リチウム内包C60フラーレンの岩塩型結晶を作製し構造を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年02月29日
- BL02B1(単結晶構造解析)
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2012年2月29日
公立大学法人 名古屋市立大学
国立大学法人 名古屋大学
国立大学法人 東北大学
イデア・インターナショナル株式会社
名古屋市立大学は、名古屋大学、東北大学、イデア・インターナショナル株式会社と共同で、球状の炭素分子C60フラーレン※1が、リチウムイオン (Li+) を空洞の分子内に内包することで、特定の陰イオン (PF6-) と対になった岩塩 (NaCl) ※2型の結晶を形成することを明らかにしました。この結晶の構造を、大型放射光施設SPring-8※3で詳しく調べた結果、室温でC60内部をかなり自由に動き回っているリチウムイオンが、-200℃以下の低温で特定の位置に局在する様子を捉えました。また、リチウムイオンを内包したC60 (Li+@C60) は温度を下げると膨張する"負の熱膨張"※4を示すことも明らかになりました。この研究成果は、Li+@C60がナトリウムイオン (Na+) などの金属陽イオンと類似の静電的性質を持つこと、そしてC60に内包されたリチウムイオンの位置と運動が温度や陰イオンの配置など分子の置かれた環境に大きく応答すること、を示しています。この性質を利用することで、Li+@C60を単分子で動作するナノサイズの電子デバイスなどへ応用できる可能性があります。 (論文) |
・研究背景
炭素原子60個からなるC60フラーレン※1は、直径1ナノメートル (nm; 1nmは1mmの百万分の1) のサッカーボール型の球状分子であり、中空の分子内部に金属原子や、ガス分子、水分子などを内包することができます。内包された金属原子は、多くの場合電子をC60に与え金属陽イオンとなります。内包された金属陽イオンの持つ電気的または磁気的な性質をうまく利用できれば、単分子で動作する直径1ナノメートルの微小な電子デバイスが作製できる可能性があります。金属内包C60フラーレンの合成は一般に困難ですが、最近イデア・インターナショナル株式会社(代表取締役社長 笠間泰彦)は、リチウム (Li) を内包したC60フラーレンLi@C60の大量合成法を確立しました。
Li@C60のリチウムを陽イオン化したLi+@C60は、正電荷を持った球状分子であることから、分子サイズの陽イオンとみなすことができ、各種の陰イオンと組み合わせることで、様々なイオン結晶を形成すると期待されます。例えばイオン結晶の代表例として、ナトリウム陽イオン (Na+) と塩素陰イオン (Cl-) が交互に並んだ岩塩※2 (NaCl; 図1a) が挙げられますが、Li+@C60を適切な陰イオンと組み合わせることで、Li+@C60の岩塩型結晶を作製できる可能性があります。また、陰イオンの種類や配置を工夫することで、Li+@C60の特性を活用した新しい機能性結晶が得られる可能性があります。
・研究成果
研究グループは、八面体型の比較的小さい陰イオンであるPF6-を用いてLi+@C60の結晶 [Li@C60](PF6) を作製し、その結晶構造を、大型放射光施設SPring-8※3を用いたX線回折実験※5により明らかにしました。実験は、SPring-8 BL02B1長期利用課題(代表 名古屋大学 北浦良)、BL02B1パワーユーザー課題(代表 名古屋大学 澤博)、BL02B2パワーユーザー課題(代表 大阪府立大学 久保田佳基)の一部として行なわれました。
得られたX線回折データを解析した結果、[Li@C60](PF6) は金属内包フラーレンで世界初となる、岩塩 (NaCl) 型の結晶構造 (図1b) を有することが明らかになりました。特に100℃以上の高温では、C60は内包したリチウムイオンと共にほぼ自由に回転運動をしているため、Li+@C60は分子サイズの陽イオンとみなすことが可能です。この結果は、正電荷を持つ球状のLi+@C60分子が、Na+などの金属陽イオンと類似の静電的性質を持つことを示しています。
