アンチモンがDVDの記録情報の書換えを加速する! − 光ディスク材料開発において元素選択に新たな指針を開拓 −(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年03月19日
- BL02B1(単結晶構造解析)
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2012年3月19日
財団法人高輝度光科学研究センター
独立行政法人科学技術振興機構
独立行政法人理化学研究所
パナソニック株式会社
高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所、パナソニック株式会社の研究グループは、ハンガリー科学院、山形大学と共同で、光ディスクの記録情報が長期保存でき、かつ、高速で書換えができるミクロな仕組みの解明に取り組み、DVD材料を対象として、その“元素別の役割”を原子レベルで解明することに世界で初めて成功しました。 (論文) |
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的国際科学技術協力推進事業 日本-フィンランド研究交流
研究領域:「機能性材料」
研究課題名:大規模分子動力学シミュレーションと放射光X線を用いた高速相変化材料の構造解析および新規材料設計
研究代表者:小原 真司(財団法人高輝度光科学研究センター 主幹研究員)
研究期間:2009年4月~2012年3月
JSTはこの領域で、「機能性材料」分野における日本とフィンランドとの研究交流を強化することにより、革新的な科学技術につながる国際的な研究成果を実現することを目指しています。上記研究課題では大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光X線回折実験と大規模分子動力学シミュレーションを用いて、高速相変化記憶材料の動作メカニズムを明らかにし、得られた知見を新規材料開発にフィードバックさせることに取り組んでいます。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」
(研究総括:田中通義 東北大学 名誉教授)
研究課題名:反応現象のX線ピンポイント構造計測
研究代表者:高田 昌樹(理化学研究所 主任研究員)
研究期間:2004年10月~2010年3月
JSTはこの領域で、物質や材料に関する科学技術の発展の原動力である新原理の探索、新現象の発見と解明に資する新たな計測・分析に関する基盤的な技術の創出を目指しています。上記研究課題では大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光X線を用いた時分割構造ピンポイント計測技術の開発とその物質現象の解明に取り組んできました。
科研費特別研究員奨励費(21・09813)
研究課題名:DVDおよび高機能電池材料の局所構造解析
研究代表者:小原 真司
研究期間:2009年10月~2011年9月
研究の背景と経緯
DVD、BDといった書き換え型相変化光ディスクは大容量のデータ記録媒体として、デジタルハイビジョン放送や高解像度デジタルビデオカメラ等のAV機器やパソコンの外部メモリー等のOA機器へと広く普及しています。これらの情報記録のためには、長期保存(数十年)と高速書換えが可能(ナノ秒)で、なおかつ、高密度大容量の記録を実現する新材料が必要不可欠です。
DVD、BD等の相変化光ディスクにおける情報の記録・再生・書換えは、Ge-Sb-Te系や、Sb-Te系材料で構成される薄膜層にサブミクロン(1万分の1ミリメートル)サイズの微小スポットに絞り込んだレーザーを照射することにより、薄膜内部における原子レベルの秩序状態を可逆的に変化させ、その際に生じる状態間の光学的反射率差を利用しています。記録を行う場合は、原子が規則正しく配列した結晶相(※2)に強いレーザー光を瞬時照射し、アモルファス(※3)相に変化させます。この際、照射部の原子配列が大きく乱れる液体状態を瞬間的に経由して、そこから超急冷されることになり、液体の乱れた状態が室温で凍結され、アモルファス相となります。記録状態を再生する際は、アモルファス相が結晶化しない程度のパワーでレーザー照射し、照射部からの反射光強度の変化を検出します。一方、消去する場合は、アモルファス相が融解しない程度のパワーでレーザー照射し、原子を再配列させることでアモルファス相を結晶化させます。