かご構造の中の原子の運動「ラットリング」と熱電特性との関連性を可視化 -原子の運動を利用する発電材料の開発に新たな道-(プレスリリース)
- 公開日
- 2012年04月20日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2012年4月20日
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 東北大学WPI-AIMR
国立大学法人 島根大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)、島根大学は、東京大学と共同で、再生可能なエネルギー技術として高い期待が寄せられている廃熱発電の素子材料として注目されているかご状物質において、機能をつかさどる原子の寄与を可視化することに世界で初めて成功しました。 (論文) |
1.研究の背景
エネルギー資源の枯渇、大量消費による環境破壊が問題となっている現代社会において、持続可能な社会の実現は重要な課題です。とりわけ、自然エネルギーの利用や廃エネルギーのリサイクルにより環境負荷を低減する発電システムの開発は、少資源国である日本にとって最重要課題の一つです。廃熱等の利用により熱エネルギーを電気エネルギーに変換する熱電発電は、太陽光発電などとともに大変注目を集めています。
一つの物質に温度差をつけると、わずかながら物質内に電圧が生じます。この熱電効果は廃熱を利用した発電に応用できるため、高い熱電性能をもった材料の探索とそれを用いた発電素子の開発に期待が寄せられています。熱電材料において高い変換効率を得るには、大きな温度差が必要であることから、電気は良く通しつつ熱は伝えにくい性質も必要とされます。しかし、電気を良く通す物質は熱も良く通す傾向にあり、発電性能の向上は簡単ではありません。
原子がかごの中に取り込まれた構造を持つクラスレートは、かご内の原子がかご内部の大きな空間でカタカタと動き回る「ラットリング」とよばれる運動をし、熱の伝導のみを妨げるので、熱電材料として高い期待がもたれています。しかしながら、「ラットリング」が熱の伝導を妨げる機構はこれまでよく解っていませんでした。この「ラットリング」の役割が明らかになれば、原子の運動を利用した高性能な熱電材料の開発につながります。
2.研究内容と成果
本研究グループは、結晶構造の基本骨格が同じにも関わらず熱伝導特性が大きく異なる3種類のクラスレート化合物の微小単結晶に対して、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B1(単結晶構造解析)を用いた回折実験により、精密構造解析を行いました。さらに、その構造情報から結晶内の電位(静電ポテンシャルともいう)の分布を詳細に調べました。
3種類の化合物は、I型クラスレートとよばれる半導体で、ガリウム(Ga)とゲルマニウム(Ge)で構成されるかご構造(図1緑)の中に、バリウム(Ba)またはストロンチウム(Sr)原子(図1濃紫)がゲスト原子として閉じ込められた構造を有しています(図1)。いずれの化合物の場合も、左下のかごに閉じ込められたゲスト(Ba(1)またはSr(1))はかごの中心に留まっているのに対して、右上のかごに閉じ込められたゲスト(Ba(2)またはSr(2))は大きな広がりを持っています。これは、大きな空間がある右上のかご中でゲスト原子が「ラットリング」を起こしていることに対応します。ゲスト原子がBaの化合物では、かごを形成する原子(図1緑)がほぼ完全な場合(図1(a))に比べ、このかごを形成する原子が少ない(抜けた)不完全な部分が極めて微量(1.5%)含まれるだけで、かご中のゲスト原子の運動が大きくなること(図1(b))がわかりました。また、ゲスト原子の大きさがBaよりも小さいSrに置き換わった場合には、かごの構造が全く同じでも、ゲストの運動が非常に大きくなっていることがわかりました(図1(c))。ゲスト原子の運動の広がりがどのように熱伝導の低減に寄与するかを明らかにするために、実験で求めた構造情報(結晶を構成する原子核の正の電荷と結晶内に広がる電子の負の電荷の分布)から結晶内の静電ポテンシャルを求め、「ラットリング」を起こしているゲスト原子の周りでその値が極小(谷)となる部分を境界として可視化しました(図1赤紫)。この境界の内側が、ゲスト原子の運動が影響する領域と理解できます。いわば、「ラットリング」領域ともいうべきこの領域が、運動しているゲスト原子の影響を直接示すものであります。今回、世界で初めて、物質の運動に起因する構造的特徴から物質の熱伝導特性に影響する機能の可視化に成功しました。「ラットリング」領域は、3種類の化合物で形状、サイズともに大きく異なることがわかります。この領域サイズをゲスト原子がもつ典型的な大きさで規格化した値が大きいほど、熱伝導が低下する関係(図2)も明らかになりました。