C60の回転運動は室温以下の低温では停止しており、回転運動が停止したC60の分子構造を詳しく調べた結果、球状の分子の直径が、温度を下げるに従いわずかに大きくなることが分かりました。多くの物質は、温度を上げると膨張する性質(熱膨張)を示しますが、ごく一部の物質は逆に、温度を下げると膨張する性質(負の熱膨張)※4を示します。C60分子の負の熱膨張は、過去に他の研究グループによっても提唱されていましたが、この実験では、回転運動が停止したC60に対して高輝度放射光を用いて高精度な分子構造を求めることで、その決定的な証拠を得ることに成功しました。
低温でC60の回転運動が停止しているのに対して、リチウムイオンは-200℃でもC60の内部をかなり自由に動き回っていることが分かりました (図2a) 。さらに温度を下げていくと、リチウムイオンは徐々にC60内の特定の2つの位置に局在していくことが分かりました (図2b)。また、局在したリチウムイオンの位置から、C60の内側にあるリチウムイオンと、外側にある陰イオンとの間に静電的な引力が働いていることが分かりました。このことは、C60に内包されたリチウムイオンの位置と運動が、温度や陰イオンの配置など、分子の置かれた環境に大きく応答することを示しており、これは言いかえれば、正電荷を持ったリチウムイオンの状態を、C60の外側から制御できる可能性を示しています。
・今後の展開
今後Li+@C60の電場などの外場応答に興味が持たれます。本研究で明らかになったLi+@C60の特性から、C60内のリチウムイオンは外部電場に応答すると考えられます。もし、リチウムイオンの位置を外部電場によって制御、認識できたとしたら、単分子で動作するナノサイズのスイッチやメモリ素子への応用の道が開かれることになります。
また陰イオン置換によるLi+@C60結晶の構造と特性の変化に興味が持たれます。PF6-以外の陰イオンを組み合わせて様々な結晶を作製し、特性を調べていくことで、例えば強誘電性などの有用な特性を持った、新しい金属内包フラーレン結晶が得られる可能性があります。
《参考資料》
Li+@C60はPF6-と対をなして岩塩型の結晶構造を形成する。
Li+の存在する位置(電子の分布の様子)を紫色で示している(緑色はC60の電子の分布の様子、緑色の棒はC60の骨格を示している)。Li+はa) -118℃でC60の中心からずれた位置を回転するように運動しているが、より低温のb) -251℃では運動が減少し主に2つの位置に等確率に存在するようになる。
《補足説明》
*1 C60フラーレン
60個の炭素原子 (C) がサッカーボール型に結合してできた、中空の球状分子。1970年に大澤映二氏によってその存在が予測され、1985年に実際に発見された。発見者のハロルド クロトー氏らは1996年にノーベル化学賞を受賞している。現在、大量生産が可能になっており、スポーツ用品、化粧品、太陽電池材料などへの応用が進められている。中空の分子内には金属原子、ガス分子、水分子などを内包することが可能であり、金属原子を内包したものは金属内包フラーレンと呼ばれる。
*2 岩塩 (NaCl)
食塩の主成分である塩化ナトリウム (NaCl) の鉱物名。イオン結晶の最も代表的な結晶であり、ナトリウムイオン (Na+) と塩素イオン (Cl-) が対をなして交互に規則的に並んだ結晶構造 (岩塩型結晶構造; 図1a) を有する。
*3 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を発生、利用できる施設。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)である。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。
*4 負の熱膨張
物質の体積が温度上昇に伴い減少する現象。多くの物質は、温度を上げると体積が増加し、温度を下げると体積が減少する。この現象は熱膨張と呼ばれ、体積が温度に対して変化する割合(熱膨張率)は正の値である。一部の物質は、これとは逆に、温度を上げると体積が減少し、温度を下げると体積が増加する性質を示す。この現象は、熱膨張率が負になることから負の熱膨張と呼ばれる。
*5 X線回折実験
X線を結晶に照射し、散乱されたX線の強度分布(X線回折像)から、結晶内の原子の配列(結晶構造)や電子の分布(電子密度分布)を決定する実験方法。X線は、原子の大きさと同程度の波長を持った電磁波であり、電子によって散乱される。この性質を利用することで、結晶内の原子や電子の状態を詳しく調べることができる。
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