった密度の高い領域と共有結合が集まった密度の低い領域に分かれる(液体-液体相転移)とされています。もしも、このようなシリコンの未知の液体状態の存在が明らかになれば、これまでの液体シリコン(金属)と結晶シリコン(半導体)の間に介在する大きなギャップを埋めることができることになります。このことは、液体シリコンから結晶を成長させるとき、固‐液界面でどのようなことが起きているかを原子レベルで理解する上で大変重要な意味をもち、純良なシリコン単結晶を育成するためのヒントを提供することになります。しかし、以下の2つの理由からこの未知相の存在について懐疑的に捉えられてきました。
(1)金属液体シリコン中に共有結合が本当に存在しているのか?
液体シリコンの液体‐液体相転移を予測している理論は、液体シリコンの中に金属結合と共有結合が共存することを前提としています。しかし、これまでに報告された液体シリコンの電子物性に関する実験(光電子分光等の実験)ではシリコンの未知相を予測した理論の前提条件である共有結合の存在が確認されていません。
(2)液体を融点よりも450K以上冷やすことは困難。
液体は融点よりも低い温度になると固まります。水を静かに冷やすと273K(0℃)以下でも固まらないことが知られているように(この状態を過冷却状態と呼びます)、液体を過冷却状態で保持することは技術的に可能ですが、融点より450Kも冷やすことは大変困難です。そのために、液体シリコンの未知相の観測に成功した例はありません。
2.研究成果
研究グループは、液体シリコン中に共有結合が実際に存在するかどうかを実験的に検証するため、シリコンをクリーンな状態で安定に溶融することが可能な静電浮遊溶解装置※2を大型放射光施設SPring-8※3のビームラインBL08Wへ設置し、融点よりも高い1787Kに保持した液体シリコンのコンプトン散乱測定※4を行い、電子状態を調べました。第一原理計算※5を行い、実験結果を詳細に解析した結果、液体シリコン中の原子間の結合は半導体的な部分と金属的な部分がミクロに入り交じった特異な状態となっており、さらにワニエ関数解析※6によって、共有結合の割合が17%以上であることが判明しました(図3)。これは、液体シリコン中の共有結合の存在を実験的に捉えた初めての結果です。
3.今後の展開
今回の結果から、液体シリコンが金属結合と共有結合がミクロ入り混じった特異な結合状態を持つことが明らかになりました。これは、シリコンの未知相の存在を予言する理論研究の前提条件が妥当なものであることを世界で初めて確認した重要な結果です。これにより、今後シリコンの未知相を作り出すための研究が加速されると考えられます。
現在、研究グループでは、シリコンの未知相を出現させるための実験を進めています。本研究で用いた静電浮遊溶解装置は、液体試料を保持する容器が要らないため、容器に起因する結晶核が発生せず、過冷却状態を実現する最良の環境を提供します。実際、この装置を使って、理論的に予想されている温度まであとわずかという1250Kの大過冷却状態を実現しています。今後、シリコンの未知相の創出に向けた実験を進めていく予定です。
今回の成果はもう一つ重要な意味をもちます。半導体として重要なシリコンウエハは、液体シリコンから単結晶を成長させ製造されます。現在製造されているのは直径300mmのシリコンウエハですが、これを大口径化するための研究が行われています。それはシリコンウエハの口径を大きくすることにより、一枚のシリコンウエハあたりの半導体デバイスの数が大幅に増え生産性が大きく向上するからです。液体シリコンのような高温の液体からの結晶成長プロセスの研究には、計算機シミュレーションが有効ですが、その際には、液体シリコン中にある割合で共有結合が存在すると仮定して計算が行われています。本研究により、共有結合の存在が確認され、さらに、その割合が17%と定量的に求められました。この情報をもとに計算手法がさらに精密化され、大口径シリコンウエハの製造に道をひらくことが期待されます。
《参考資料》
図1 (a)固体シリコンの結晶構造。共有結合により原子が結びつく。
(b)液体シリコンの原子配置。原子はランダムに配列し、その間を電子が動き回る(金属結合)と考えられてきた。
コンプトン散乱実験用の放射光X線(SPring-8)を矢印で表示。
シリコン原子(黄球)、共有結合を作る電子対(緑球)、金属結合を作る電子対(青球)、共有結合と金属結合の中間状態にある電子対(赤玉)を表す。
《用語解説》
*1
原子を結びつけて、安定した集合体を形成させる原子間の結合を化学結合と呼びます。共有結合では、2個の電子が対になって2個の原子の間に局在しています。固体シリコン中の原子はすべて共有結合により結ばれています(図1(a))。一方、金属結合では電子の一部が物質全体を動き回ることができます。液体シリコン中の原子はランダムに配置し、その間を電子が動き回っていると考えられてきました(図1(b))。 電子が動くことにより電気や熱が良く伝わります。
*2 静電浮遊法
NASAとJAXAにより開発された、静電力(クーロン力)を用いて試料を浮遊させる技術です(図2)。現在、JAXAにより国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟へ搭載する超小型静電浮遊溶解装置の開発が進められています。本装置は、2014年度に「きぼう」輸送される予定です。
*3 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理や利用促進業務は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
*4 コンプトン散乱
光(X 線)は粒子としての性質を持ち、光子とも呼びます。X 線光子と電子がビリヤードの球のように衝突したときに、光子は電子によって散乱され、電子も弾き飛ばされてしまいます。衝突後の光子のエネルギーは衝突前に比べて低くなって観測されます。このような散乱現象をコンプトン散乱と呼びます。初等的な教科書では、コンプトン散乱は静止した電子とX 線光子 との弾性衝突として説明されていますが、現実の物質中の電子は常に運動しています。そのため、コンプトン散乱されたX 線光子は、電子の運動量を反映して(ドップラー効果)、エネルギー分布を示します。エネルギーに対するX 線の散乱強度を測定したものをコンプトン・プロファイルと呼び、これが物質中の電子の運動量を反映していることを利用して、物質の電子状態が調べられています。
*5 第一原理計算
「最も基本的な原理に基づく計算」を意味します。物質科学の場合、量子力学の基本法則にもとづく理論を用いて電子分布を決め、物質の様々な性質を計算から求めることを意味します。実験では分からないミクロな情報を補うことで実験結果の理解に役立っています。また最近では新物質の予想や実験困難な極限条件下の物質科学研究に用いられています。
*6 ワニエ関数解析
量子力学によれば物質の中を動き回る電子は波として考えることができます。とくに局在した電子の状態を波束として表したものがワニエ関数です。本研究では、液体シリコンの結合状態の解析にワニエ関数を用いることにより、共有結合の割合を定量的に求めることが可能になりました。
《問い合わせ先》 宇宙航空研究開発機構 広報部 (SPring-8に関すること) |
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