この結晶→液体→アモルファス→結晶の相変化のサイクルを繰り返すことにより、書換え可能なDVD、BDは動作します。Ge2Sb2Te5は相変化速度(相変化に必要なレーザー照射時間)が20ナノ秒(1億分の2秒)と短いため高速な記録・消去が可能で、かつアモルファス相が室温でも数十年以上も安定で長期保存も可能です。こうした相変化材料としての顕著な特性を示すことから、同材料は初期の書き換え可能な大容量光ディスクの実用材料として使われ、現在もこの材料をベースとした新組成開発、理論研究が盛んに行われています。近年の研究より、アモルファス状態(記録相)のGe2Sb2Te5を結晶化(記録の消去)する際には、アモルファス状態の材料内部に無数の結晶核が形成され、それら無数の核を中心に結晶化が広がることが知られています。この材料がなぜ、このようなユニークな特性を示すのかについては、さまざまな研究成果が報告されていますが、その個々の構成元素がどのような働きをしているのかという原子レベルでの理解は未解決のままです。今後、記録情報の長期保存と高速書換えを両立し、その上でさらに大容量のメモリ媒体を開発するためには、現在用いられているDVD、BDにおいて記録情報を長期保存できかつ書換え速度を高速化するために必要な、「元素が持つ固有の役割」を明らかにする必要がありました。
研究の内容
本研究グループは、DVD、BD材料のベースとなった実用材料であり、かつ相変化材料のスタンダードとして幅広く研究されているGe2Sb2Te5のアモルファス構造(記録相)について、SPring-8のビームラインBL02B1(単結晶構造解析)を用いた元素選択性のあるX線異常散乱実験(※4、図1)、BL04B2(高エネルギーX線回折)を用いた回折実験により原子の配列・配置を元素ごとに明らかにすることを試みました。特にSbとTeは原子番号が近く(51および52)、X線に対する散乱能がほとんど同じであることから、従来のX線回折実験から両者を区別することは極めて困難でしたが、今回、X線異常散乱法を適用し、対象とする元素の検出感度が異なるエネルギーを選んで測定した2種類のデータを解析することによりこの区別が可能になりました。
得られた元素選択散乱データを大規模密度汎関数(DF)-分子動力学(MD)シミュレーションにより理論的に構築した構造モデルをベースに、X線異常散乱データを再現するようにアモルファス構造の最適化を行いました。同じレベルで結晶相(未記録相)とアモルファス相(記録相)の構造を比較するために、結晶相についても高エネルギーX線回折実験データを再現する3次元構造モデルを構築しました。その結果、結晶相については、図2Aに緑色の矢印で示すように局所的に構造の乱れが存在することが分かりました。次に、アモルファス相の構造モデル(図2B)を詳しく調べた結果、これまでアモルファス相中に多く存在すると知られていた4員環(4つの原子で作られるリング)は主にGe-Te結合により構成されていて、これらが強靱なネットワークを作り、また記録消去過程において結晶化の核生成の種となることを突き止めました。ネットワーク構造はアモルファス物質が持つ構造的特徴の一つでありますが、図3(A)に示すGe-Te結合(青色実線)のリングが作るひとつながりの構造(ネットワーク)がアモルファス構造を安定化させており、これが記録データの長期安定性を担っていることが明らかにできました。一方、SbとTeは図3(A)に示すように、明らかに結合しているもの
(Sb-Te結合、赤色実線)と少し離れていて結合していないもの(赤色破線)が混在するという特徴的な原子配列をとっていました。図より分かるとおり、Sb-TeはGe-Teのようなリングを形成していません。しかし、仮に赤色の点線の部分を潜在的な結合とみれば、Ge-Teと同様な規則性のある原子配列(潜在的なネットワーク)を築いていることが分かります。言い換えると、元素選択性X線異常散乱実験を適用することによりSbとTeの区別がつき、Sbのユニークな結合状態を世界で初めて浮き彫りにすることに成功しました。そして、いわばこの潜在的なネットワークは図3(B)に示すように相変化過程において僅かな原子の移動で瞬時にSb-Te結合を形成することによりひとつながりの強靱なネットワークを形成し、結晶の原子配列を取り戻します(図3C)。このような特異な原子配列は、Sbを添加しないGeTeに存在しないことから、Sbを添加することにより形成されるこの潜在的なSb-Teネットワークが、レーザー照射によって素早く結晶のSb-Te結合を形成することを示唆しており、このことが光ディスクにおいてGe2Sb2Te5の高速書き替え(相変化)の要因であると結論づけられました。