3.今後の展開
現在、太陽光発電や熱電発電は、新しい電気エネルギー供給源として注目を集めております。一方で、その実用化のためには、高い性能を示す材料探索から進めていく必要もあります。開発段階の新材料は、ごく微量しか得られない場合も多く、その評価の難しさが開発を遅れさせている原因にもなっています。今回の成果により、原子の運動を利用した発電材料の研究において、他の測定が困難な0.01ミリメートル程度の微小な単結晶があれば、その熱伝導の特性予測が可能となり、新しい発電材料の開発に寄与するものと期待されます。
また、今回の静電ポテンシャルの可視化は、原子の運動に伴う機能だけではなく、様々な機能、特性の可視化にもつながるため、今後、実用材料の機能評価の新しい手法として開発を進めていきます。
ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費補助金(No. 19051004)による助成を受け、SPring-8の利用研究課題として行われました。
《参考資料》
ゲスト原子の影響範囲を示す「ラットリング」領域(薄紫)
GaおよびGe(緑)によって形成されるかご構造はほとんど同じにもかかわらず、ゲスト原子の広がり(濃紫)は3種類の物質で異なります。ゲスト原子がBaで、かご構造の完全性が高い場合(a)に比べ、ゲスト原子がBaと同じでも、かごを形成する原子が少ない(抜けた)不完全な部分が極めて微量(1.5%)含まれたり(b)、ゲスト原子の大きさがBaよりも小さいSrに置き換わったりする(c)だけで、ゲスト原子の運動が大きくなっていることがわかります。今回の研究により、そのゲスト原子の影響する領域(赤紫)の可視化に成功し、そのサイズが熱伝導低減と直接的に関係していることが明らかになりました。
「ラットリング」領域の大きさをゲスト原子がもつ典型的な大きさで規格化した値「ラットリング因子」が大きいほど熱伝導率が低下する明瞭な関係を世界で初めて明らかにしました。
《用語解説》
*1 熱電効果
金属や半導体などの物質中において熱流の熱エネルギーと電流の電気エネルギーが相互に及ぼしあう効果の総称。熱電効果として、温度差がある物質の2点間に電位差が生じるゼーベック効果、電位差がある物質の2点間に温度差が生じるペルチェ効果、温度差がある物質の2点間に電流を流すと吸発熱を起こすトムソン効果がある。熱電効果を利用した発電(熱電発電)はゼーベック効果を利用している。
*2 熱電材料
熱電効果が大きい材料の総称。ゼーベック効果による発電、ペルチェ効果による冷却や発熱に応用される。温度差1度あたりの熱起電力は熱電能(または、ゼーベック係数)とよばれ、熱電材料の性質を示す指標である。
*3 クラスレート
かご状の結晶格子の内部に原子や分子が取り込まれた物質。包摂化合物ともいう。かご状部分をホスト、包摂された原子や分子をゲストともよぶ。ゲストはホストとの結合が非常に弱く、かご中で大きく運動する場合が多い。
*4 ラットリング
「活発な」「ガラガラ鳴る」という意味。「ラットラー」は幼児などの玩具の「ガラガラ」の意味がある。クラスレートなどかご状構造とそのかご中の大きな空間でゲストが大きく運動する様子が、玩具「ラットラー(ガラガラ)」に似ていることから、ゲストの運動が「ラットリング」と名付けられた。
*5 大型放射光施設SPring−8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用促進はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、アメリカのAPS、フランスのESRFの3つがある。SPring-8による電子の加速エネルギー(80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。
《問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) (理化学研究所報道担当) (東北大学WPI-AIMR報道担当) (島根大学報道担当) |
- 現在の記事
- かご構造の中の原子の運動「ラットリング」と熱電特性との関連性を可視化 -原子の運動を利用する発電材料の開発に新たな道-(プレスリリース)