今後の展開
現在、相変化材料は光ディスクの他に電気的メモリ(PC-RAM)としても応用が始まっていますが、いずれの場合にも1987年に松下電器産業(現、パナソニック)により提案されたGe2Sb2Te5をベースとする材料が依然として主流材料の1つになっています。その意味で、同材料を凌駕する材料はその後も見つかっていません。これはGe2Sb2Te5を構成する各元素の役割を科学的に明らかにすることができなかったことがその大きな原因であったと言えます。今回、元素選択性のあるX線異常散乱法を利用した実験により、相変化のスタンダード材料であるGe2Sb2Te5において、記録情報の長期安定性と高速書換えを両立するための各元素の役割が原子レベルで明らかになりました。言い換えると、本研究成果は、相変化材料における元素ごとの役割を明らかにすることで、これまで材料設計において経験主導で行われてきた元素選択に、より科学的な根拠を与えることができました。ここで得られた知見は、今後の相変化材料へとつながる新しい開発指針を示したものであります。今回の研究成果に基づいて、ステップアップした相変化材料の開発を目指します。
Sb元素並びにTe元素のそれぞれに対して、異常散乱が発生する異なった2つのエネルギーのX線を用いた散乱実験を行い、元素の検出感度を変えた状態で原子配列を直接調べることができます。赤色で示した光ではSbの異常散乱を利用してSbの配置(赤丸)を、青色で示した光はTeの異常散乱を利用してTeの配置(青丸)を元素選択できます。これにより、Sb選択異常散乱ではSbと他の原子の相関のみが、Te選択異常散乱ではTeと他の原子との相関のみが独立に直接観察できます。
これまでの研究からGe2Sb2Te5結晶(記録が消去された状態)は原子構造に乱れがあることが分かっていましたが、今回の研究より、(A)の緑の矢印で示すような原子配列の乱れがあることをはじめて3次元可視化することができました。
アモルファス相(記録相)(A)においてGeとTeは結合(青色実線)により強靭なネットワークを形成し、アモルファス相の安定性および記録消去過程の結晶化における核生成の種としての役割を担っています。一方、SbとTeは結合を形成しているもの(赤色実線)、少し離れていて結合していないもの(赤色点線)が存在していますが、点線の部分を潜在的な結合とみなすこととすると、Ge-Teと同様な規則性のある原子配列(潜在的なネットワーク)を築いていることが分かります。記録消去過程(B)においては、僅かな原子の移動で瞬時にSb-Te結合を形成し結晶の原子配列を取り戻します(C)。
《用語解説》
*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用促進はJASRIが行っている。Super Photon ring-8 GeVに由来する。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、アメリカのAPS、フランスのESRFの3つがある。SPring-8による電子の加速エネルギー(80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。
*2 相
ある境界をもち、その境界内では一定の状態を示す物質の状態をいう。例えば、固体は固相、液体は液相、気体は気相とも言う。
*3 アモルファス
結晶のように三次元的に規則正しい原子配列を持たない固体物質のことを指し、ガラス材料もその一種である。非晶質とも呼ばれる。
*4 X線異常散乱
X線のエネルギーが試料中に含まれるある元素の吸収端のエネルギーに近いとき、その元素に対しては選択的に通常よりも大きな散乱(異常散乱)が生じる。X線異常散乱実験は、この各元素が固有に持っている吸収端付近で異常散乱効果により原子散乱因子が入射X線エネルギーによって大きく変化する現象を利用することで、特定元素の位置情報を知る方法である。
《問い合わせ先》 高田 昌樹(タカタ マサキ) 松永 利之(マツナガ トシユキ) (JSTの事業に関すること) (SPring-8に関すること) (理研報道担当) (JST報道担当) |
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